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<東京怪談ノベル(シングル)>


―見えないプラント・1―

 自衛隊――本来であれば諸外国よりの侵略抑止や災害時の救難活動に主眼を置く、組織の総称がそれである。軍備を持たず、他国を侵略せずと云う憲法の下に設立されたこの組織は、飽くまで日本国民の安全を確保するために在る――これが大義名分であり、彼らが存在できる理由である。
 しかし実際には国軍に相当する設備・兵器を有し、いつ何処から攻撃されてもそれを迎え討ち、追い返せるだけの実力を備えている。この事実に反感を持ち、憲法の見直し、自衛隊の在り方の再検討を求めて日夜デモが繰り返されている。
「守りの刀、抜かずの剣……それが我が自衛隊の本分なのだがな。力なきものは自らの身も守れない、それは先の大戦で日本が身をもって体験した事実だ。なのに……」
「良いではありませんか。こうしてその力を有効に活用し、闇の世界に暗躍する者を制する組織も在るのですから」
「……指令書は?」
「送信済みです。可能な限り詳細な情報と共に……書簡で」
 情報ネットワークが発達した現代社会に於いて、何故『書簡で』指令書が送られるのか。答えは簡単、回線や電波を利用した伝達方法には、必ず『穴』がある。しかし書簡によって情報を伝える事で、その『穴』に対抗するのである。
「過ぎたるは及ばざるが如し……近代化設備も弱点を突き詰めていけば、大昔の手法に逆戻りか。皮肉なものだ」
「いわば『密書』ですからな。彼女には似合いでしょう」
 副官の言葉に、司令官は苦虫を噛みつぶしたような顔で応える。民間人の妨害工作も抑えられずに何が近代設備か、と。

***

「飽きもせず、良くも同じ事を繰り返すものですね。人の欲と云うものは、何処まで突き詰めれば底が見えるのでしょう」
 ビジネス街の只中に在る、ありふれた雑居ビル。その中に、彼女の私設事務所はあった。表向きは大手出版社の下請けを担うジャーナリストであるが、その正体は自衛隊特殊部隊の下部組織である。出版社の下請けと云う表向きの肩書は情報をやり取りする上で非常に便利であり、しかも興信所などとは違うために下手な探りを入れられる事も無かった。
 ペーパーナイフで封書の上部を切断し、中の書面に傷を付けぬよう取り出すと、まず概要の書かれた指令書に目を通す。今回もまた、大型企業の傘を被った武力組織の撲滅が目的であるらしい。だが、彼女――水嶋琴美はふと、ある違和感に気付く。
「武力の供給源が、輸送ルート上に無い……? 何かの間違いでしょう?」
 そう、如何な武力組織も、武器・弾薬や刃物に至るまで、全てを外部からの供給によって揃えていたのだ。が、今回は武装の供給源の存在が示唆されていない。
「情報の欠落かも知れない、問い質さなくては……っと、電話はタブーですね。何時どこで聞き耳を立てられているか」
 流石に隠密を以て事を為す、特殊部隊の筆頭。『情報』の重要さと共に、その脆さも良く理解していたのだ。彼女はビジネススーツを纏ったままの姿で、自ら操縦する自動車に搭乗して、司令部のあるオフィスまで出向いていった。

***

「指令、記者の方がお見えです」
『……通したまえ、広報部から連絡は受けておる』
 琴美の正体は自衛隊内部でもごく一部の者しか知らない、トップシークレット扱いであった。こうして司令部を訪れる際にも、ジャーナリストという肩書きは便利なのである。
 やがて地下にある指令室に通されると、秘書が席を外す。指令室は前室と執務室に分かれている為、秘書は前室にて待機していると云う訳だ。なお余談だが、長官公室はキチンと最上階に防弾ガラス装備で存在している。
「で、どういう事なのです?」
「いきなりだな……あの件に関しては、私も不思議に思っているのだよ。だからこそ君に指令を送ったのだ、組織の細部と兵器の入手ルートについて、調査して欲しくてな」
「諜報部は、何をしているのです?」
「海運を利用した専用ルートがあるという事までは突き止めたが、そこから先が闇の中なのだ」
 上手く雲隠れ出来る、隠れ蓑がある……大規模組織にしてみれば珍しい事ではないが、この組織は特殊過ぎる。銃器は勿論、弾薬や車両に至るまで、独自ルートで揚陸しているのだ。
「通常の手段であれば、どんなに上手く隠蔽しても輸入の段階で足が付く筈です。増して、あれだけの大規模揚陸……海外からの搬入ではないと推測します」
「しかし、国内の何処を探しても、兵器や特殊車両の製造を行っている企業は無いのだ。無論、その素材を輸送した形跡もない」
「考えたくはありませんが……自衛隊からの持ち出しは?」
「在り得ん! 自衛隊の装備は全て官給品だ、国家予算によって造られているのだよ。不正流出があれば直ぐに分かる」
 それもそうだ……と、琴美は完全に『詰み』状態になってしまった。が、しかし……
(待って……海運ルートがある、と言っていましたね。陸路を利用した形跡が無いなら、海上に何か秘密があるのかも知れない)
 海からの玄関口は港。調べれば直ぐに投錨中の船舶はリストアップできるし、そこから揚陸された貨物の内容も把握できる。但しこれは正規ルートを通過した場合のみの話で、密輸等で秘密裏に運び込まれる荷物に関しては揚陸前にキャッチしてしまう。つまり『日本国の敷居を跨がせはしない』と云うのが彼ら特殊部隊の任務であり、誇りでもあったのだ。
「指令、海運ルートをキャッチしているという事は、その組織は海沿いに拠点が?」
「いや、拠点の所在は不明だ。しかし複数の目撃情報がある。何れも上陸用舟艇からの、キャタピラ装備車両の上陸報告だ」
「上陸地点は、特定されているのですか?」
「残念ながら……しかし関東地方の沿岸部である事だけは確かなようだ」
 それだけでも、かなりの広範囲になる……しかし揚陸には小型の上陸用舟艇を用いているという。それらが長大な航続距離を持つとは思えない、必ず母船が存在する筈……琴美はそこに目を付けたのだ。
「上陸情報を、時系列順に羅列できますか? それを元に追跡できるかも知れません」
「やってみよう、少し待ってくれたまえ」
 司令官は端末から諜報部に指示を送ると、その結果をその場で待つ事になった。が、即時の回答はリスクを伴うという理由で、琴美は一旦帰される事となった。

***

 それから一両日、琴美の元に速達の書留が届いた。相変わらず、盗聴を恐れての『書簡』である。
(!! やはり、T県沿岸を中心に展開している……しかも、陸地が断崖で隠れる地域に集中している!)
 しかも、更に情報を整理すると、上陸地点は臨海工業地帯からやや北に離れた、入江に集中している事が判明したのだ。直近の上陸地点もこの入江だ。母船は、きっと定期的にこの近くに投錨している!
 今宵も同じ場所に停泊している保証は無い、しかしこの頻度なら今宵は居なくとも、近日中に投錨する筈。琴美は数日、現地付近に張り込んで海上を監視する覚悟を決めた。

***

「あー、海からザブザブと上がって来る、ブルやクレーン車があったなぁ。うん、真夜中にだよ。そいつらはここの坂から道さ上がって、トレーラーで運ばれて行っただ。で、あっちさ走ってっただよ」
 張り込み2日目にして、早くも住民の目撃証言が得られた。琴美は、工事用重機が海から上がって来るのは明らかにおかしいと睨んだ。そして推測した。それらは重機に偽装した、戦闘車両であると。

<了>