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<東京怪談ノベル(シングル)>


―見えないプラント・2―

 住民からの目撃情報提供・それに基づく調査を、水嶋琴美は一か所のポイントに絞って徹底的に行った。過去のデータから、その地点からの上陸が最も頻繁に行われていたからである。
(この入江は、3方が山に囲まれて天然の壁が作られている上、砂浜から舗装路への距離が短い。大型兵器の揚陸には都合が良い筈……近いうちに、母船は絶対に現れる!)
 これはもう確信と言って良かった。他にも目撃情報はあるのだが、何処も上陸時のリスクが大きく、再度そこに母船が現れる確率が非常に低かったからだ。しかし、仮に母船を目撃し、その規模・様相を確認したとて、兵器自体を何処で製造しているのかが分からなければ抜本的な解決にはならない。母船を追跡し、拠点を特定しなければならないのだ。
 そんな彼女の『勘』を頼りにした張り込みは早2週間にも及んだ。幸いにして灯台跡の廃墟が雨露を凌ぐ絶好の隠れ家となり、入江全体を見下ろす絶好のポイントとなっていた。
 そして21日目の深夜……海に異変が起こった。小型のボートが何隻も浜に乗り上げ、黒ずくめの姿をした男たちがワラワラと降りて来る。そしてその後……一人の男が沖に向けて発光信号を送った。すると、それに呼応して海上からも発光信号が返信されてきた。しかし信号灯の位置が異様に高い。おかしい、あんな位置に陸地は無かった筈……と思い、更に沖を注視していると……月明りを反射していた波が消え、大きな影が山肌の向こうから姿を現したではないか!!
(大型船舶……!? タンカーだわ! あ、あれが母船だったのね!?)
 その予測は見事に的中した。甲板上には数台の工事用重機……に偽装している最中の戦車が並んでいる。これを一台ずつ遠浅になっている海上から上陸用舟艇に乗せて浜に揚げようというのだろう。
(まさか、タンカーの広い甲板を利用して輸送していたとは……しかし、あんな大型船が往来しているなら、何処かで捕捉されている筈だけど……?)
 そう、海上自衛隊も海上保安庁も目を光らせている、日本の領海内だ。あのような図体の大きい船舶が航行していれば、例え夜間の闇を利用して陸地に接近したとて、直ぐに発見されてしまう筈。それに、陸上で組み立てた車両をわざわざ船に乗せ、再度別の地点から上陸させる意味が分からない。一体、どういうカラクリなのか……何故レーダー網に掛からないのか。それが琴美の頭を悩ませた。が、考えている暇は無い。母船を確認した以上、何とかして潜入し、拠点を突き止めるのが最優先事項だ。
 敵も当然、レーダーによる監視は行っている筈。ゆえに装備も特殊なものが要求される。金属を全く用いない黒色ラバー製のボディスーツに、編み上げスタイルではあるが関節の動きを抑制しない特殊素材のブーツ。そしてセラミック製のクナイを腰のベルトに多数装備し、長い髪は後ろで纏める。夜間を想定した隠密性重視の戦闘スタイルだ。
 タンカーの甲板上では、戦車の『上半身』にクレーン車のハリボテを付けて偽装する作業が行われている。あれらを揚陸し、堂々と陸路を使って各地の顧客に『納品』するという段取りだろう。だが、現場を押さえた以上は好きにさせる訳にいかない。
 海岸を警備する男たちの死角を突いて、音も無く砂浜を走り抜け、そして潜水具を付けて海中からタンカーに接近する。
(おかしい……ジブクレーンを使わない限り、揚陸艇を海面に下ろせない筈だけど……ん? 船底に開口部!?)
 それは、まるで潜水母艦のような船型であった。船尾に開閉可能な開口部があり、そこがシャッターのように上方に開いて、下甲板からスライダーのような構造のスローブが伸びている。このような凝った構造は、軍艦並みの船でないと強度的に装備は出来ない筈だ。すると当然、外部もかなり強固な装甲で覆われている筈である。
(これは……耐磁性塗料? そうか、レーダー波を吸収してしまう塗装を、外装全体に施してあるのね!)
 軍艦並みの設備と装甲、レーダー対応の塗装。これがこの大型船舶を行動可能にする秘密だったのだ。と、それは分かったが、彼女の任務はこれで終わりではない。そう、このタンカーが何処から『荷』を搬入して来るのか、それを調査しなければならないのだ。
 開口部から延びるスロープを駆け上がり、船内へと侵入する。すると、内部が何層もの隔壁で覆われている事が分かった。
 そして更に上層階へと進んでいくと、今度は機械音が聞こえて来る。それも、推進器の音ではない。そう、それはまるで……
(工場!! そうか、拠点から荷を積んで来るのではない……このタンカー自体が、移動式の工廠だったんだわ!)
 成る程、それならば全ての疑問がクリアになる。陸上で組み立てた車両の積み込みも、それを製造する工廠を偽装する必要も全く無い。資材だけを積み込んで、港に佇んでいればこの船は普通のタンカーにしか見えない……そして外洋を移動しながら、船内で組み立てを行えば騒音によって内部での行動がバレる事も無い……敵ながら天晴れである。
「貴様、何者だ!」
「工廠の人間ではないな!?」
 しまった! と思った時、琴美は既に数名の男に囲まれていた。車両を組み立てる騒音に耳を麻痺させられ、接近に気付かなかったのだ。しかも、その男たち……大きい。全員が身長2メートルを超すであろう巨躯の持ち主だ。
「巨人の群れ!? ……いや、違う。彼らは改造人間だわ! あの巨体と俊敏性は両立できない!」
 速い、そして強い。彼らの拳は隔壁の鉄板をいとも簡単に凹ませ、素早く地を駆け、高く跳ぶ。常人には出来ない動きだ。
「しかし……残念ね。そんな殿方、今までに何人もお相手してますの」
 体が大きいだけに、攻撃を受けるリスクも大きい。動きのパターンさえ見切ってしまえば、彼らは只のデカい的に過ぎない。急所めがけてクナイを放ち、バタバタと相手をなぎ倒していく。可能な限りクナイは回収しながら、琴美は次々と船内の深部へと駆けてゆく。
「どんな船でも、動力部と燃料が無ければ動けない。そしてそこが最大の弱点となる! そして、戦闘車両を製造しているなら、当然それに搭載する弾薬も……!!」
 船の構造上、そう云った危険物は上層階には貯蔵しない。イザとなれば船倉から投棄できるよう、防水区画に覆われた船底に貯蔵するのが常なのだ。
「やはり……ふふ、兵器に搭載するための弾薬と遅延信管が、自らの首を絞める事になるとは……思わなかったでしょうね」
 弾薬庫を発見した琴美は、遅延信管を組み込んだ時限爆弾を即興で組み立て、スイッチを入れて放置した。そして上甲板へと駆けあがり、改造人間たちの間をすり抜けながら海に飛び込んだ。
 ややあって、後方から大音響とともにオレンジ色の火柱が上がる。弾薬が炸裂し、更に燃料にも引火したのだ。こうなれば、強固な装甲に覆われた特務艦艇とて一溜まりもない。
(あの移動工廠はもう使い物にならないわね。後は、根城を発見して叩ければ良いのだけれど……)
 そう、この工廠は只の移動基地に過ぎない。必ず本拠地が在る筈だ。
 これだけの設備を所有し、稼働させ得る背景……恐らくは多国籍企業か軍需産業に参入しているメーカーであろう。しかし、どんなに周到に身を隠しても、必ず尻尾を出す筈。琴美はそれを信じて、炎上するタンカーを海面から眺めていた。

<了>