コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談ノベル(シングル)>


奏でられる戦慄のプレリュード 後編

不気味な赤黒い雷光が鳴り響き、そのたびにアークデーモンやガルムなどが興奮し、暴れ回り、破壊の限りを尽くす。
地下鉄やビルに隠れていた人々は追い立てられ、安全な場所を求めて駆け回る。
恐怖に怯え、逃げ惑う様を悪魔たちは愉快そうに眺め、自らの腕を振るって追い立て回す。
大きく振るわれる三つ又の槍がビルの壁に勢いよく当たるたびに、大地を揺るがすほどの衝撃が走り、コンクリートの壁が呆気なく崩れ落ちていく。
そのたびに悲鳴が上がり、泣き叫ぶ人々を面白がる。
平穏な街は完全に一変し、狂乱と恐怖に支配された悪魔たちの宴と化していた。
逃げる人々を追い回しながら、逃げ道を奪い去り、絶望へと叩き込む。
それが悪魔の信条だ、と行動で示すアークデーモンらを前に、警察はなすすべもなく、ひたすら頑丈そうなビルやまだ無事な地下鉄や地下道へと逃げ込むしかなかった。

「こちら502、502っ!!救援を頼むっ!!救援をっ!!」
「どこからでもいいっ!なんとか脱出ルートはないのか?このままだと、危険なんだっ」

大通りから少し離れた場所にあった地下鉄のホームに、警官たちの声がむなしく反響する。
ホームでは地上から逃げ込んだ人々が寄り添い、来るのかさえ分からない救助の手をひたすら待ち続けていた。
幸い、地下鉄内の自家発電が生きているのか、若干薄暗いが、照明がある。
通風孔があることから、出入り口をシャッターで塞ぎ、化け物たちの侵入を防ぐ。
さらに人々が当たり前のように持っているスマホや携帯電話といった通信機が使えることから、今、自分たちの身に起こっていることが情報として理解でき、さらに救援を行っている者たちがいることを知り得た。
だが、地下に逃げ込んだ自分たちにその救いがもたらされるのが分からないが、思いつく限りの連絡手段を使ってSOSを外へと送っていた。
数分のうちに、救い出された人たちの情報がネットやSNSに掲載されていくのを見て、希望を持てたが、それはわずかな時間だった。
―街を襲った化け物たちの数に救援部隊の手が足りず、この地下鉄のある中央エリアへの救援は不可能に近い。
そんな一文が掲示板などに踊った瞬間、逃げ込んでいた人々は絶望に押しつぶれた。
他人事とばかりに、掲示板などに踊るのは、絶望的な言葉。

―中央は切り捨てだって。残ってる人は犠牲か……
―軍とかあっても無理ww残念でした〜
―生きてる人とかいたらどうすんの???
―どうにもならないんじゃね(笑)
―おいおい、救援とかあんだろ?すぐにあきらめんなよ、オマエラwww

安全な場所にいるから、と書き込まれる無責任な言葉。
ふざけんな、と怒鳴る高校生らしき一団の姿に、無言の抗議が責め立て、すぐに静まった。
自分たちも安全な場所にいれば、十中八九、同じことを書き込んでいただろう。
被害者の立場になって初めて、そのつらさを理解できたなんて最悪だ。
それでもなんとか人々を逃がす手段がないかと、無線で叫ぶ警官の声が徐々に小さくなり、ついには消えた。
涙でぐしゃぐしゃになりながら、助けてくれよぉ、と力なく呟く姿に、誰もが欠ける言葉もない。
時折、地上で暴れているらしい化け物たち起こす振動で、ぱらぱらと埃が落ちてくるのを見るたび、いつここがつぶれるのか、と恐怖心を募らせる。

ふいに1フロア上にあるシャッターのあたりから大きな音が聞こえた、と思った途端、何かが破られる音が響いた。
一瞬、誰もが息を飲み、耳を澄ませると、不気味な雄叫びと共に巨大な何かが近づいてくる音がした。

「や、やばいっ!!上のシャッターが破られたんだっ!」
「どどどどど、どうすんだよ??線路沿いに逃げるか????」
「いや、それだと危険じゃねー?」
「何言ってんだ!!あの化け物ども、もうすぐそこまで来てんだぞ?線路使って逃げるしかねーじゃん」

迫りつつある化け物たちの恐怖から逃れるために、最初の一人が逃げ出す。
それが呼び水となって、誰もが皆先を争うように走り出す。
が、線路の走るトンネル内は照明が少なく、暗闇に支配されている箇所も多い。
何より通常の事故や火災での避難とはわけが違う。
それでも生きたいという純粋な本能が赴くまま、人々は闇の中を駆けだした。

空気を切り裂く音がしたのは、先頭グループのあたりだ。
何が起こったのか、誰も理解できず、その場から動けなくなる。
突如、闇の中から現れた巨大な腕が無造作に右上から左へと振り下ろされ、先頭を走っていた若者たちが薙ぎ払われた。
自らの身の上に何が起こったのか分からないまま、紅の海に沈む若者たちの姿に、その場に縫いとめられた人々はようやく理解し、元来た道を走り出す。
だが、背後から襲い来る謎の腕―否、巨大な蝙蝠の翼とサソリの尾を持った馬に似た化け物が逃げ惑う人々を楽しげになぎ倒していく。
さらに逃げ道だったはずの前方からは、シャッターを破ってきたアークデーモンが数体、三つ又の槍を振り回して、逃げてきた人々を串刺しにし、振り飛ばす。

―もう逃げ道などない!

地獄さながらの光景を目の当たりにして、人々が絶望し、その場から一歩も動けなくなる。
そんな人々に悪魔たちは容赦なく拳を振り上げた瞬間、アークデーモンの頭上を飛び越え、立ちはだかる影。
影から放たれた銀の閃光がアークデーモンたちの胸を次々と貫く。
無駄な時間は一切取らない、瞬きするほどの速さ。
貫かれた胸に穿たれた穴を中心に、砂礫と化し、あっという間に崩れ落ちた。

「ホウ……キサマ、『キョウカイ』ノモノカ?」
「まあ、上級悪魔たる破壊者・アバドンが『教会』をご存じとは、光栄ですわ」

ふわりと髪をなびかせ、人々を背にかばい、背丈ほどある杖を片手に構えた女―瑞科が悠然と微笑む。
軍服を思わせる長袖の上着に鉄の肩当て。黒のミニプリーツスカートに入ったスリットから覗く太ももは白いニーソックスに包まれ、滑り落ちぬようにガーターベルトで止めてられている。
そのしなやかな足を包むのは編上げの白いロングブーツ。
どれも精緻な装飾が施されており、背中までにしかない―丈の短いマントが妖艶かつ豊満なボディラインにフットした姿に、男だけでなく、生き残った人々全員が心奪われた。

「ナルホドナ。あーくでーもんドモがイッシュンにシテ倒シタノハ、きさまノシワザカ!」

配下を倒されて、怒りを爆発させた―というよりも、雑魚を一撃にして屠ってくれた面白い玩具の登場を心底喜んでいる、といった風だ。
さすが悪魔の王を封じた、とも言う伝説を持つ破壊者、と妙に感心しつつも、瑞科は素早く太ももに括り付けたナイフを抜き、残っていたアークデーモンたちの胸を撃ち抜いていく。
一瞬の早業に、アークデーモンたちは何が起こったのか分からぬまま、砂礫となって消えていく。
その見事な攻撃に、アバドンは心から感心した。

「人間にしてはできるな。なめていたことを謝罪しよう」
「さすがは破壊の悪魔ですわ……でしたら、私の役目もご理解いただけまして?」
「我を倒すか、魔界へと押し返すことであろう!!だが、召喚された以上、なすべきことをせぬうちは帰れぬわっ!!」

大木ほどあろう両腕を振りかざし、襲い掛かってくるアバドンを瑞科は手にした杖で受け止める。
そのまま力をかけずに受け流すと、杖を器用に手の中で回転させ、懐へと踏み込むと、無防備にさらされたアバドンの顎に鋭い突きを食らわせた。
人体においても、顎への一撃は強烈で、アバドンは視界が激しく上下すると同時に脳天まで貫くような衝撃を味わう。
ぐらりと巨体を揺らがせるアバドン。
その隙を瑞科は見逃すはずもなく、そのまま杖を回し、喉、みぞおちに一撃を与える。
並みの人間であれば、昏倒しているところだが、上級悪魔たるアバドンはそうは簡単にやられるわけがない。
怒りをたぎらせた両眼で瑞科を睨むと、雄叫びをあげ、口のあたりに赤と黒の入り混じった―中堅のビルほどの大きさの―光球を作り出す。
小さくため息を零し、瑞科は未だ動けない人々の前に軽く舞い降りる。

「今のうちに地上へ逃げてください。上にいたアークデーモンやガルム、下級悪魔の類は全て排除しましたから安全に逃げられますわ」
「け、けど!外にもあんな化け物どもがっ!!」
「大丈夫です。救助の部隊が展開していますから、保護してもらえますわ」

安心して逃げてください、と微笑む瑞科に人々は息を飲み―やがて、意を決したように照明のあるホームへと駆けだしてく。
全員が逃げていくのを確認し、瑞科は迷いのない、優雅な足取りで今まさに攻撃せんとするアバドンの前に立ちふさがる。
あらゆる宗教の聖書や聖典に、その存在を記されるほどの上級悪魔であるアバドンを軽々と召喚しただけでなく、瑞科が倒したアークデーモンたちと同じく知性と力に制限を掛けて暴れさせる――なんとも勿体なくも、とんでもない使い方をしてくれる。
だが、それ以上に、これほどの力を持った上級悪魔を従えさせてしまう存在―敵に脅威を覚える。

「シネェェェェェ!!」
「通じませんわ」

咆哮と共に打ち放たれたアバドンの光球。全身を襲う衝撃に瑞科は数メートル後ろへと下がるが、杖で受け止める。
そのまま勢いを殺さぬように、杖の端を両手で握ると、全身を回転させて、放たれた光球をアバドンへと弾き返す。
大口を開けたまま、逃げることもできず、直撃を受けたアバドンは断末魔の叫びさえも残さずに光に包まれ―消え失せた。

「へぇ、さすがは武装審問官。制約・制限つきのアバドンじゃ、相手にならないか」

欠片も残さず、上級悪魔を軽々と倒した瑞科を線路の上―地下鉄の頑丈なコンクリート製の梁から見物していた黒いマントを羽織った影は決着を見届けると一瞬にして闇に消えた。

暖かな日差しがこれほどまでに有難く感じたことはない、と泣き崩れる人々。
残党の魔物を排除して回る『教会』の部隊を横目で見ながら、瑞科は正体がつかめない何かを感じ取っていた。
事件はこれからが本番となる。