コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談ノベル(シングル)>


―夢と現実と・3―

 ホームルームが終了すると、海原みなもは『また明日ね!』と皆に声を掛け、急いで帰宅していった。正規版となったMMO『魔界の楽園』が、予想以上の面白さと高機能を備えている事が分かり、嬉しくなった為である。
(もうプログラムが暴走して閉じ込められる心配も無いし、武器や防具、小道具もお店で買えるようになってた。あれなら怖い思いをしなくてもキャンプできそうだし……リアルじゃまだ、野外キャンプなんて許して貰えないもんね)
 彼女は一度、βテストの時に『ゲーム内に閉じ込められた』事があり、その際に約2カ月に及ぶサバイバル生活を強いられた。その時の事を思い出すと些か心配になるが、正規版ではあのような事は起こらないという『保証』がメーカーにより付けられた事もあって、安心してプレイできるようになったのである。

***

「うん、相変わらずの腕の冴えね!」
「経験値がβの頃からずっと保持されているからね。ただ、各キャラの潜在能力も底上げされているから、安心は出来ないよ」
 すっかり浮かれて安全地帯である街を飛び出した、瀬名雫扮するガルダの背後を襲ったハーピーを速攻で撃墜したウィザードが、幾分か表情を引き締めながら告げていた。彼は『あの攻撃では威嚇が精々だろう』と思っていたようだが、ハーピーは一撃で大ダメージを受けて地面に激突した。つまりβの時に比して能力値がアップしている事を彼は即座に感じ取ったのだ。そして自分がこうなのだから、他のキャラも地力自体がかなり上げられているだろうと予想したのだという。
「街で装備品やアイテムを売買できるようになったり、人化して魔力消費を抑える機能が追加されたのも、その所為だろうね」
「そっかぁ、リアルさが増した分、身を守ったりリフレッシュしたりする機能も強化されたんだね」
 そういう事! と言いながら、ウィザードが未だ腰を抜かしたままの雫に手を差し伸べる。その手を取って漸く立ち上がった雫は、暫し呆然としていたが、やがて『ふぅん』と頷いて語り始めた。
「つまり正規版から参入したユーザーキャラが人化できなかったりという制限は、βユーザーとのハンデを調整する為だね?」
「勘が良いねぇ。俺もそう思うよ、君の初期スペックはレベル1にしては高すぎる。βユーザーのレベル3〜4に相当するね」
 そう、β版から継続してプレイしているユーザーは、その時点からの経験値を保持したまま正規版にログインしている。スタート時のスペックに差があり過ぎて、正規版からのキャラが『カモ』になり過ぎてしまうのだ。依って、それを緩和するために初期スペックが高くなっているのだった。尤も、βユーザーとの差別化を図る為、人化などの機能はオミットされているが。
「……兎に角、フィールドマップを歩く時には今まで以上に注意しなきゃダメだ。直ぐに教会行きになっちゃうぞ」
 そう結論付け、今日は飽くまでも様子見だからと云う事で、その日の散策は中止された。このままの装備でダンジョンなどに入ったら、経験値だけではカバーしきれないと予測したのだろう。そして、話を聞いていたみなも達も納得していた。

***

 自宅玄関前に見覚えのある人影を見付けたみなもは、思わず苦笑いを浮かべながらその人物に声を掛けた。
「遅いよ、みなもちゃん!」
「瀬名さんが早いんですよ、それに今日は約束してないじゃないですか」
 口ではそう言いながらも、みなもは制服姿のままで佇む雫を自室に招き入れた。彼女の目的が何であるか分かっているだけに、何となく楽しみを共感できるようで嬉しかったのだろう。
「今日も、彼と待ち合わせしてるのかな?」
「え? えぇ。冒険の前に、色々と確かめたい機能があるって言ってましたからね」
 無意識なのだろうが、みなもはウキウキと声を弾ませていた。それを聞いた雫は『それだけかな?』と訊きたくなるのを懸命に抑えていた。彼女とて、友達のプライバシーを暴いて楽しむような悪趣味は持ち合わせていないという事であろう。
「また、この間の噴水前でいいのかな?」
「はい。街からスタートする時は、いつもあそこで待ち合わせです」
 OK、と返答すると、雫は自前のゲーム機を二重底にしてあった鞄から取り出し、パスコードを打ち込んでいた。
(家に帰る時間すら、惜しいって事なのね……よっぽど気に入ったんだなぁ)
 クスッと笑うと、既にトリップ状態になっている雫の隣で、みなももログインを開始した。無論、先日のような失敗をしないよう、彼女はキチンと薄手の服を着込んだまま『変身』していた。

***

「ゴメン、待った?」
「いや、俺もさっき来たところだよ」
 今日は彼もキチンとウィザードの姿のままで、噴水前に立っていた。人化できない雫に気を遣っての措置であろう。
「で、試したい機能って何なの?」
「うん。市場で食料を買い込めるようになったろ? あれを試食してみたくてね」
 やや頬を紅潮させながら語るウィザードにそっと近づきながら、雫がボソッと呟いた。
「……手料理が食べたいんだよね?」
 そう問われたウィザードは、エヘンと咳払いをしながら指示出しを開始した。俺は調理できる設備を探すから、素材の調達を頼むとみなもに告げ、ゲーム内通貨の入った袋を手渡しながら。
(スルーしたね? このあたしをスルーしたね? でも、気持ちは分かるぞ男の子!)
 そう心の中で呟きながら、雫は生暖かい笑みを二人に向けていた。彼女とて素材は決して悪くないだけに、非常に残念である。

***

「わぁ……リアル世界のマーケットと変わらないですね?」
「パックされた肉や魚が無いぐらいかな? でも、水もジュースも売ってるというのは正直驚きだよ」
 勿論、野兎や魚を捕って調理するようなリアルサバイバルも用意されてはいる。が、市場にはそのまま食べられそうな食材や菓子類、果てはインスタント食品すら売られているのだ。
「まぁ、酒場やレストランもある訳だからね。ある意味当たり前なのかな?」
「かも知れませんね。でも、今日は敢えて、サバイバルに近い環境を再現します!」
 みなもは加工品を避け、生の肉と調味料だけに的を絞っていた。素材が確かでないなら加工品も知れたもの……という考えに基づいてのチョイスだったのだが、実は潜在的に違う事を考えていた。そしてそれは、傍らの雫にはバレバレなのであった。

 一方、食器や調理器具を一遍に調達できる場所を求めたウィザードが行き着いたのは、サバイバル体験コーナーだった。
(こういう部分まで用意されちゃうと、なんか興醒めだけどね。売って行く為には仕方のない事なのかな)
 リアル社会にも、安全を保障された空間と弱肉強食のスラムは存在する。それを人工的に表現するとこうなる……そんな処であろうか。しかし、彼の目的は別な所にあったので、その虚無感は一瞬で消し飛んでいた。

***

 ラミアのままでは爪が邪魔で調理器具が使いづらいと理由で、みなもは人化して調理台の前に立っていた。
「鼻の下……」
「え?」
「伸びきってるよ、鼻の下!」
 そう? と、にやけた表情を隠そうともしないウィザードを見て、流石の雫も失笑せざるを得なかった。みなもも、鼻歌を歌いながら、楽しそうに竈の炎を見詰めている。
 勝手に爆発しててくれ……と、雫でなくともそう思うだろう。しかし彼らは、純粋な目で互いを見詰めていただけなのだった。

<了>