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<東京怪談ノベル(シングル)>


I(ai) 〜wana〜
(……何て間が悪いのかしら)
 水嶋・琴美(8036)は、短く心の中で舌打ちした。
 何時もは長期休暇を渋る上司が、珍しく1週間の連続休暇を許可し、首都圏に近いとはいえ温泉観光地にやってきた琴美。
 贅沢出なくてもよい。
 首都圏まで1時間しか離れていなくてもよい。
 そう思ってやってきたのだが──琴美がその男の存在に気づいたのは、駅だった。

 歳の頃は、35、6歳。
 けっして上手いと褒められない尾行で琴美を付回す男に見覚えはなかったが、ここ何ヶ月にも渡り、琴実を数ヶ月悩まし続けている謎の視線の正体ではないかと男を公園におびき寄せたのだった。

「おい、あんた」
 ベンチに座る琴美の後ろから近づいた男の腕を琴美は掴むとそのまま柔道の要領で男を投げ飛ばした。
 背中をしたたかに打ち付けると思われた男は、ぎりぎりの所で身体を捻り、受身を取った。
 そうこなくては──と琴美の口元が緩む。
「何か御用かしらチカンさん」
 素人相手ならば手加減をする必要があるが、男の動きと体型から何かしらの武術をやっている事は間違いない。
 少なくとも年下でも女性に対して紳士的な態度でない以上、視線の犯人ではなくとも”おしおき”をしても差し支えないだろう。

 とはいえ、予想より動きが早い相手に小さく舌を打ちする琴美。
「このワンピースは、戦うには些か長すぎますね」
 一瞬で服を脱ぎ捨てる琴美。
 現れたのは琴美の戦闘服、くのいちの装束である。
 激しい蹴りを男に浴びせる琴美。
 その度に黒いラバー素材のプリーツスカートから白くむっちりとした太股が大胆に覗いて見え、締め上げた帯が豊かな胸を更に強調し、たゆんたゆんと揺れる。

 男の目が一瞬、そのしなやかで日本人離れした瑞々しい四肢に奪われる。
 生じた隙を見逃さず、琴美は男のこめかみ目掛けてハイキックを決めた。
 どうっと音を立て男が倒れるが、(琴美が手を抜いた事もあり)男は気を失わせるまでに至らなかった。
 地面に大の字になった男が、いった。
「チカン呼ばわりはかなり酷いと思うが、それの姿はかなり反則だな。その気がないのにその気になってくる」
「じゃあこのまま大声で悲鳴を上げればいいですわね」
「それはお互いの為に困る。三面記事になったら嫁に離婚されちまう」
 あんたは俺を知らないかも知れないが、俺はあんたを知っているし。
 あんたの事をよく知る者の使いで来た──と男は言った。
「誰です?」
 男は、肩に二本指を置いた。──琴美には、男が言う人物が誰のことだか直ぐに判った。

「もう直ぐあんたを逮捕しに公安が来る」
「逮捕? 穏やかじゃないですね。何故だか教えてくれますか?」
 殺人容疑だと男は答えるとポケットから取り出したスマホを一台、琴美に投げて寄こした。
 画面には、一人の初老の男が映っていた。
「何処かで見た顔ですね」
「○○党の議員だ。こいつには国家機密情報漏えい。スパイ容疑が掛かっていて近い内、公安が逮捕するつもりで泳がせていた男だった」
 3日前に殺されたと男は言った。
 画面をスワイプすると他にも何人かの人物の写真が表示されていた。
「そいつらも公安が目をつけていた奴らだが、全員殺されたそうだ」
「犯人は?」
 男は、指先を琴美に向けた。
「とんだ言いがかりね」
「ところが公安は、そう思わなかった。犯人の手口は同一。刃渡り15cmの鋭い鋭利な刃物で──」
 キュ──握った右手の親指を喉の上、一文字に動かす男。
「それだけで?」
「デジタル解析した傷跡が、あんたと一致するらしい」
 琴美は溜息を吐いた。

「で、あなた達は、なんでこんな事に協力してくる気になったのかしら?」
「”達”ね。部下達はここからは見えない位置にいるんだが──やっぱりあんたは、凄いな」
 男は苦笑し、琴美に部下共々、命を助けられたのだと答えた。
「ごめんなさい。覚えてないわ」
「いいのさ、別に。あんたにとっては対した事じゃなかったのかもしれない。助けられた俺達には、大事な事なのさ」
 男はズボンについた砂を叩き落として立ち上がった。
「そのスマホは、確かに渡したぜ。(公安の)奴らが番号を抑えるのも時間の問題かも知れないがね」
「助かるわ」
 琴美も男とは反対側の出口へと急いで向かった。
 男が向かった出口の方で騒ぎが起こっているのが、雑踏の中に消えた琴美の耳には届かなかった──



「逃げられただと? 容疑者の身柄確保の為に万全を尽くして多数の人員を用意したのではなかったのかね?」
「しました。しかし警部──」
「しかしも案山子もない。判っているのかね。これは公安の威信に関わる問題なんだよ。
 たかだか自衛官1人。小娘一人に捕まえられぬとは──」
「お言葉を返すようですが、水嶋容疑者は特殊統ご…」
 ドン!──言葉をさえぎるように上官は、力一杯、机を叩いた。
「ソレについては、軽々口に出しては、ならんとキツく言った筈だ。──それこそ、壁に耳ありだ」
「そ、そのやつらは、なんと?」
「行き先は、知らないそうだ。故郷については、特秘情報で教えられないと言ってきた。
 答えて欲しければ防衛庁長官の命令書をもってこいだと。ふざけやがって」
 くるりと上官は、座っていた椅子を回して向きを変えた。
(クソッタレが。若造には、判るまい。一連の事件の現場に残された証拠を科学的検知で見れば、犯人は水嶋だろう。
 だが過去からの水嶋の行動には、国家に対する忠誠が見られたし、ヒーロー(ヒロイン)ごっこに興じるタイプでもなかった。
 仮に水嶋が犯人だとしたら何故この時期になって反逆行為を行う必要性がある?──何かが引っ掛かる)
 くるりと上官は、元の位置。部下の方を向き、こういった。
「姿を消した周辺から再度、町中の防犯カメラの確認と聞き込みをして容疑者の足取りを探せ!」
 慌てて飛び出していく部下の背中に溜息を吐くと、椅子に深く座り押した。
(……これで見つからなければ、警視庁のシステムに誰かが手を加えているって事だ。
 陰謀が間違いなく動いているって事だが──クソ。内部協力者か外部からの侵入(ハッカー)か……。
 誰だか知らないが気色悪いことしやがって──

 ──水嶋・琴美。普通、追い詰められた人間は、人のいない山か人ごみか。生まれ故郷に戻るもんだが──
 あんたは何処に消えた? お嬢ちゃん。早く俺達に捕まるのが、得策だと思うがね)



 ──公安が身柄を必死に探しているその頃、当の琴美といえばタクシーの後部座席に座っていた。
 何処に向かうべきか?
 人工衛星の監視システムまで公安が使うかどうかは不明だが、街灯の防犯カメラや町のいたるところに仕掛けられた監視カメラを
 振り切っての移動は現代社会において不可能に近い。

 思案する琴美に一本の電話が掛かってきた。──相手の番号は、非表示であった。
 貰ったばかりのスマホにかけてくる相手は、限られている──このスマホを送った相手か間違い電話。
 そして、もう一つの可能性。
 琴美に罪を着せた真犯人──

「もしもし?」
 電話の向こうでクスクスと笑う声が聞えた──
「これは貴女への招待状。貴女の性格はよく知っているつもりだから……汚名を着せた相手を許せない筈だから、
 まさか断らないでしょ?」
「何が要望なの?」
「話が早くて良いですね」
 少女は言葉を続けた──



<続く>