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<東京怪談ノベル(シングル)>


I(ai) 〜tatakau〜
 水嶋・琴美(8036)は、暗い森の中を走っていた。
 闇に琴美の日本人離れした肢体が、浮かびあがる。

 ──公安すら知らない入手したばかりの番号に『会いたい』と電話を掛けてきた少女。

(私を罠に嵌めた危険な敵)
 そう思うと琴美は、脊髄に沿ってぞくぞくとした感覚が這い上がっていく感覚を覚えた。
 これは強い敵と戦えるという『期待』なのだろうか?

 協力者から提供された端末に保存された画像で見た手口は公安が見間違える程、琴美と酷似していた。
 電話を掛けてきた少女が殺人者本人か、仲間なのかは判らなかったが、何れにしろ会えば判るだろう──。


 ──琴美が進む目の前に大きな門が現れた。
 人が入るのを拒む頑丈な太い鎖が巻きつけられ大きな錠が下りていたが、
 琴美はなんなくそれを突破し、森の奥にある建物を目指して、走っていった──


 ──決着をつけるために。



 ***

 月明かりが煌々と差し込む体育館の中、中学生位の少女が立っていた。
「こんばんは」
「貴女が、電話をくれた人ですね」
 そうだと答えた少女は、『ai』と名乗った。
 電話をかけてきた時の高圧的で邪悪な存在といった印象とのギャップに琴美は戸惑いを覚え、
 慎重に言葉を選んでaiに質問をした。
「aiさんは、一人なの?」
「はい。少し前までは一緒でしたが、今は一人です」
「その人はどうしたんですか?」
 にっこりと笑うaiは、まるで天気の話をするかのように殺したと答えた。
「目的の不一致というか……色々協力してくれたけど、注文も多かったから。
 あ。勿論、見返りなしに応援していくれた人は殺しませんでしたよ」
「───

   ……じゃあ、貴女が私に連続殺人犯の冤罪罠をかけたんですか?」
「それは結果的にそうなったっていうか……」

 aiは当初、琴美の格闘術の再現実験をしていたという。
 クナイは、ナイフに比べて扱いが難しい。
「最初は動かない的を相手にしていたんですが、こういうのはやっぱり本物の人間とした方がいいって言われたから」
 相手は誰でもよかったのだが、琴美が殺した相手に似た犯罪者から選らんだ、とai。
 とはいえ、その使用したリストが防衛省と国家公安委員会の極秘リストだった為に
 琴美に容疑が掛かったのではないかとaiは言った。
「冤罪が掛かれば琴美さんが私を捜してくれると思ったんで、そのままでいいかなって」
「私の事を色々知っているのね」
「色々知りたくて”追っかけ”をしてた時期もありましたから」
「そうですか。ここ数ヶ月、感じた視線は貴女なんですね。
 ──ai、貴女の目的は?」
「琴美さんと戦うこと」
「戦う?」
「そう。私はずっと一人で存在していました。でも誰も私の存在を知りませんでした。
 私が私を認識したのは、”琴美さんを見ている私という存在”を認識したからです」
 ずっと見てきた琴美と戦う事が、その集大成だとaiは言った。

 なので1個嘘をついたと言うai。結果に関わらず防衛省と公安のサーバーに犯行の告白が表示されるようにしていると言った。
「戦えばどちらかが死ぬかもしれないのにaiはいいの?」
「”死”ですか……」

 ──私は、過去に何度も琴美さんに出会い、戦い。
 そして負けて死んでいるのですよ。
 aiの言葉に琴美の眉を顰める。

「ですが(私という存在を認識した)今の私にとって”死”もまた興味深いテーマです。


 ……おしゃべりが過ぎました。邪魔が入らない内に戦いましょう」


 ***


 繰り広げられる琴美とaiの激しい攻防戦とは裏腹に、静かな闇が広がっている。
 唯一、その戦いの激しさを示すモノのは──時折、クナイ同士がぶつかり発する金属音と飛び散る火花だけである。

 琴美の戦い方は、本来ヒット&アウェイ。
 気配を消し、敵に気取られないように接近し、一瞬で殲滅する現代の忍者の技である。
 広がりのある空間を嫌い、僅かな影の隙間に身を潜ませる琴美。

(──戦闘能力は、ほぼ互角)
 息を整え、aiを分析する琴美。

 aiは小柄な身体を優位に使い小回りを利かせているが、反対に琴美はモデル並みの長身と長い手足がある。
 そして実戦経験の違いは比べようもないが、琴美の身に受ける傷が少しずつ増えてきていた。
(私自身の疲労という程ではない。つまり僅かな時間で成長しているという事ですね)
 逆に致命傷ではないが、琴美の与えた傷が少し時間が経つと治っている。
(長引かせるのは、こちらに不利かもしれませんね)

 aiを倒す事に迷いはない。そして倒せる自信も琴美にはあった。
 ──だがこの戦いに違和感を感じるのは、何故だろう。

 単に体格差やaiの戦い方が、琴美そっくりであるという理由だけではないと琴美は感じていた。
(我思う故我在り……誰の言葉だったかしら)
 国家や国民を守る為、強大な敵と戦ってきた戦いとは異なり、
 己の冤罪払拭という個人理由且つ、自らの存在定義の為、琴美との戦いを求める幼いaiを殺す。
 という行為に対しての罪悪感なのだろうか。
 それとも姿を見せないaiの協力者に対する怒りなのであろうか。

(……今は、aiを倒す事に集中しましょう)

 旅行中であった為、手元にある武器は、愛用のクナイだけである。
(ここに来る前に銃かナイフでも手に入れておけばよかったわね)
 ウェストポーチを撫でる琴美。
(ないよりはマシでしょうが。それでも機会は1回限り)
 命を奪わないという手加減はできないだろうし、aiも望まないだろう。


 ***


「見つけました♪」
 喉を狙うaiが突き出した右腕を、琴美は払い、空いた手でaiの左手を掴むとそのままaiを地面に叩きつけようとする。
 一方のaiは、くるんと身体を捻り、着地する。
 再びクナイを構え、襲い掛かるai。
 両手でaiの手を抑える琴美。
「子供とは思えない馬鹿力ですね」
 ぷっ!──小さな音と共に琴美が空気を吐き出した。
「うぁあああああっ!」
 小さな縫い針が、aiの手を突いていた。

 怒ったaiがそのまま突撃してきた直後、背後で物音がした。
 一瞬、気が反れたaiに向かってクナイを投げる琴美。
 それを弾くai。
 aiが己のクナイを構えて、再び琴美に突進する。
 構える琴美に迫るai。


 ──だが、後1歩と迫ったaiの目を眩しい光が貫いた。
 思わず立ち止まったaiだったが、
「あ?」
 思わぬ痛みに胸を見ると、胸に鏡の破片が刺さっていた。
「その鏡、気に入っていたんですが、差し上げます」
 鏡の破片を向かって正拳を突き出す琴美。
「こ、こんな……」
 鏡に胸を突かれ倒れるai。









 ヒューヒューと浅い息をしながら白い人工血液の中に倒れるaiの顔を覗き込む琴美。
「私は”死ぬ”の?」
「多分──でも少なくともこの戦いの勝者は私です」
 再び挑んでも私が勝つという琴美の顔を見ながらaiは「そうね」と言った。
 もし生きていたら覚えている限り人に害する事はないだろうとも言った。

 朝日が昇る中、遠くからヘリコプターが飛んでくる音がする。

「私が”存在していた”事を忘れないでいてくれる?」
「ええ」
 琴美の答えに嬉しそうに微笑むai。
「……もし…違う出会い方をしていたら友達になってくれた?」
「ええ、喜んで」
 大きな息を吐き出して、
「……ありがとう」とaiは言った。


 その言葉を最後にaiは何も語らなかった──。


<了>