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紅の記憶〜偽りの抱擁〜
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「珍しいお客さんね。あなたたちってお家柄、私達みたいな仕事って嫌っているんじゃなかった?」
編集部に現れた二人の少女に、碇・麗香は意地悪そうに微笑んだ。対する少女――対になったような双子の少女達のうち髪の短い方、斎・瑠璃が負けず劣らず大人びた口調で。
「鳴絡銀行頭取の突然死、平坂学園校長の突然死、佐久間議員の突然死、これらの情報を渡すわ。だから手伝って欲しいの」
「その三件は全部心筋梗塞だの脳梗塞だのって発表されているけど……あなた達が情報を掴んでいるという事は『違う』のね?」
麗香の言葉に頷く瑠璃。彼女達の家系は退魔師であり陰陽師である。とすれば――
「私達の仕事を先取りした人がいるんだよ」
口を開いたのは長い銀髪に軽いウェーブをかけているもう一人の少女、斎・緋穂。この二人は二人で一人前だが、二人揃ったその力は一族のどの術者をも凌駕するという。
「霊障の調査に……大きな声じゃいえないけど呪殺の依頼。どれも大物からの、大物に対する依頼だったけれど、うちが対処する前に『やられた』の」
「ふふ。それが本当だとすればまるで宣戦布告ね」
瑠璃の言葉を受けて、足を組み替えながら口元を歪ませる麗香。
「そう、宣戦布告としか思えないのよ。次に狙われる人物は分かっているわ」
「若手俳優の壬生・龍司さんだよー。女性の霊にとりつかれているっぽいの……遊ぶだけ遊んで酷く振っちゃった感じがするから、私はその霊に同情しちゃうけど」
緋穂が差し出したのは芸能雑誌の切り抜き。いかにも遊んでますといった感じの軽薄そうな男が一人、写っていた。
「今までの傾向からいくと、私達が浄霊に行く前に彼は殺されちゃうわ。だから手を貸して欲しいの」
「霊障の取材って事で申し込んでみるわ。ホテルにでも確保しておけばいいわね?」
瑠璃の言葉に麗香は受話器を取る。
はたして彼を殺しに現れるのは――。
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アトラス編集部のあるビルの前に佇むのは、全身黒尽くめの男。ある意味目立ってもおかしくない格好ではあるが、彼に視線を向ける者は少ない。それは都会の人々が急いでいるからだけではないようだ。彼が仕事柄、無闇に目立たぬような佇まいを修得しているからであろう。
「……」
彼が視線を向けずに、けれども注視しているのはアトラス編集部の入っているビルの入口。そのドアが開かれて『ある人物たち』が出てくるのを――。
「瑠璃ちゃん歩くの早いよー」
「緋穂こそ、もう少しキビキビと歩きなさい」
ビル内から出てきたのはそっくりの顔をした少女二人連れ。双子の彼女たちは声もそっくりのはずなのに、歳相応の甘ったるい声と少し大人びた声に聞こえるから不思議だ。
「……」
黒尽くめの男――フェイトは素早く反応し、ふたりがビルから離れる前にその前に立ちふさがった。ふたりが目的の人物たちであるに違いなかったからだ。
「ひゃっ」
「あなたは……」
髪の長い少女――斎・緋穂の方は突然のことに驚いたのだろう、小さく声を上げたが、肩口で髪を切りそろえた方の少女――斎・瑠璃は瞳に驚きを宿さず、むしろ眉をしかめてみせた。
「あなたは『そこ』の人間ね?」
「ああ」
瑠璃は『IO2』の名を言葉にしない。どこで誰が聞いているかわからない往来でのことというのもあるのたろう。フェイトにしてみれば賢明な判断を下したように見えた。片手でサングラスに手をかけ、それを取り去る。
「フェイトだ」
サングラスの下から覗いた優しさを隠しきれぬ瞳に安心したのか、一人事情を飲み込めていない様子の緋穂が少しほっとしたような表情を見せる。
「ねえ瑠璃ちゃん、『そこ』って……」
「もう……」
妹の理解の様子に呆れたようにため息を付き、瑠璃は緋穂の耳元で囁いてみせた。緋穂の目が大きく見開かれる。けれども次の瞬間彼女が表したのは――。
「フェイトさんってすごいんだね!」
まるで一般人や幼子のような無邪気な反応。その笑顔に思わずフェイトもつられそうになる。それを自制して、彼は口を開いた。
「今回の件ではこちらも動いています」
IO2でも斎家の術者は要注意人物としてマークしている。当然、斎家側もIO2のことはよく思ってはいないだろうが……それでもあえて。
「今回の事件では利害が一致しているのはわかりますよね? ですから、協力体制を取りたいのです」
「……協力体制、ですって?」
「待って、瑠璃ちゃん」
更に眉を吊り上げて何事か(きっとあまり良くないことだろう)を言いかけた瑠璃を制したのは意外にも緋穂だった。彼女は柔らかい口調で姉へと告げる。
「私たちは協力者を探していたよね。それが『そこ』の人ってことは実力もお墨付きだし、悠長に構えていられる案件じゃないことは確かなんだから、ここは協力するべきだと思うよ」
「でも」
向かい合った彼女たちは、髪型こそ違うがまるで合わせ鏡のようで。フェイトは第一印象で瑠璃のほうがすべてを判断して緋穂を動かしているのかと思ったが、それは違うようである。きっと彼女たちは彼女たちの均衡で成り立っているんだろう。
「目的達成を一番とする瑠璃ちゃんなのに、しがらみにこだわって最良のチャンスを逃してもいいの?」
「っ、それは……」
「というわけで、よろしく、フェイトさん!」
「ああ」
苦虫を噛み潰したような顔の瑠璃の一歩前に出て緋穂が差し出した右手を、フェイトは優しく握り返した。
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麗香の手配によって壬生・龍司は都内の高級ホテルのスイートルームへと隔離されていた。当の本人にはストーカーから殺害予告が来たとでも伝えてあるのだろう。顔立ちは整っていて、その甘いマスクで女性ファンを増やしている彼は共演者食いやファンのつまみ食いという噂が時折囁かれていることを、フェイトも資料で知っていた。
「なあ、俺はいつまでここにいればいいわけ?」
ルームサービスの高級料理を食べながら不満そうにこぼす龍司には全く危機感がなく、むしろプライベートの予定を潰されたことが気に食わないようだ。
「今のところ暫くの間、としか言いようがありません」
「つかえねーな、早くストーカーとやらを捕まえろよ!」
壁際に立ったまま答えたフェイトは、資料として見た彼のインタビュー映像を思い出していた。絵に描いたような好青年として支持を得ている彼は『演技』だったということなのだろう。おそらく業界では視聴者の望む像を演じるのは珍しくないのではないか。
「つーか、そんなガキ二人が役立つわけ? もう少し色気があるなら楽しめるんだけど」
「……」
フェイトとはやや離れた壁際に立つ双子にかけられたその言葉。この男は双子がもう少し歳を重ねていたら、退屈しのぎの遊び相手にでもするつもりだったのだろうか?
そんなことを言われても瑠璃と緋穂は別段反応を見せずに警戒と結界形成を続けているが、その見えない部分が傷ついているのではないかと思うとフェイトは浮かび上がってくる怒りを拳に握りしめた。
その時――。
「来たよ!」
緋穂の鋭い声が飛んだ。一般人の龍司や知覚能力に乏しい瑠璃にはわからないかもしれないが、フェイトにはわかった。緋穂が部屋に張った結界の外に、非常に強い恨みの念が近づいてきている。
ガッ……音にして表せばそんな感じだろう。恨みの塊となった霊魂は結界に思い切りぶつかって動きを止めた。
――……うじ……りゅ、じ……いるんでしょ……ねぇ、また……私を追い返すの……?
伝わってくるのは女性の声。念を向けられた龍司には声だけは聞こえるのだろう、絵に描いたように取り乱した彼は、怯えながらキョロキョロと声の主を探している。
フェイトは結界越しに女性の霊を見つめた。そしてテレパスで交信を試みる。
――あんたをけしかけたのは誰だ?
――私、動けなかったのよ……ずっと。でもね、動かせるようにしてくれたの。
――あんたを動かせるようにしてくれたのは誰だ?
恐らく恨みの念を増幅させられ差し向けられたのだろう。霊の殆どは恨みで占められていて、まともな会話が成立しない。やり方を変えたほういいかもしれない、フェイトがそう思案した時。
――……ふふ、私だけじゃないのよ……。
ぶわっ……!
総毛立つ感覚に霊の向こうを見れば、向かってくるのは大量の女性の霊。中には生霊も混ざっているようだ。
「ちょっと待って、この人こんなに女の人から恨まれるようなことしてたの!?」
緋穂が驚きの声を上げるのも無理は無い。部屋に張られた結界を取り囲むように集まった無数の女性霊――中には水子を連れたものもいる――が思い思いに恨みつらみを龍司へと語りかけ始めた。
「うわぁぁぁぁぁぁっ!? やめてくれ、やめてくれぇぇぇぇぇぇぇぇ!」
心当たりがありすぎるからだろうか、怯え果てた彼はベッドに登り、布団の中に身を縮めた。そんなことをしても、逃れられるわけはないのに。
(でも、これだけいるならきっと)
フェイトは意識を集中させ、女性霊達の間に意識を飛ばして回る。会話が成立しなくても、彼女たちの中には彼女たちを使役した人物の残滓が必ず残されているはずだ。
(見えた!)
フェイトが知覚したのは和服の男女数人の姿。数人がかりで龍司に恨みを持つ霊や生霊を操っているようだ。ということは術者たちを操っている黒幕がいるはず。そこまで辿れるだろうか。
「――!?」
その先へと意識を進めようとしてフェイトが見たものは――、一面の紫色。
「紫……?」
「紫、ですって? 一体何を見たの?」
呟きに近いフェイトの言葉に反応したのは瑠璃だった。彼女に問われ、フェイトは見えた光景を話して聞かせた。これ以上辿っても紫色のヴィジョンを超えることができなそうだと判断したからだ。
「何か心当たりでもあるのですか?」
「……確実ではないけれど。私達に敵対している術者たちにいてもおかしくないわ」
瑠璃の言葉のすべての意味はわからない。けれども彼女が何かを知っているのは確かなようだ。
「――……。とにかく彼女たちをななんとかしましょう。緋穂さん、結界はまだ持ちますか?」
「うん。それはぜんぜん大丈夫だけれど……この状態じゃ払うしかないよね……」
少し悲しそうな緋穂。霊となった彼女たちはむしろ被害者なのだろう。フェイトとてできれば龍司を襲わぬように諭すことで場を収めたいと考えていたが、術者の干渉で恨みを増幅させられて暴走状態の彼女たちを諭すことはできなそうだ。
「ふたりとも、いけますか?」
「愚問よ」
符を取り出して臨戦態勢の瑠璃を見て頷き、フェイトも対霊用の弾丸を込めた拳銃を構えた。
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緋穂がわざと一箇所だけ緩めた結界から、我先にと霊たちが入り込んでくる。フェイトと瑠璃は龍司が隠れているベッドの前に立ち、引き金を引き、または浄霊用の符を投げる。霊からの攻撃に対しては緋穂がふたりに張った防護の結界が全て防いでくれていた。相手の数が多いだけに、攻撃に専念できることはありがたい。フェイトは素早く、しかし確実に弾丸で霊達を射抜いてく。
「意外とやるのね」
「これでも一応、エージェントなので」
瑠璃と軽口を交わし合う余裕もあった。生霊の鎮静と還魂は瑠璃に任せ、フェイトは暴走霊を撃ち抜き続ける。
(いったいあいつはどれだけの女の人を!)
その数の多さ、恨みの念の多さには驚きを通り越して怒りが湧いてくる。死しても静かに眠れないほど酷いことをした龍司を許せそうにない。
しばらくして、場に完全な沈黙が降りた。それが『終わった』証。
「あ……終わったのか?」
沈黙を破ったのは、もぞもぞととベッドから出てきた龍司だった。瑠璃と緋穂が何かを言う前に、フェイトは動く。
ドンッ!
龍司の襟首を掴んで壁にその身体を押しつけ、まっすぐにその瞳を睨みつける。フェイトの瞳に宿るのは、静かな怒りの炎。
「あんたは殺されても文句言えないことをしてきたんだ。それだけの人を傷付けてきた。二度とこんな目にあいたくなければ……生き方を改めるんだな」
掴んでいた手を離せば、龍司は咳き込みながら床に崩れ落ちた。彼に背を向け、フェイトは告げる。
「次も守ってもらえるなんて都合のいい考えは捨てておくんだな」
行こう――瑠璃と緋穂に声をかけて、フェイトはホテルの部屋を後にした。
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スイートルーム専用のエレベーターが一階へと向かう。沈黙の中、エレベーターの駆動音だけが響いていた。
「わかっていると思うが、これからもあまり目立ったことをしてくれるな」
「そんなこと、あなたに言われる筋合いは――」
「――IO2エージェントとして、君らと対峙したくないんだ」
文句を紡ごうとした瑠璃の言葉を遮り、フェイトは1階へ到着したエレベーターから踏み出した。
「また一緒にお仕事したいな」
緋穂の無邪気な声が、黒いスーツの背中にかけられた。彼女が自分の背中に手を降っている姿が容易に想像できて、フェイトは前を向いたまま少し困ったように笑みを浮かべた。
■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
【8636/フェイト・−様/男性/22歳/IO2エージェント】
■ ライター通信 ■
この度はご依頼ありがとうございました。
初めて書かせていただくということで、大変緊張いたしましたが、少しでもご希望に沿うものになっていたらと願うばかりです。
詳細おまかせということでこのような形にさせていただきましたが、いかがでしたでしょうか。
この度は書かせていただき、ありがとうございました。
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