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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


その腕を見込んで…の筈だったのだけれど。

 今日は、頼まれた事がある。

 ほとほと困り果てた様子を見せた、知り合いの魔女からの依頼。曰く、魔法研究施設で大量の「玩具の魔物」が暴れているのでその退治を手伝って欲しいのだとか何とか。何がどうしてそうなったのか詳細については言葉を濁しはぐらかしていたが、そもそも魔女当人だけで手が回らないからこそこのシリューナに――別世界より異空間転移してこの東京に訪れた紫の翼を持つ竜族にして、慎ましく魔法薬屋を営んでいるシリューナ・リュクテイアにまで話が回って来る羽目になった事だけは確かな訳で。
 即ち、失敗か何かの後始末…を恥を忍んで頼みたいと言う事なのだろうと察しは付いた。…そもそも依頼主の魔女は、このシリューナの同好の士でもある。シリューナにしてみれば、考えそうな事は、まぁわかる。
 そして片付けるべき対象がそもそも「大量」なので、信頼出来る手数はあればある程いいと言う事にもなり――シリューナにとっては魔法の弟子であり妹のようなものでもある同族のファルス・ティレイラにも声をかける事になった。…ちょっとした魔物を蹴散らすような事なら、彼女の火力は充分に頼れる。まだまだ未熟なところもあるけれど、決して弱い訳では無い――むしろ強い方だと思う。…決して師匠の(姉の)欲目ではなく。

 とまぁそんな訳で、シリューナとティレイラの二人は、依頼主の魔女に連れられて、現場である魔法研究施設へと向かってみる事になる。



 三人が到着した当の魔法研究施設は、かなり広い大きな施設でもあった。よって、当然の成り行きとしてシリューナとティレイラと依頼主の三手に分かれて行動する事になる。暴れている魔物を片付けるに当たり、手分けした方が効率がいい――勿論、どんな場合であっても不測の事態は有り得るから適宜気を付ける必要はあるのだが、取り敢えず、気を抜きさえしなければ一人で手に負えないような強力な魔物はまず居なかろう、との依頼主の話。今回の問題はあくまで「数」なのだとか。
 なら、とばかりにティレイラはぐっと握り拳。ご期待に沿えるよう頑張りますね! と二人に残し、自分が担当する事になった方面へと、張り切って魔物を懲らしめに向かう。気を付けるのよと別れ際にお姉さまに――シリューナに言われた通り、自分自身にその言葉を確りと言い聞かせつつ。

 そして二人と別れて一人になったティレイラは、戦闘態勢っ、とばかりに角と翼と尻尾を生やした半人半竜の姿に変化の後、揚々と「玩具の魔物」を蹴散らし始めた。初めの内は得意分野である火の魔法をセーブしながら使っていたが(屋内なので火を使うには色々と気を遣う必要がある)、途中でその方針は変更する事にする。…火の魔法だと、ここで暴れている魔物をやっつける分には何の問題も無さそうで、失敗する可能性もまず無さそうではあるが――同時に、周囲へと副次的な被害を与えてしまう可能性がある。それも屋内だと特に、かなり繊細に気を遣わないとそうなる可能性はかなり高い。
 だから、「そちら」の心配が無く、何とか自分でも扱い切れそうな魔法を選んで、それで問題の魔物をやっつける方向へとティレイラは少しずつ「やり方」をシフトさせている。ある意味で修行にもなるしとの思惑も頭の隅に少しある。…今回、そんな事が求められているのではない事はわかっているけれど、今の場合で「火の魔法」と「他の魔法」の「失敗の可能性」を天秤にかけると――何となく、火の魔法を避けた方が無難なような、それで片付けられる程度の魔物しかここには居ないような気がしてならないから。

 だからティレイラは、そうしている。



 魔法の矢を中空から作り出し、弓を番えるようにして構えつつ――気合いと共に広範囲に一時に撃ち放つ。その場に居た魔物が一気に射抜かれて一掃される。断末魔を上げて倒れるモノや消えるモノ、それらを見届けて――取りこぼしはないよねと確認し、ふぅ、と息を吐きつつティレイラは施設内を先へと進む。確かに特別強力な魔物は居ないようだが、何と言っても事前情報通りに数が多い。…「玩具の魔物」と言うだけあってか形自体はだいたい似たり寄ったりで、大きさは…色々。サイズだけが個体毎に随分違い、小さい方は鼠くらいから大きい方は大型犬くらいまで、のものを今のところ見かけている。そしてどれも、然程の苦労無く一掃出来ている。
 このくらいで済むなら楽勝で行けそう――今度こそお姉さまの期待に応えられる! そう思い、ティレイラは上機嫌で今進んでいる通路の先を、「次」を探す――と。

 …何故か、いきなり暗くなった気がした。
「?」と思う。
 頭上から大きな影が差したのだと気付いたのは、一拍遅れてから。
 はっとして、頭上を見上げる。

 と。

 さっきから見覚えのある「形」の――けれど大きさの方は全然見覚えのない大きさな魔物が居た。同じ種類の魔物だと一目でわかる形。が、大きさの方はこれまでの比では無い大きさ。そもそもティレイラより縦幅も横幅も厚みもある。施設内のそれなりに広い通路をまるまる塞いでしまう程の大きさ――気が付けばティレイラはそんな体躯が作る影の中に居た。大き過ぎて存在に気が付かず見逃してしまっていたのだと今になって気が付いた。驚いて瞬間的に反応出来ず、暫し黙ってその姿を見上げていてしまう――見ているその前で、大きな魔物は何やらでろっとした樹脂のようなモノを吐き出した。

 ティレイラに、かかるよう。

「――ッ!!!」

 殆ど本能的な反射の領域で、嫌な予感がした。考えるより先に足の方が動いている――強く床を蹴ると同時に翼を羽ばたかせ、その大きな魔物から――そしてその魔物が吐いた樹脂のようなモノから一気に逃げる。逃げながら態勢を立て直し、更に加速――したところで、どたらばたらと重い何かの音が近付いて来た。今の魔物が追って来る足音――察した時点でティレイラは軽いパニックに陥る。
 逃げる中、己の飛んでいる通路の壁すぐ近くに樹脂らしきそれが、ばたたっ、と撃ち出されてべっとり貼り付くのを何度か目の端で見た。…気を抜けばもう捉えられていておかしくない距離。自覚した時点でティレイラは更に慌てる。何とか逃げ切らなければ――その一念でひたすら通路を飛び続けるが。

 不意に、翼が思ったように動かなくなっている事に気が付いた。飛翔するに当たりバランスを取っている尻尾も同じ。気付くと同時に、がくんと落ちるように着地してしまう。それから再び飛ぼうとしても何故か同じ事になり、ひとまずは仕方無く、そのまま足で走って逃げ続ける――走りながらも振り返り、実際に目で見て己の翼と尻尾がどうしたのかを確かめる――と。

 不自然な形に尻尾や翼が固定されているのが見て取れた。
 え? と思う。

「何これ!?」

 ぎょっとした。
 …確かにこれでは翼を羽ばたかせる事も尻尾でバランスも取れなくて当然。が、何故こんな事になっているのか――今置かれている状況からして想像が付く気はしたが、同時にその可能性はどうしても考えたくなくて頭が真っ白になり、足も止まってしまう。やだやだやだやだ、とだけ自分の中で思いが廻る。
 そこに、ばたたっ、とまた粘度の高い濡れたような音がした。同時に、ねっとりとした感触の「何か」を頭から被ってしまった――とも、気付く。

 …例えばさっきの魔物が吐いた、あの樹脂みたいな。

 そう頭に浮かんだ時点で、ティレイラの顔から、さーっと血の気が引く。え、これどうなるの? と思わず自問する。先程確かめた翼と尻尾の現状を思い出す。己の手を見る。…そこも今の樹脂らしきアレが覆ってしまっているようだった――そして何だか、動かし難い気がした。…何だか、粘度が増しているような。
 感触からして、頭や手だけではなく全身を今の樹脂――多分魔力付き――が覆ってしまっている事はもうわかっている。そして同時に、身体がどんどん動かせなくなっていく事も。

「え…ふぇっ、えええ、私、また失敗しちゃったって事ぉ〜!?」

 今度ばかりはお姉さまの期待に応えられると思ったのに。って言うか今のあの大きい魔物何あれ。あんなの聞いてないよぉ〜って…良く考えると私、逃げただけであれに一回も攻撃仕掛けてないよね? 確か今回、それ程強力な魔物は居ないって話だったよね? …て事は、図体は大きくてもあれもちゃんと倒そうとしてれば何とかなったって事なんじゃ? そうなるとやっぱり私の油断? うわぁああぁん、ごめんなさいお姉さまぁ!!!

 嘆いている間にも樹脂らしきソレの粘度は増していき、動かし難いどころかぴくりとも動かせなくなっていく。当然、立っているバランスが崩れてもそこから体勢を整えるなど出来ない訳で――ティレイラは結局、そのままその場に倒れて転がった。
 …硬い筈の床面に転がったその時の音は、まるで人らしくはなく。

 硬質の、ティレイラの姿を模った、等身大の人形のようで。



 暫し後。
 担当していた方面で相当数の「玩具の魔物」を倒していたシリューナは、何故か見覚えのある可愛らしい姿が通路の先で倒れている事に気が付いて驚いた。…ティレイラ。慌てて駆け寄り様子を確かめる――倒れているだけではなく、完全に固まってしまっている。
 そう見た時点で、シリューナはまず元に戻せるかを確認。今ティレイラをこの形に留めているのは――魔力の籠った何らかの樹脂のようなもの。時間をかけて魔力で中和すればこの樹脂は溶かせる――そうわかった時点で、シリューナは、ほっ、と一息。このままティレイラを失うなんて羽目になっては大問題だが、元に戻せる目処が付くのならば今の状況はむしろ好ましいとも言える訳で。

 そう、今の、この造形も間抜けな感じで可愛らしい。
 …翼や尻尾は何やら変な形で固まっている。ティレイラは自分の手を見て何か確かめようとし――うわあああん、と今にも泣き声が聞こえて来そうな姿のままで、固まっている。
 シリューナは、そんなティレイラの頬にそっと触れる事をする。今日のティレイラもまた素敵。この樹脂で固まった場合の質感はどうなのかしら。…未知の素材を使ってのティレイラの造形に、興味はどんどんと湧き、心は高揚感に満たされる。

 …それで、油断してしまっていたのかもしれない。

 不意に、どろっとした「何か」が降って来た。はっとして、シリューナは咄嗟に己に防護の魔力を用いて身体を守ろうとする――同時に、どろっとした「何か」を自分へと浴びせかけようとした当の魔物の存在を認めると、殆ど反射的に魔法を練り上げてその体躯に撃ち込んでいた。…恐らくはティレイラを「こう」したのは通路の直径程の大きさがある今のこの魔物。そして今自分への接近を――樹脂での攻撃(?)すら許してしまった不覚。その両方と、元々の依頼からして躊躇う理由は全く無く、むしろ仕返しや憤りの意味すら籠めて――渾身の威力を籠めた魔法を以って、シリューナはその魔物を一撃で粉砕する。

 が。

 文字通りに粉砕されたその玩具の魔物は――粉砕された代わりに、元々体内に大量に保持していたと思しき件の樹脂を派手に周辺へと飛び散らしてしまう。
 それも、粉砕した当のシリューナの、すぐ間近で。

 当然の成り行きとして、シリューナの全身にもその樹脂がかかってしまう。その時点でまた不覚を取ってしまったとシリューナは軽く後悔するが、遅い。先程の防護の魔力で、樹脂の硬化は中和出来る。出来るが――中和よりも樹脂が硬化する方がどうしても速いと今の時点では悟らざるを得なかった。防護の魔力を強化するも、それでも完全に中和して樹脂を溶かすには時間がかかる。…即ち、どう足掻いても一度は固まってしまう。
 そう現実を認識した時点で、シリューナは取り乱す。…闇雲に指先をティレイラに伸ばそうとする――それだけの事すら出来ない程にもう身体が固まって来ている。思い知らされる度に心が千々に乱れる。嫌。嫌。私はこのティレイラを愛でたいの。目の前にこんなに可愛らしいティレの姿があるのに、触れられもしないなんて。そんな事許せない! こんなにすぐ側に居るのにお預けなんて――ああっ! なんて事なの――ッ、





 …。





 …ううん、取り乱している場合じゃないわ。…竜族として不格好な姿を晒すなんて矜持に悖る。…何より癪だし――その一念で、シリューナは名残惜しいながらもティレイラに伸ばそうともがいていた手を何とかスマートに見える形にまで整える。どうせ固まってしまうならば、美しい形で。…どうせ魔力での中和が済むよりも、依頼主の彼女に見付かってしまう方が先になってしまうでしょうから。

 こうなってしまった事自体が不覚も不覚。
 でもせめて、依頼主の彼女に――この「取ってしまった不覚」以上の不格好な姿など晒す訳には行かない。

 だから。



 更に暫し後。

 シリューナ同様、担当していた方面の「玩具の魔物」を殲滅し終えた依頼主の魔女は――取り敢えずティレイラの担当していた側から回るようにして、取りこぼしが無いかを確かめつつシリューナの担当していた方面にまで来てみていた。
 が、その間、誰にも遭遇しなかった。玩具の魔物には勿論、ティレイラの姿もシリューナの姿も何故か無い。
 どうしたのかしら? と思いつつも暫し移動を続け――やがて。

「…あら、まあ」

 通路の先に、対照的なポーズを取っている二体の「等身大フィギュア」がある事に気が付いた。
 ティレイラと、シリューナ。
 前者は慌てふためき困って泣いているような――そもそも転がってしまってもいる何処か間抜けな姿で、後者は――何処か妖艶さすら醸している美しい立ち姿。
 …これは恐らく、大きい方の「玩具の魔物」の持つ樹脂を、アクシデントで大量に被ってしまった結果なのだろうと依頼主の魔女には予想が付いている。まぁ、彼女らの実力からして「こうなる」事にはあまり期待はしていなかったが、ひょっとすると見られるかもしれない、とは思っていた艶姿。
 なのに、ティレイラの方だけならともかく、シリューナのこんな姿まで見られるなんて。

「…なかなかいい姿じゃない」

 今日の依頼は貴女たちのその腕を見込んで…の筈だったのだけれど。
 こうなってしまっても、悪くない。
 今まで施設内を見て回った限りでは、肝心の魔物退治の方は殆ど終了してる事だし。…ここまでやって貰えていれば、こちらの困り事は解消されたも同然。

 …それより。

 依頼主の彼女は、思わず相好を崩す。
 …どうせシリューナの事だから、早い段階で元に戻れるよう疾うに手は打っているだろうけど。でも、それまでこの「等身大フィギュア」を愛でさせて貰うのも、役得よね? とも思う。

 折角、美しい姿に整えてるんだから。
 きっと貴女が自分をこの形に整えるまでには、凄く悔しがってたんだろうけど。

 まぁ、今回は私のターン、って事で、我慢しなさいね、シリューナ?

【了】