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<東京怪談ノベル(シングル)>


禁断の研究 1

 男が目を覚まして最初に見たのは、見慣れない天井だった。
 ここはかなり高さのある部屋らしい。白い天井がとても遠い。
 少し首を動かすと円形のライトとそれを支える支柱が見えた。たくさんのライトは今は消灯している。まるで手術室のようだ、と男は思う。
 はて。自分は何かの手術を受けただろうか。記憶がはっきりしないのは麻酔のせいだろうか。
 体を動かそうとして、ぎくりとした。男は寝台の上に横になっているのだが、両手両足が手枷と足枷で寝台に固定されている。慌てて頭を動かして部屋の中を見た。全体的に白い部屋。やはり手術室のように見える。ふと壁の高い位置がガラス張りになっているのに気付いた。ガラスの向こう側は部屋のようで、こちらを見下ろせるようになっている。
「誰か」
 男は声を出した。多少ぎこちないが普通に声が出る事に安心した。
「誰か!!誰かいませんか!!」
 男は叫んだ。なんとか拘束具を外せないものかと、懸命に身をよじる。
 天井近くのガラスの向こうに人の姿が見えた。白衣を着た男と、スーツを着た男だった。2人はこちらを見下ろして、何か話しているようだ。
「すみません!」
 男は叫ぶ。
「これを外して下さい!!」

 どくん。

 心臓が大きく脈打った。
「なんだ……」

 どくん。どくん。

 男の意志とは関係なく、手足がガタガタと震えだした。
「なん……」
 男の手の甲や首筋の血管がビキビキと浮かび上がる。男の目は瞳孔が開き、身体が痙攣を始めた。
 そうだ。
 男ははっと思い出した。
 残業を終えて疲れた足取りで人気の無いビル街を歩いていた時、突然背後から口をふさがれ、意識が遠のいて……。

「う……ぐあああアアアっ!!」
 それ以上考えることは出来なかった。肉体が異常な変化をしていく苦しみに、訳も分からないまま、男は叫ぶことしか出来なかった。徐々に意識が遠ざかっていく。


「洗脳も終えているのですよね?」
 手術室を見下ろしたまま、スーツ姿の男が尋ねる。
「はい。一時的に元の記憶と人格が残っている場合がありますが、じきに消えます。強靭な肉体と素晴らしい使命を与えられるのですから、対象に選ばれた彼はとても幸福でしょう。今までよりも有意義な人生を送ることが出来るのですから」
 白衣を着た研究者が言った。
「そうですね」
 スーツの男が笑顔で頷いた。
 二人とも微笑んで、手術室を見下ろしている。


「悪魔の遺伝子を無理やり人間に移植して、強化兵士を作り上げる……」
 資料に目を通していた白鳥・瑞科はそう声に出してから、キュッと唇を結んだ。彼女の美しい顔は憂いを帯びている。
 さらった人間に悪魔の遺伝子を無理やり移植し、人間離れした力を持つ兵士を作ろうとする非人道的な行いに嫌悪感を抱く。同時に、何としてもこの研究を阻止しなければという使命感でいささか気持ちが高揚した。
「現在もこの非道な実験は繰り返されている。このような行いを許すわけにはいかない。君に、この軍事企業研究所の殲滅任務に就いてもらう」
「お任せ下さい」
 瑞科は自信たっぷりに微笑む。
「準備ができ次第、すみやかに出撃致します」
 司令は頷き、よろしく頼む、と言った。瑞科は優雅な仕草で一礼すると、司令室を後にした。


 瑞科は夜の闇に沈んだ森の中を歩いている。
 彼女専用のシスター服に身を包んでおり、その手には戦闘用ロッドが握られている。ミニのプリーツスカートから伸びた白く弾力のある太ももには、黒のニーハイソックスの縁が食い込んでいる。瑞科は白の膝までの編上げブーツを履いた足で、どんどん森の奥へと進んでいく。
 時折、夜行性の鳥の鳴き声が聞こえる。少し不気味で、どこか寂しげだ。瑞科は暗闇に怯えること無く、足音と気配に気を付けながらも颯爽と森の奥を目指す。茶色のロングヘアーと短いマントが微かな風になびいている。
 やがて開けた場所に出た。人工的な建造物が目の前に現れる。
 瑞科は胸に手を当てた。豊満なバストが戦闘服の布地を押し上げている。
「さあ、行きますわよ、瑞科」
 ひとつ深呼吸をした後で、自分に言い聞かせるようにそう言うと、きっと前を向いた。瑞科は駆け出し、一気に建物に近付いた。入り口に見張りがいるが、そのようなことは想定内だ。
「……!?」
 見張りの男が瑞科の気配に気付いた時には、既に瑞科は彼の背後に回っていた。一撃を喰らわせる。男は声を出すこともなく地面に倒れこんだ。
 瑞科はロングヘアーを手で払うと、涼しい顔で研究所の内部へと進んで行った。