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<東京怪談ノベル(シングル)>


―漆黒の疾風遣い・1―

 また現れたか……と、水嶋琴美は深い溜め息を吐く。
 物流の世界にも表と裏があり、表社会では額に汗して働く力自慢の水夫や運転士などが活躍している。まさに経済界の大動脈と称して差し支えない程である。
 これに対し、裏の物流で扱われる物と言えば、大抵が薬物や捕獲禁止のレッドマークアニマル、果ては兵器と云った『ご禁制』の品ばかり。そしてその取引は当然、人目に付いてはいけないので夜半にひっそりと行われる事が殆どだ。中には白昼に堂々と表の業者に混じって取引を完了させる強者も居るが、これは例外と見て良いだろう。
「その密輸団が、何故に国立の科学研究施設を襲うのでしょうか?」
「ターゲットとなった研究施設で、遺伝子工学の新技術開発に成功したという情報が入っている。この研究成果を奪うのが連中の目的のようだな」
 成る程、研究成果の資料だけを奪っても、彼らにはどうする事も出来ない。同時に研究員も攫わなければ、それらを具現化する事は不可能。だから成果物や人員を一挙に持ち去る為、大規模な輸送ルートの確保が必要になったのだ。
「情報は、何処から漏れたのでしょう?」
「研究施設に出入りしている製薬会社の社員に、スパイが混じっていたそうだ」
「そうか! 製薬会社の動きに注目していれば、凡そどのような研究をしているかは見当が付く。そして発注がパターン化してきた頃合いを見て内情を探れば……」
 うむ、と司令官が苦い顔で頷く。そして研究施設への襲撃は今夜半、日付変更と同時に行われる予定であるという。
 尚、正攻法での防衛も検討されたが、そうなれば実弾が飛び交う大規模な抗争が展開されてしまう上、練度も相手の方が遥かに上であるという公算が出ていた。故に、琴美の所に話が回って来たのである。
「情報を持ち帰ったスパイは……?」
「無駄だ、既に消されている」
 やはり……と、琴美は唇を噛み締める。情報を持ったまま寝返る可能性のある危険分子は処分される。裏社会の定石だ。
 研究施設は、その事業内容の隠蔽と、事故等での設備損壊による薬物の飛散防止を考慮して、オフィスや人家から離れた山中に位置している。依って通常装備による防衛ラインの展開も容易だが、逆に奇襲を受けやすいというリスクも背負っている。
「この裏組織の動きを、施設の方々は?」
「掴んではおるまい。依って、防備も何も施していない、裸同然の状態で襲われるのを待っておるよ」
 そんな暢気な……と云う気持ちが込み上げて来るが、今からこの情報をリークしても防護や避難が間に合う筈が無い。襲撃される前に相手を叩く、これしか無いのだ。
「了解致しました、施設が襲撃される前に敵対組織を叩いて御覧に入れます」
 頼んだぞ、と一言。これで指令の伝達は完了した。

***

 時計の針は17時25分を指している。琴美が武装をして現地に向かうまでには充分な時間が残されている。
(遺伝子工学の先端技術、と云う事ですが……どのような成果を上げられたのでしょう? 尤も、正規の国立施設が樹立した成果ならば、怪しい物ではないのでしょうが……気にはなりますね)
 そのような事を考えながら、それまで着用していたビジネススーツを脱ぎ、金属を一切取り除くために金具の付いている衣類は全て外す。下着の類も例外ではない。ブラのホックやガーターベルトの留め具すらも、鋭敏なレーダーは捕らえてしまうのだ。そしてシンプルなショーツ一枚のみを残し、艶めかしいボディが露になると、今度はそれを保護するための特殊ラバー製スーツを身に纏う。伸縮性に優れ、対斬撃にも耐えうるよう特殊な繊維で作られた下地をラバーでコートした特別製で、これを上半身に纏う事により豊満なバストが強調される。
 続いて同じくラバー製のタイツを着用すると、ウェストからヒップにかけてのラインが妖艶なシルエットを作り出す。更にその上からプリーツスカートを纏うが、これは太腿に装備したベルトによって固定されたセラミック製ナイフを隠蔽する為の措置である。そして足先をガードする為、編み上げのブーツを着用する。無論これも金属は一切使用されず、且つ軽量で頑強な強化セラミック製の爪先と踵を装備し、靴底はスリップ防止のゴムでコーティングが為された特別製であった。
(闇に紛れて、悪を討つ……古風ですが、定番でもありますね)
 自嘲するような笑みを浮かべると、その長い髪をバックで纏めて、研究施設のある山中へと向かった。無論、公共の交通網は使えない為、自衛隊の公用車を用いての移動となったが、却ってこれが格好のカムフラージュとなるのだ。何しろ、防弾装備が強化されている以外は至って普通のセダンタイプの乗用車。何処にでもある、シンプルな車種をベースに改造を施した特殊車両なのだ。これならば堂々と道を走っていても怪しまれる事は無い。
 研究施設がナビゲーションシステムのウィンドウ内に入る頃、車は道を逸れて民家の付近で停止した。
「相手の規模が分かりません、増援を待った方が良いのでは?」
「それには及びません。不確定要素の多い相手だからこそ、単独での迎撃が適しているのです。それに、地の利を味方に付ければ、施設には指一本触れさせずに撃退する事も可能ですわ。どんなに相手が大勢であっても……ね」
 運転手役となった一等陸曹は、その自信は一体どこから湧いてくるのだろう? と不思議そうに琴美を見ていた。然もありなん、彼女の武装はスカートの下に隠蔽したナイフ一本のみ。対して、相手は重火器や戦車すら運用してくる可能性もあるのだ。あまりに差のありすぎる装備に、不安を隠し切れなかったのだろう。が、琴美はにこやかに笑いながらこう言った。
「このような山中に、戦車は持ち込めません。目立つ事この上ないですし、発見された際にどう申し開きをするというのです? そして、同じ理由で重火器を持ち込まれる可能性も低い筈。炸薬の放つ音は、想像以上に響くものですからね」
 そう、この戦いは肉弾戦になると彼女は予見していた。研究成果と人員の両方を無傷で確保するには、火器の使用は御法度。誤射した弾丸が跡を残せば、そこから足が付いて組織ごとお縄に……という事も考えられるからだ。
「相手の方々も、おバカさんでは無いでしょう。自ら証拠を残すような愚は犯さないと思いますわ」
 その説明を聞き、成る程……と頷く隊員。そして時刻は、23時40分となった。司令部で得た情報によれば、間もなく賊が大挙して姿を現す筈。琴美はこれを、施設に近づける事なく撃退せねばならない。
「!! あれは?」
 施設に通じる道を疾走する、大型トラックが数台。資材の納品にしては時間帯が不自然である上、台数が多すぎる。
「お見えになったようですわ。帰りもまた、宜しくお願い致しますわね」
「朝食を用意して、待ってますよ」
「いいえ? そんなには掛からないと思いますよ。お夜食にラーメンでも頂きましょう、温かいものが食べたいですから」
 その言葉を聞き、隊員は『あの恰好でラーメン屋に?』と、その様を想像して一人赤面していた。尤も、琴美はラバースーツの上に着用する為のカーディガンを持参していたのだが、それをわざわざ知らせる必要はない。
 そして彼女は細い悪路を懸命に走るトラックの車列を追い抜き、やがて擱座した車両から湧いて出る男たちの眼前へと姿を現すのだった。

<了>