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<東京怪談ノベル(シングル)>


―漆黒の疾風遣い・2―

「こんな夜更けに、お散歩ですか? お嬢さん」
「其方こそ、大勢連れだって何事です?」
 互いに、にこやかな表情で挨拶を交わす。が、目は笑ってはいない。いつ仕掛けるか、相手がどう動くか……そこに全神経を集中させ、動向を探り合う。
(道を外れて、木々に紛れた者が3名……いや、4名。死角を取ったつもりなのでしょうが、そうは行きませんわ)
 野生の肉食獣並みの観察眼。このレーダーをも凌ぐ勘の鋭さにより、24名で構成された研究所襲撃部隊は、一名残らずその動きを補足されていた。
「多勢に無勢、と申しますが……この意味は御存じで?」
「お生憎様、私を虜にするのには、何名いらっしゃろうと関係ないのですよ」
 刹那、琴美の背後に回っていた男3名が、次々と倒れて行った。一体、どのような攻撃を行ったのか全く分からない程の早業であった。実際、琴美は先頭の男と会話を続けながら、一歩もそこを動いていないのだから。
「成る程、云うだけの事はある……と?」
「申し上げた筈です、何名で取り囲もうと、私を捕らえる事は出来ない……そう、何処から向かって来ようとも、です」
 続いて、頭上からまた3名の男が、意識を失った状態で落ちて来る。これで、都合6名が瞬殺された事になる。そうなると、男たちも余裕が無くなって来ると云うものだ。次第に焦燥に駆られていくのが手に取るように分かる。
「あら、お話の途中で抜け出すのは……お行儀が悪いですわよ?」
 後方から4名、施設に向かい先行侵入しようと離脱した一団があった。が、それも琴美が軽く手を振るだけで、バタバタと倒れていった。
「……どのような仕掛けを……?」
「悪辣な殿方に、手の内を見せる婦女子は……まず居りませんわ」
 更に前衛の2名、そして隊列を離れて木々の切れ間から琴美を狙っていた4名が、これまた音も無く倒れていく。これで16名。彼女はその場を一歩も動く事なく、それだけの人数を倒してしまったのだ。
「これは? まるで鋭利な刃で斬られたような……しかし、そのような素振りも仕掛けも、見当たらないとは!?」
「ヒントだけを差し上げましょうか……私は風遣いです。空気の流れを、自在に操る事が出来ますの」
「空気の……? そうか、カマイタチか!!」
 そう、琴美は真空の渦を指先の動き一つで作る事が出来、それを自在に操る能力を有していたのだ。無論、彼女の『風遣い』たる能力は、それだけに留まらなかったのだが。
「だから申し上げたでしょう? 何名で取り囲もうと、私を捕える事は出来ない……不躾ですわね、お話の途中だと云うのに」
 初めて、琴美が跳躍して相手の攻撃を躱した。サイレンサーを装備したマシンガンの一連射が、彼女の足許を掠めたのである。
「まさか、門前で切り札を出す事になろうとは思わなかったがな」
「火器に頼るとは、愚かな……残留した弾丸から、それを射出した銃を割り出す事は容易に出来ますよ」
「それは、弾丸が発見できたらの話だ!!」
 刹那、琴美の周囲から銃弾が乱射された。火器を備える者は5名、何れも同士討ちを避ける為に射線上に味方の居ない位置を確保しての射撃だった。が……
「ば、馬鹿が!」
 流れ弾となった数発の弾丸が、トラックのラジエーターを撃ち抜いていた。ラジエーターの奥には、当然ながらエンジンがある。そして、エンジンを撃ち抜かれたトラックは爆発こそしないものの、もはや役には立たない。そして証拠隠滅も、この時点で難しいものとなった。それはそうだ、只でさえ身動きが取れず擱座していた車体が動力を失ったのだ。これを排除する為には更に大きな力を持つ牽引車が必要になるからだ。しかし、そのような物が侵入できるような道幅は確保できない。此処は山中の一本道なのだ。
「動物並みの身のこなし、指一本でカマイタチを操る奇術……何者だ、女!」
「正義の味方……ですわ」
「ほざけ!! ……貴様たちは、倒れている間抜けどもを回収しろ!」
 先程から会話を展開していた男が、刃渡り60センチはあろうかと云う長刀の鞘を払い、正眼に構えた。此処で更に火器を用い、被害を拡大させる事の愚かさに気付いたのだろう。
 こうなると、琴美も刃物で立ち向かうのが筋と云うもの。彼女はナイフを取り出し、その刃を光らせた。
(如何に長刀身の刃であっても、その切れ味が鋭くとも、扱う者が彼では……残念でしたわね。このナイフも、恰好だけですね。全く必要性を感じません)
 欠伸が出ますわ、と言いたくなるのを堪えながら、琴美が真剣勝負の振りをしてナイフ一本で立ち向かう。が、相手の太刀筋は完全に見切られている為、全く相手にならない。まるで大人と子供の試合である。
(頃合いですわね。そろそろ先程の銃声を聞いた近隣の方々が、警察に通報をしている筈。長居は無用ですわ)
 実際、琴美にはこんな所で油を売っているつもりは元より無い。彼女の任務は、彼らが研究所へ侵入する事を防ぐ事であり、彼らを殲滅するのが目的ではない。
(疾風よ……我が眼前の悪しき者に天罰を!!)
 琴美がそう念じると、突然に大きな空気の渦が現れ、まず先に倒された男たちの回収に当たっていた数名をその渦に飲み込んだ。そして更に、目の前で長刀を振るう男をも取り囲み、その身を天高く放り上げた。
 数刻の後、空気の渦を収めると、そこには意識を手放した男たちの山が出来上がっていた。
「命までは奪っておりませんわ。ただ、暫くは動く事も出来ないでしょう。間もなく、あなた方を捕えるために警察の方々が訪れるかと思います。観念して、大人しく言う事を聞いてくださいましね」
 そう言いながら、琴美は倒れている男たちの人数を数える。が、何故か一名足りない……何処へ行ったのだろう? あの突風を避けられる筈は無い筈……と、周囲を窺った。すると……
「!!」
「……流石、と言っておこうか」
「姑息ですわね、何処に隠れていらっしゃったのかしら?」
「真打は最後に登場する……お約束だろう」
 巨大な棍棒を振り下ろし、ニヤリと笑う巨漢がそこに居た。どうやら、トラックの荷台に乗ったまま、息を潜めていたらしい。男は力任せに、棍棒を振りかざして琴美に迫る。だが、命中すれば大ダメージを受ける事間違いなしの攻撃も、琴美にとってはスローモーションを見ているようなもの。最早、ナイフすら必要ないレベルであった。
「先刻の男性の方が、切れ味で優っておりましたわ」
「なっ……!!」
 ヒラリと、棍棒の上に降り立って見せる琴美。その顔には『非常に残念だ』と言いたげな表情が浮かんでいた。実際、彼女はひどく落胆したようだ。見掛け倒しも良い所だ、と。
 そしてその体制から優美なラインを誇る脚を繰り出し、男の顎を砕いていた。男が反撃する隙は、一瞬たりとも無かった。

***

「……あれから、30分も経ってないですよ?」
「だから申し上げたでしょう、時間は掛からないと」
 銃声が聞こえた時には肝を冷やしたが、直後に起こった風鳴りの勢いの方が凄まじく、その事を忘れる程だった……と、運転手を務める隊員は琴美に述べた。
「天祐、って奴ですか?」
「神風が吹いた、とだけ申し上げておきます。兎に角、此処を離れましょう。任務完了ですわ」
 それもそうですね、と思考を切り替えた隊員は、車を反転させると『お勧めのお店があるんですよ』と目を輝かせながら琴美に笑顔を向けていた。

<了>