コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談ノベル(シングル)>


刃は嘯かない
 カツン、とブーツが廊下を叩く音が周囲に響いた。タイトスカートから魅惑的な足を覗かせながら、スーツ姿の美女はじっと前を見据え歩みを進めている。
 彼女、白鳥・瑞科は所属している組織である「教会」が表向きにやっている商社での仕事を終え、ある場所へと向かう途中であった。
「聞いたわよ、瑞科」
 そんな風に声をかけてきたのは、瑞科もよく知っている女性だ。この「教会」のナンバー2。瑞科に次ぐ実力を持った、女性武装審問官である。
「例の邪教団を潰したんですって? それも一人で。相変わらず、貴女の実力は桁違いね」
「お褒めのお言葉、ありがとうございます。けれど、教団を率いていた女悪魔には逃げられてしまいましたわ」
 肩をすくめた瑞科に、相手は苦笑する。普段の瑞科ならあのような女悪魔をみすみす逃してしまったりなどしない事を、女もよく知っているのだ。今回悪魔を逃がしてしまった要因は人質の救出を優先したからであり、その判断は「教会」の者として、そして人間としても間違ってはいなかった。瑞科があの時焦って優先順位を誤らなかったからこそ、一つの命は確かに救われたのである。
「それに、諦めているわけじゃないでしょ?」
「無論ですわ」
 女の問いかけに、瑞科はその魅惑的な唇で弧を描く。堂々と胸を張り、浮かべられたのは余裕の笑み。彼女の澄んだ空のような青色の瞳は、確かな決意を宿しまっすぐと前――未来を見据えていた。
「必ず、次の機会にはあの女悪魔を倒してみせますわ」
 心強い瑞科の言葉に、女は笑みをこぼす。実力ももちろんだが、瑞科のこのような性格もやはり尊敬すべきだと女は思った。常に自信に満ち溢れた面持ちが、彼女をより強く、より美しく見せているのだ。
「シスター白鳥! こっちこっち!」
 不意に、甲高い少女のような声が瑞科の名前をなぞる。振り返れば、背の小さな女性がぴょんぴょんと飛び跳ねんばかりにこちらに手を振っていた。真っ白な白衣の袖が、彼女の動きに合わせて揺れる。武器開発を担当している女性博士だ。手招きをし歩き始めた博士の後を追うと、辿り着くのは彼女の城である武器開発室。
「くひひ、ついに出来たわよ!」
「何がでして?」
「ほらほら、これよ! これ! できたてほやほやの、ニューウェポンちゃん!」
 博士が台の上に置かれていたものを、瑞科へと手渡す。それは一本の新しい剣であった。鞘には美しい装飾が施され、色合いも瑞科好みなものだ。
「わたくしの武器でして?」
「そうよ、新作! 今回のはなかなかの自信作だわ! 作り始めたら夢中になっちゃって、寝るのも忘れて完成させたんだから!」
「あら。張り切ってくださるのはありがたいですけれど、あまりご無理はなさらないでくださいませ」
「いいのいいの! 好きでやってるんだから!」
 よく見れば、博士の目の下には僅かにクマが出来ている。一度凝りだすと他の何もかもに手がつかなくなってしまうのは、科学者のさがというものだろうか。
 瑞科は苦笑しながら、手渡された剣へと視線を落とす。少々テンションが高いところはあるが、武器開発においてこの博士の右に出る者を瑞科は知らない。そんな博士の自信作を手にし、自然と胸の奥が熱くなっていくのを彼女は感じた。博士はそんな瑞科の様子に気付き、にやりとした悪戯っぽい笑みを浮かべる。
「ちょっと試してく?」
 愚問であった。もともと、この後訓練場へと向かう予定だったのだ。
 迷いなく頷いた瑞科に、「だろうと思ったわ!」と博士は楽しげにからからと笑った。

 ◆

 目にも留まらぬ速さで、剣は振るわれる。訓練用の人形は一息で薙ぎ払われていく。
 動きやすい衣装に着替え、訓練場で瑞科は舞う。風を味方につけたかのように素早く人形へと斬り込み、軽快な動きで人形の反撃をかわしていく。
 彼女の様子を見ていた武装審問官の一人であり、先程廊下で瑞科と話していた女性は、ほう、と無意識の内に感嘆の息をこぼした。
 剣を手に駆ける瑞科は、強いだけではなく……美しい。さながらその姿は、訓練場に舞う蝶だ。
 女は思わず瑞科へと、憧憬の眼差しを注いだ。彼女は瑞科に次ぐ実力者だ。ナンバー1とナンバー2。けれど、その差は圧倒的なものであるという事を改めて女は思い知った。
(瑞科には敵わないわ……だけど、だからこそ安心出来る)
 瑞科がいる限り、「教会」はこれからも安泰であろう。そう確信し、武装審問官は微笑む。瑞科の背中に、希望を見出しながら。

 人形を全て倒した瑞科は、ふぅと一息を吐いた。
 新しい剣は、まるで以前からずっと瑞科と共にあったかのように彼女の手によくなじんだ。
(さすが、自信作ですわね。これで、ますます戦う事が出来ますわ)
 悪を、敵を、仇なす者を倒す日々。けれど、瑞科はその生活に誇りを持っている。彼女は新しい武器を見ながら、次の任務へと思いを馳せた。期待に、胸が満たされていくのを感じる。
 剣が、陽の光を反射しきらめいた。美しく磨き上げられた刃に、瑞科の顔が映る。
 その表情はどこまでも自信に満ち溢れた、気高き笑みであった。