コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談ノベル(シングル)>


甘い罠にかけられて

 どんよりと曇った一日。ティレイラはこの日、雨の心配をしながら依頼主の館へと向かっていた。
「雨、降らないといいなぁ」
 ぼんやりとそんな事を呟きながら道を急ぐ。
 今回の依頼主は魔女だった。魔女の館の警備兼、留守番だ。
「魔女の館なんて、何だか怪しげな物が沢山ありそうだわ。下手に触らないようにしなくちゃ」
 過去の経験からついそんなことを呟く。しかし心なしか、嬉しそうなのも嘘じゃない。
 小高い山の上に怪しげに聳え立つ館へと辿り着いたティレイラは、雨が降る前に何とか到着できて良かったと胸を撫で下ろす。
 大きな扉をドンドンとノックするとギギギギ……と重たい音をたてて開いた。
「あぁ良かった。待っていたわ。早速だけど留守番よろしくね。私もう行かないといけないから」
 魔女は急きたてるかのようにそう言うと、唖然とするティレイラを横目にさっさと出かけていってしまった。
「えー……と……?」
 ティレイラは気後れしながらも、部屋の中へと入っていった。
 部屋の中はとても広くて、壁側には西洋の甲冑の置物や怪しげな燭台、動物の顔だけの剥製などなど様々な物がおかれている。
 好奇心は疼くものの極力物に触らないように静かにリビングで本を読みながら留守番をしていると、ふと隣の部屋で物音がしたことに顔を上げた。
「……?」
 ティレイラは目を瞬きキョロキョロと辺りを見回すものの、気のせいかと首を傾げて再び本に視線を落とす。
 すると暫くしてまた同じような妙な物音が隣の部屋から聞こえてきた。
「誰かいるのかしら? 依頼主以外誰も他に住んでないはずだけど……」
 ティレイラは本をテーブルの上に置くと、リビングを出て隣の部屋へと向かった。そしてドアを開こうと手を伸ばした瞬間、中から勢いよく何かが飛び出してきた。
「ひゃぁあ!?」
 思わず間の抜けた声を上げて、飛び出してきた何かに突き飛ばされる形で床に尻餅を着いたティレイラは目を瞬いた。
 飛び出してきた何か。それはこちらに背を向けてはいるが顔だけはこちらを見てニヤリと笑っている悪魔のような姿をした魔族だった。
「この……っ!」
 ムッとしたティレイラは立ち上がり、こちらの動きを見て駆け出した魔族を追いかけて走り出した。
 魔族は一直線に館の外を目指す。そして扉を大きく開け放ち魔族は勢いよく外へと飛び出す。
「よーっし!」
 ティレイラの気合十分。このまま相手を捕まえようと大きく翼を広げて飛び上がり、魔族に飛び掛った。が、その瞬間。地面に浮かび上がった魔方陣から無数の植物のツルが襲い掛かる。
「えええぇぇ!?」
 驚いたティレイラはもう少しで届きそうだった魔族を諦め、襲い掛かってくるツルから逃れる為に大きく空へ飛び上がる。
 寸でのところでかわすことが出来たティレイラは短い息を吐く。
「ビックリした……。何なのあれ。私が来た時はあんなの無かったはずなのに……」
 自分が館に来た時と同じ道で起きた先ほどの攻撃。偶然なのだろうか?
 しかし今はそんなことを言っている場合ではない。すぐに魔族を追いかけなくては。
 再び翼をはためかせ、またしてもこちらを振り返って可笑しそうに笑っている魔族に苛立ちを覚えた。
「馬鹿にして〜〜〜っ!」
 ムカッとしたティレイラはすぐさま魔族を追いかける。こちらが動き出すと魔族もまた一目散に逃げ出す。
 魔族は逃げ足はさほど速くないものの、ちょこまかと動き回るのでなかなか捕まえる事が出来ない。
 必死になって追いかけるティレイラに、次なる罠が発動した。
 どこからか、無数の弓矢が飛んでくる。ティレイラは矢の雨を肝の凍るような思いで必死に回避する。
 ようやく矢の雨が治まったかと思い前方を見れば、またも魔族はこちらを馬鹿にしたように笑っている姿があった。
 これは罠だとようやく気付いたティレイラはさらなる苛立ちを覚えて、全力で魔族を追いかける。
「このーっ! 待ちなさい!」
 しかし、その後も続けざまに罠が発動した。
 アメーバであったり、水であったり、岩が落ちてきたりと様々だ。
 ティレイラはそのあらゆる罠に何度も翻弄されて、心身ともに疲弊してしまう。
「……な、何なのよ、もう……」
 よろよろと草原に降り立ったティレイラは、肩で荒い息を吐きながら呼吸を整える。するとティレイラの上に黒い影が差す。
「?」
 ティレイラが顔を上げると、そこには逃げていた魔族がニヤニヤと笑いながらこちらを見下ろしている姿があった。
 魔族は手にしていた杖を大きく振り上げると、杖の先からくもの巣のように網目状に張り巡らされた魔法チョコが飛び出す。
「え!?」
 逃げようにも体が思うように動かないティレイラは、まともにその魔法チョコをくらってしまった。
 魔法チョコはティレイラの体に巻きつき、翼も体もチョコに覆われる。
「ちょ、えぇ?!」
 急速に固まり始める魔法チョコはティレイラの動きを徐々に奪っていく。
 魔族が杖を振るたびに、魔法チョコはティレイラの翼や尻尾までも覆いつくしていった。
「〜〜〜〜っ!?」
 やがて、ティレイラはもがく声さえ発せられないほどに体はチョコに覆われ、終いには大きく綺麗な球体のチョコレート状態に陥ってしまった。
 丸く艶のある巨大なチョコが、草原の中にポツンと現れた。
 魔族はゆっくりと地上に降り立ち、それに手を掛ける。そしてその表面を手にしていた杖の先で砕いていくと、ティレイラの翼と尻尾の先が現れた。
 魔族は歓喜に溢れた笑みを浮かべ、その出来栄えに満足そうに小躍りし始めた。
「上出来、上出来!」
 歓喜の声をあげ、魔族はどんどんチョコを砕いていく。
 形を見ながら徐々に削っていくと、完全にチョコと化したティレイラがその全貌を現した。
「可愛い! 綺麗!」
 とても可愛らしく、とても美味しそうなティレイラの姿に、魔族は上機嫌で笑う。
「邪魔する者はこうなる! いい気味!」
 魔族はケラケラと笑いながら、当分元には戻れないティレイラを小突いたりしながら弄り倒すのだった。