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すばらしき最高の造形
とある名工が造りだした美の装飾品――眺めれば眺める程に魅了する奇跡の造形に、シリューナ・リュクテイアはうっとりと見惚れるように眺めていた。
美しきものは触れることでより深く、もっと愉しむことができる。繊細な指先を滑らせて、無機質な冷たさと、硬さを確かめるように撫で乍ら。 なんて素晴らしいのだろう、と時間が経つのさえ忘れるように、このひとときを堪能していた。
……そして、鑑賞を楽しむその折に。
シリューナの元を訪ねてやって来た、可愛らしい少女がシリューナに声をかける。
「お姉さま、お手伝いにやって来ました!」
――目が逢えば天真爛漫ににっこりと笑う、ファルス・ティレイラ。
いつも元気で好奇心旺盛な配達屋さん……またはなんでも屋さんである少女は、シリューナの魔法薬屋のお手伝いにやって来たのだ。
「いらっしゃい、ティレ。嬉しいわ」
落ち着いた物腰で優しく微笑みを浮かべるシリューナ。
生き生きとして、元気が取り柄で。表情豊かで、好奇心が強くて。そんなティレイラを妹のように思っており、彼女が可愛いのである。
「お手伝い宜しくお願いするわね」
「はい!」
少女の元気ないい返事を聴くと、シリューナはふふっと微笑みつつ装飾品の鑑賞は一旦中断。
ティレイラと共に魔法薬屋へ戻ろうと歩き出し、仲良くお喋りしながら―――。
「私もお手伝いの後は、宜しくお願い致します!」
かねてから約束していた件の話に、頷いていた。
*
シリューナはティレイラを妹のように可愛いと思っており、
ティレイラはシリューナを姉のように慕っている。
そんな姉妹のように仲が良い彼女達は同時に、『魔法』の『師匠』と『弟子』でもあった―――。
先程までは仲睦まじく和やかだった様子とは異なり、お互い真剣に向き合いながら。
普段のシリューナは優しいけれど魔法の修行時には厳しい師匠として接する。そんな数多くの魔法を習得するシリューナから学ぶ、ティレイラのほうも気合十分だ。
「お姉さま、今日の課題はなんでしょう?」
ティレイラが早速問うと、シリューナはゆるりと視線を横へと向けて。その眼差しの先に居たのは、獰猛な獣のような石像――。
「あのガーゴイルを倒すこと。それが今回のお題よ」
「……!」
石造りの不気味な怪物を見たティレイラは、ごくりと息を飲んだ。シリューナが魔力を込めた魔法生物――ガーゴイルは見るからに一筋縄ではいかない相手である事が窺える。
屈強な石の塊が、生命を宿したかのように動き出す。
ぬるりと動く一歩一歩に重たい音が鳴る――。
ゴトッ、ゴトッ。
……と。
「無事に課題を達成できるかしら……」
シリューナは頬や唇に指を添えながら、紅き眸を柔らかく細めて云った。
ティレイラは自身を奮い立たせ気合いを入れながら、
「が……頑張ります!」
と、意気込むように宣言する。
「楽しみにしているわ、ティレ。貴方の今の実力……確かめさせて貰うわよ」
シリューナが弟子の奮闘に期待しながら紡ぎ、一歩下がるならば………
ガーゴイルが勢いよく駆け出してくるだろう。
(来た…!)
それは修行開始を意味する。
今からは、シリューナが見守ってくれている中とはいえ、この相手を一人で対処しなければならない。
落ち着くようにゆっくりと深呼吸した後、強い眼差しで前を見据えた。
勢いよく掛かってくるガーゴイルを目掛け、
ティレイラが先ず生み出したのは炎の魔法――彼女にとって他の魔法と比べて得意な魔法だ。
――しかし。
ガーゴイルは何ともないような顔で、灼熱を潜り抜ける。
硬質な石の肌は焔を諸共しなかった。
「まさか……効いてない……!?」
驚愕を覚え、慌てながら。習得している魔法を一つ一つ唱えて試してみるものの、それらもガーゴイルに傷を負わせることは叶わなかった。
そして――。
『――――』
「………!」
ガーゴイルが急接近し、石の爪が空を切り裂くように振り下ろす――
万事休す。そう思えた瞬間だった。
確かに此処に居たはずのティレイラは、消えた。
『――――?』
攻撃が空振り、突如いなくなってしまった少女を探すようにきょろきょろと周囲を見渡す石像。ティレイラの行方は――石像の背後。
ティレイラは習得している能力である『空間移動』をしたのだ。
その時埋められていた『核』のようなものを見つけたティレイラは、一か八か再び焔を生成する。
「当たって……!」
炎の魔法は『核』へと見事命中。
『――――!!!!』
声に生らない石の叫び。
(……! 少しは効いてるみたいです……!)
ティレイラは確かな手ごたえを感じて。
「お見事ね、ティレ。でもそうするだけじゃあ倒せないのよ――」
シリューナは冷静に紡いだ。けれど、核の存在に気付いたことには誇らしく思っていたことだろう。
「はい、お姉さま……!」
課題の突破口が見えたティレイラは、自信がついたようで改めて気を引き締める。
(「ふふ……やっぱり可愛いわねぇ、ティレは」)
シリューナが着せた魔女のコスチューム姿で、『核』に当てようと奮闘する愛弟子。
シリューナは可愛らしく動き回る少女の姿に癒されるよう堪能しながら見守っているのだった。
*
硬い石の肌に覆われたガーゴイルは、ただ闇雲に魔法で攻撃するだけでは倒す事は出来ない――。埋められた『核』。その部分に対し強い魔力を当てなければ、撃破は叶わない。その事にティレイラ自身気付いているものの、ガーゴイルの背後を獲る必要がある事……そして強く当てなければならない事は考えるよりも難しく、苦戦を強いられていて。
「きゃっ!!」
ティレイラは崩れるように転ぶ。
呼吸を乱しながら見上げると、ガーゴイルが迫ってきていた。
このままでは駄目、と――力を振り絞る。
空間移動で回避。
又も背後を取る事が出来、炎の魔法で核を狙った。
しかし………。
思う様にクリティカルを当てる事は出来ない。
……というのは、この『空間移動』。
例え僅かの距離のことでも使用する度に、力を消耗するのである。
ガーゴイルとの戦闘でやむをえず連発することとなっていたティレイラの体力はもう限界だった――。
動き回って可愛らしい姿を見守っていたシリューナも、その事に気付いていて。
「うーん……残念だけれど、此処までのようね」
シリューナはひっそりと呟きながら、見守るのを中断。
ティレイラが苦戦していたガーゴイルを一瞬で動かぬ石像と化させた。
今日の課題は此処で終了。
残念ながら、修行失敗というカタチで幕を閉じる結果となった。
そして――。
「お姉さま……! ごめんなさい、私」
課題の結果が失敗となってしゅんとするティレイラはその場に崩れ落ちるように座った。体は疲れていて、へとへと。もう立ち上がるのも、苦しい状態のようだ。
そんな少女に視線を落としつつ見つめながら、「いいのよ」とシリューナは不敵に微笑む。
――何やら不穏な気配が。
感じ取ったティレイラは冷や汗を流しているのは、この笑みに秘められているものが身に覚えのある前兆だったから。
「あ、あの……お姉さま……?」
「失敗した可愛い弟子には、私がお仕置きをしてあげるわ」
「そっそんなー!! またお仕置きなんて……!!」
やっぱり……! と、想うのと同時に、わーんっと涙目であたふたするティレイラ。
「ふふふ」と笑みを零すシリューナは呪術道具を少女へと装着させようと、歩み寄る。いつもの悪癖。お楽しみのお仕置きの時間。
こうして課題が失敗した時や、シリューナが暇になった時のお決まりなのである。
「お姉さまー!!」
疲れ切っているティレイラに呪術道具を着せることは容易いことだった。
ティレイラは、「わーんっ」と嘆く中、石化を受け入れるしかなく……
一方のシリューナはというと、手を伸ばし、助けを求めて叫ぶ可愛い愛弟子が、自分の意思とは別に体が石となっていくのを、生命力に溢れた少女が嘆きつつ石像となるのを、じっくり眺めていて、やがて完成するであろう。思わず感嘆の声が漏れる究極の美、最高の造形が―――。
(「お題をクリアできなかったのは残念だわ。でも……」)
シリューナの手によって動かぬ石像となったティレイラを見て、うっとりとした。
なんと美しく、なんと可愛らしい。シリューナは触れずにはいられず、そっと頬を撫でて、その滑らかな硬質を確かめて、感情が高ぶり出す――。
「あぁ……なんて素敵なのかしら」
涙目で助けを呼ぶ一瞬を切り取った、ティレイラ。その姿はどのオブジェよりも一番美しい。と、満足げに零す。
愛でるように優しく撫でる手には、硬い感触。柔らかかった頬も、さらさらな髪も、石のように硬く冷たい……。
生き生きとしたティレイラも可愛いけれど、呪術を掛けて反応を楽しんだあと最終的にオブジェとなった少女も愛らしく、そんな少女を鑑賞することは楽しくて仕方なくて。
こうして今日も最高傑作となったティレイラはシリューナのオブジェ鑑賞の餌食となり、最高のオブジェとして飾られることになるのだった。
そうして――
(さて……次の魔法修行はどんな感じにしようかしら)
そんなふうに次回の課題案を脳の片隅で考えて巡らしつつ、またゆっくりと……。
ティレイラを愛でるように鑑賞しつくす……。
<おわり>
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