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<東京怪談ノベル(シングル)>


 オドーレの導き


「あーあー、この臭い、早く取れないかなぁ……」
 放課後の神聖都学園校舎内。資料を手に歩くSHIZUKUの身体からは、強めのフレグランスの香りが感じ取れる。もう少し彼女に近づき、そして鼻が良ければそこに交じる別の匂いを感じ取れるかもしれない。
 SHIZUKU本人としては、その匂いが染み付いてしまって久しくも有り、本当に自分から匂っているのか単に記憶に染み付いた匂いが取れないのかわからない状態にあった。まだあの嫌な匂いが自分の身体に染み付いている気がする――でも、本当はよく注意しないと嗅ぎ取れない程度かもしれない。自分をブロンズ像化した魔法のコールタールの臭気。それは恐怖とともにSHIZUKUの記憶と身体に植え付けられてしまっていた。
 それでも彼女が怪奇の調査をやめないのは、それが彼女の生きがいであるからにほかならないだろう。今日もまた、神聖都学園の七不思議の一つと言われている『泣く石像』の調査をしていた。広大な神聖都学園では七不思議が7つとは限らないのが玉に瑕ではあるが、SHIZUKUにとって怪奇は多いほど歓迎というもの。
「『泣く石像』……毎年何人かの女子生徒が行方不明になり、その数年後にその女子生徒そっくりの石像が第四美術室に現れて、夜な夜な泣き、ガタゴトと震える……か」
 美術室などの特別教室の入っている校舎。美術室のある階に辿りついたSHIZUKUは壁に背を預けて資料をめくる。資料にはそれ以上の詳しいことは書いていない――わからないから調査に来たのだ。さて動こう、そうSHIZUKUが決意したその時。

「ねぇあなた、もしかしてSHIZUKUさん?」

 声の主を探せば、そこに立っていたりは肩口で髪を切りそろえた少女だった。神聖都学園高等部の制服を着ているところを見ると、SHIZUKUと同年代だろう。
「そうだよ。私に何か用かな?」
「私美術部なんだけど、SHIZUKUさん、石像にならない?」
「石像?」
 相手は見知らぬ少女だった。けれども美術部ならば何か『泣く石像』について知っているかもしれない。
(石像になるって、石像のモデルの事かな? 話を聞かせてくれるならそのくらいいいかな)
 もし石像のモデルが見つからなくて困っているのだったら断るのも気が引けるし、モデルを引き受けたほうが話も聞きやすいだろう。
「いいよ、あたしでよければ!」
 軽い気持ちで引き受けたSHIZUKU。だが少女が嬉しそうに美術室へ案内してくれるものだから、引き受けてよかったという気持ちが増していく。
「ここで作業するの。あ、適当な椅子に座って」
 案内されたのは奇しくも第四美術室。SHIZUKUはなにか『泣く石像』の手がかりはないかときょろきょろ室内を見回しながら、教室中央に置かれた椅子へと腰を下ろした。
「これでも飲んで適当にくつろいで」
 差し出されたのは紙コップに入ったオレンジジュースだ。彼女はここで長時間作業するつもりだったのか、それともこれもモデルのお礼なのかななんて考えつつ、SHIZUKUはありがたくジュースを頂いた。乾いた喉を甘みと僅かな酸味が染みこみつつ通りぬけていく。
「ぷはーっ。ちょうど喉が渇いてたんだ。おいしかっ……」
 SHIZUKUが異変に気がついたのは、紙コップを空にして暫くしてからだった。
(えっ……)
 何故か身体が動かないのだ。指先ひとつ動かせない。意識ははっきりしているのに、身体はまるで固まってしまったよう――これは。
(……あの時、と同じ?)
 SHIZUKUの脳裏に浮かんだのは、忌まわしい記憶。悪臭とともにブロンズ像化されたあの時の恐怖。
(まって、まってよ……!)
 精一杯、動けと身体に力を入れる。けれどもまるで磔にされたように、自分の意志では身体が動かせない。悪臭こそないが、まさにこれはあの時と同じ――!
「さぁて、素敵な石像にしてあげるわよ」
 SHIZUKUの意思では全く動かすことができないのに、美術部員を名乗った少女がSHIZUKUの身体に手をかけると、身体は少女の意思どおりに動く。
 椅子から立たされ、そして手足を動かされて制服を一枚一枚剥ぎ取られていく。寒さを感じるよりも早く、自分を守っている防壁が徐々に崩されていくことに戦慄が走る。
 ブラウスやスカートなどとっくに剥ぎ取られ、下着にまでも手をかけられているというのに抵抗すらできない。羞恥を感じるよりも強く、恐怖がSHIZUKUの身体中に染み渡っていった。
「素敵な裸婦像の、出来上がり♪」
 少女の黒い妖艶な笑顔に重なるのは、やはりあの時のブロンズ像の魔女の笑顔。蘇る恐怖は、SHIZUKUを離そうとしない。身体は動かせないというのに、瞳からは雫がこぼれ落ちた。頬をつたい、美術室の床を濡らす。
「ブロンズ像の魔女を殺したのは、あなたなのでしょう?」
 笑顔の向こうに怨嗟が見えた。


(おかしいわね……)
 イアル・ミラールは携帯電話の画面を見つめて小さく息をついた。着信も新着メールもないことに不安ばかりが湧き上がってくる。いや、不安しか湧いてこない。
(SHIZUKU……またおかしなことに巻き込まれているんじゃ……)
 約束した日時はとっくに過ぎている。仕事柄もあるのだろうが、SHIZUKUが連絡を入れるのを忘れるとは思えなかった。おかしい、イアルの勘も告げている。
 素早く状況と情報を整理したイアルは、迷わず神聖都学園へと向かった。


 広大に敷地を持つ神聖都学園にはもちろん生徒数も莫大であり、堂々としていれば敷地内に部外者が入り込んでも怪しまれることはあまりない。高等部の校舎を歩いていても、イアルの年齢であれば大学部に進学したOGだと生徒たちは勝手に思ってくれることだろう。
 その誤解を有りがたく利用して、イアルはSHIZUKUの足取りを追った。すると。

 ――SHIZUKUさんならついこの間の放課後、女子生徒と一緒に美術室のある辺りを歩いているのを見たよ。

 そんな証言を得ることができた。他に集めた目撃証言と照らし合わせると、時系列的には美術室付近での目撃証言が直近のようだった。イアルは美術室のある階へと向かう。
「第一美術室から……一体いくつ美術室があるのよ」
 階段を登りきったイアルの目の前には『第一美術室』のプレートを掲げた教室があった。視線をずらせば、隣接する教室には『第二』『第三』とナンバリングの違う美術室が並んでいるようで。一刻も早くSHIZUKUを探し出したいイアルにとっては迷路に入りこんだようなものに近い。一つ一つ教室をあたっていくにしても、現在使用されている教室の場合は中の生徒に事情を説明したりと時間をとられることは必至。

「……? ……!!」 

 そんな時、奥の方の廊下の開け放たれた窓から風が吹き込み、イアルの元まで漂ってきた。
 はじめは違和感。次に既視感。
(これは……わずかだけれどあのコールタールの臭い!)
 それに気づいたイアルは反射的に走りだしていた。僅かな臭いを辿り、廊下を駆ける。臭いの発生源を通り過ぎぬようにと全身の神経を鼻に集めるようにして。
「! ここだわ!」
 そこは『第四美術室』と書かれたプレートが下げられた教室。中には人の気配を感じない。それでも警戒を怠らず、イアルは扉を開いた。
 扉の中は何の変哲もない美術室だった。
(でも……)
 微かではあるが、魔法のコールタールの残り香が漂っている。
「こっち……?」
 足を踏み入れ、室内を歩きまわる。すると、教室の後方――準備室に繋がる扉の方向からは少し強くあの臭いがすることに気がついた。扉に近づき、耳を済ませる。人の気配はしない。だがガタゴトと何かがうごめいている音はする。
(一体――)
 緊張しつつもイアルは準備室の扉を開いた。薄暗い部屋の中には石でできた一体の裸婦像が――。
「SHIZUKU!?」
 裸婦像はガタゴトとその身体を小刻みに揺らし、そしてその頬を涙でぬらしている。そしてその顔は、SHIZUKUそのものだった。
 イアルが裸婦像に駆け寄った瞬間。

 ――シュンッ!

 背後から何かが飛来する気配を感じ、イアルの身体は本能的にそれを交わすべく動いた。カツンと床に刺さったのは、銀の短剣。
「その像は渡せないわ。このまま何も見なかったことにしてお帰りいただく……わけにはいかなそうね?」
 いつの間にか準備室の入り口に出現した少女が、何本もの銀の短剣を手にイアルを睨みつけている。
「あなた、魔女ね?」
「そうよ。これは復讐なの。その子に殺された、仲間のね」
 二本、三本と短剣がイアル目指して飛んで来る。だがイアルはそのすべてを、顕現させたロングソードで弾き飛ばした。美術準備室は狭く、置かれているものも多い。だがその狭さの中でも武器を上手く扱うすべを、イアルの身体は記憶していた。
「それなら筋違いだわ」
 タンッ……床を蹴ってイアルが距離を詰める。突き刺すように剣を持つ手を動かしたが、魔女である少女はそれを後ろに下がることでかわして美術室へと移動した。躊躇うことなくそれを追ったイアルを襲ったのは、石つぶて。その一つ一つが研ぎ澄まされていて、イアルの衣服を突き破り鮮血を流させる。
「あの魔女を殺したのは、わたしよ」
 流れる血に気を取られることなく、第二波をカイトシールドを構えて警戒しながらイアルは動く。机や椅子を足場にして軌道を読まれぬようにしながら魔女に接近して。
「あなたを殺すのも、ね」
 振り下ろした剣は深く深く魔女の急所を捉えていて。
「そん……な……」
 床に倒れ込んだ魔女は、砂粒のように粉々に砕け散った。



「もう、あなたの無茶と危険を引き寄せる力は生まれつきなのかしら……」
 魔女を倒した後に準備室で見つけた石化解除薬でSHIZUKUの石化を解除したイアルは、準備室のカーテンを拝借して裸のSHIZUKUを優しく包んだ。
「またイアルに助けられちゃったね……」
「私が来なかったらどうなっていたと思うの……」
 イアルは小言を続けようとしたが、カーテンに包まれているSHIZUKUが小さく震えていることに気がついた。まだ、恐怖が抜けきっていないのだろう。イアルは言葉を飲み込んで、そっとSHIZUKUの身体を抱いた。
 こうすることで、少しでも彼女の恐怖が散ってくれればと願いながら。





■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■

【7523/イアル・ミラール様/女性/20歳/裸足の王女】



■         ライター通信          ■

 またのご依頼ありがとうございました。
 とても嬉しく思います。
 イアル様とSHIZUKUのお話を書かせていただくのも3回目になります。
 今回もまた、楽しく書かせていただきました。
 少しでもご希望に沿うものになっていたらと願うばかりです。
 この度は書かせていただき、ありがとうございました。