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<東京怪談ノベル(シングル)>


停職エージェントの冒険(2)


 給油を終えたところで、フェイトは思った。
 やけにカラスの多い町である、と。
 表記不能な、不気味な鳴き声を発しながら、上空を飛び回る黒っぽい鳥の群れ。
「カラス……なのか? あれ」
「不気味っすよねー。ここ1ヶ月くらい、こんな感じなんスよ」
 ガソリンスタンドの従業員が、話しかけてきた。
「変な鳥どもが、変な声で鳴きながら飛び回りやがって。まったく気味悪いったら……俺もねぇお客さん、ありゃカラスとは違うんじゃねえかって思うんスよ」
「何で?」
「だってゴミ荒らしたりしねえもの。そりゃまあ、ありがたいっちゃありがたいんだけど」
「なるほど。変な声出しながら、ただ飛び回ってるだけ?」
「そう、飛び回ってるだけ。昼も夜も」
 従業員が、声を潜めた。
「木とか塀とかに止まってるとこ、見た奴もいないんす。だから、どうゆう形した鳥なのかもよくわかんねえ」
「1ヶ月近くずっと、鳴きながら飛び回ってるだけか……」
 1度も地上に降りる事なく、飛び続けていられる。そんな生き物は存在しない。
 いたとしたら、それは鳥ではない。少なくとも、まっとうな生物ではない。
(また……妖怪絡み、か?)
 停職処分である。
 その間、日本各地を旅して妖怪を倒して回れなどと、命令されたわけではない。旅に出たのは、フェイト自身の意思によってだ。
 アメリカにいた時にも、同じような事があった。何となくフェイトは、それを思い出していた。


 奇怪な鳥たちは、町の上空全域を、渦巻くように飛んでいる。
 その渦の中心に1軒、あまり綺麗ではない民家が建っていた。
 気のせい、であろうか。次第に、その渦が狭まってきているように見える。
 つまり、その民家の屋根に、鳥たちが集中し始めている。
 奇怪な声を発して飛び回る、奇怪な生き物たちが、本当に鳥であるならばだ。
 その家の前で、フェイトはバイクを止めた。
 庭のある一軒家である。
 あまり広くない、その庭が、ほとんど物置と化していた。ゴミ捨て場も同然、と言っていい。屋内のゴミが、溢れ出しているのだ。
 中がどれほど汚れているか、外から見ただけでもわかる家。
 その窓が開き、家主と思われる中年男が顔を出した。
 血色の良くない顔が、じろりとフェイトに向けられる。
「……何か用かね。人んちの前、うろうろしてるみたいだけど」
「あ、いや……ええと、そのう」
 IO2で習得したのは、ほとんどが戦闘技術である。怪しい人間を平和的に尋問する手法など、教わってはいない。
 とりあえずフェイトは、愛想笑いを浮かべた。
「……庭、少し片付けた方がいいですよ?」
「あんた、この町の人間じゃないな? だったら出てけ! 用もないのに、俺んちに近づくなああああ!」
 思いきり、窓を閉められた。窓ガラスが割れるのではないかと思われるほどの勢いだ。
 フェイトは、頭を掻くしかなかった。
「やれやれ……」
「駄目よお、あの人に話しかけたりしちゃあ」
 ご近所の主婦、と思われる中年女性が、話しかけてきた。
「この町でも、1番の有名人なんだから」
「ええと、それは……ちょっと問題のある人として、ですか?」
「はっきり言って、その通り。この1ヶ月で、いよいよひどくなっちゃってねえ。見ての通りのゴミ屋敷だけど、これでも片付いたのよ? 前は道の方までゴミが溢れ出してたんだから」
 話し好きな中年女性から、フェイトは少し情報をもらう事にした。
「お仕事は、何をやってらっしゃる人なんですか?」
「さあ……勤めては辞めての繰り返しで、ここ何年かは奥さんに養ってもらってたみたいだけど」
「奥さんが」
「ええ。旦那さんは見ての通りだけど、奥さんはちゃんとした人でねえ。私たちとも普通に話してくれるし。あら、でもそう言えば……ここ1ヶ月くらい、顔見てないわねえ」
「1ヶ月ですか……」
 表記不能な鳴き声を発しているものたちを、フェイトは見上げた。
 この奇怪な鳥たちが、町の上空を飛び回るようになったのも、1ヶ月前からであるという。
「まあ、しっかり者で綺麗な奥さんだったし。きっと旦那に愛想尽かして、出てっちゃったのね」
 中年女性が、能天気な事を言いながら、同じく空を見上げた。
「……やっぱり気になる? 本当に、気味悪い鳥さんよねえ」
「鳥……なんでしょうか、本当に……」
 表記不能な鳴き声に、フェイトはじっと聞き入ってみた。
 いつまで、いつまで……そう叫んでいる、ようでもあった。 


 鍵のかかった扉を、フェイトは蹴り破った。
 様々なゴミを押しのけ踏みつけ、無理矢理に上がり込む。
「な、何だお前! 勝手に」
 言おうとする中年男の胸ぐらを、フェイトは掴んだ。
「……あんたの奥さん、どこにいる?」
「な、何言ってやがる! 関係ねえだろ……」
 胸ぐらを掴み、引きずりながら、フェイトは歩いた。
 どこにいるのか、この男に口を割らせるまでもない。
 ごまかしようのない死臭が、漂って来ているのだ。
「不法侵入だぞ!」
 わめく男の身体を、フェイトは部屋の1つに押し込んだ。
 寝室、と思われる部屋。
 その中央に、かつてこの男の奥方であったと思われるものが横たえられている。
「不法侵入か……なら、警察呼びなよ」
 尻餅をつき、青ざている男に、フェイトは微笑みかけた。身を屈めて目の高さを合わせながらだ。
「どうした? 110番って、電話代払ってなくても繋がるんじゃなかったっけ。そんな事ない? まあいいや、俺のスマホ貸してやるからさ。ほら、警察呼びなよ」
「お……俺は、悪くない……」
 男が、うわ言のように呻いた。
「この女が、悪いんだ……稼いでるからって、偉そうに」
 呻く男の口元に、フェイトは蹴りを叩き込んでいた。
 この夫婦には、子供はいないようである。
 化け物じみた能力を使って、父親の暴虐から母親を守る。そんな子供は、そうそういないという事だ。
「お前……ここが日本で、良かったな」
 のたうち回る男の顔面を、フェイトは思いきり踏みつけた。
「俺、昔インドでさ。お前みたいな奴を」
 殺した事がある。そこまでは口に出さず、フェイトは踏みにじった。
 男の絶叫が、無様に潰れたまま響き渡る。
 自分の父親も、こんな悲鳴を発していた。そんな事を、フェイトは思い出した。
 突然、天井に穴が空いた。
 鋭利な刃物のようなものが一瞬、見えた。
 刃物ではない。巨大な生物の、爪である。
 その爪が、天井と屋根を、一緒くたに剥ぎ取っていた。
 フェイトは見上げた。
 翼ある巨大な怪物が、そこにいた。凶悪に歪んだ人面が、こちらを見下ろしている。
 人面を有する鳥。いや鳥と言うより、始祖鳥に近いか。巨大過ぎて視界に入りきらないのだが、どうやら大蛇の如くうねる尻尾があるようだ。
 同じような姿をした、しかしずっと小さな飛行生物たちが、巨大な人面始祖鳥の頭上に、背中に、翼の上に、雀のように降り立って止まる。そして吸い込まれ、融合してゆく。
 この1ヶ月、奇声を発しながら町の上空を飛び回っていた生き物たちが、集合・融合し、人面始祖鳥の巨体を成しているのだ。
 その人面が、フェイトに踏まれている男を、ゴミの中に横たわる屍を、燃え盛るような両眼で見据えている。見据えながら、吼える。叫ぶ。
 いつまで、いつまで。フェイトには、やはりそう聞こえた。
「以津真天……か」
 IO2日本支部に、出現・戦闘記録が残っている。
 死んだ人間を、弔いもせずに放置しておくと現れる妖怪。
「いつまで……だそうだ。おい、聞いてるか?」
 潰れた悲鳴を漏らす男の顔面から、フェイトは足をどけてやった。
「お前、自分の奥さんを……いつまで、このまま放っとくつもりだ」
 男は答えない。いや何か答えたのかも知れないが、聞き取れない。聞き取れぬ泣き言を垂れ流しながら、弱々しくのたうち回るだけだ。
 フェイトは舌打ちをした。そして以津真天を見上げ、語りかける。
「旦那さんは、警察に突き出しておく。あんたのご親族にも連絡して、ちゃんとお葬式をやってもらう。そんな事で、あんたの無念が晴らせるとは思っちゃいないけど……」
 のたうち回る男の身体を、フェイトは無理矢理に引きずり起こした。
「何なら、もう2、30発……死なない程度にだけど、ぶん殴っておくからさ。それで勘弁してやれない? かな……駄目かな」
 以津真天の巨大な爪が、襲いかかって来た。男を、フェイトもろとも掴み裂く勢いだ。
 フェイトは念じた。
 本来ならば、この男に叩きつけるべきものが、念に籠もった。
 人面始祖鳥の巨体を見上げる両眼が、緑色に輝き燃え上がる。エメラルドグリーンの眼光が、念動力を宿して迸る。
 以津真天は、砕け散った。
 巨大な人面始祖鳥の異形が、まるで幻影であったかのように消えて失せた。
 幻影などではなかった事はしかし、屋根も天井も剥ぎ取られた、この家の有様を見れば明らかである。
 男はまだ、何やら聞き取れぬ事を呟いている。その目は、妻の屍を見つめていながら、何も見てはいない。
 もしかしたら正気を失っているのかも知れない。このまま警察に突き出しても、心神喪失という事で無罪になってしまうかも知れない。
「2、30発ぶん殴っても、許してくれないってさ」
 言いつつフェイトは、思いきり膝を叩き込んだ。
 男の身体が前屈みにズドッ! とへし曲がり、倒れ、ゴミの中で痙攣する。死んではいない、はずであった。
「だから、1発だけで勘弁してやる……頭がおかしくなったまま、無様に生き続けろ」
 あの男も、こんなふうに無様に生き続けているのかも知れない。
 それだけを、フェイトは思った。