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<東京怪談ノベル(シングル)>


禁断の研究 2

 男は椅子の背もたれに深く寄りかかり、深く息を吐いた。すでに深夜を回っているが、この時刻になってようやく一息つける時間が取れた。
 慌ただしいのは仕事が順調に進んでいるせいだ。
 口元が自然とニヤついてしまう。何もかも目論見通りに進んでいた。
 ごく普通の人間に悪魔の遺伝子を移植することで強化兵士を作り上げる―優秀な研究者を集め、研究のための設備を整えるのにはかなり出費がかさんだが、強化兵士を欲しがる商売相手はいくらでもいる。元はすぐに取れる。それどころか、多くの富を手に入れることができるだろう。
 人間は脆い。もし痛みを感じず、死を恐れずに敵に立ち向かっていく人間が作れたとしても、肉体の弱さは変わらない。やはり強靭な肉体と戦闘力が必要だ。
 悪魔の遺伝子を人間に移植するという現実離れしたアイデアも、優秀な研究者たちの手によって実現した。中でも研究者たちのリーダーを名乗らせている男がかなり腕利きで、彼の存在無くしてはこの研究は成功し得なかった。頭は切れるが野心家では無いようで、純粋に研究に没頭している。従順で扱いやすい。彼を右腕としてこの研究所を更に発展させていけるだろう。
 などと考えていると、机の上の電話が鳴った。
「どうした」
 男が電話に出ると、電話の向こうの部下が慌てた様子で答えた。
「侵入者です!」
「何?」
「警備の人間が次々と倒されています!とても歯が立ちません」
 男は舌打ちをする。泣き言など聞きたくない。
「『試作品』を使え。お前たちより役に立つだろう。ところで、敵が何人なのか確認できているのか?」
「は……どうやら、一人です」
「ひとり?」
「はい。若い女です」
「馬鹿な!」
 男は怒鳴った
「女一人に何を手こずっている!さっさと片付けろ」
 ガチャリと電話を切った。
 警備にあたらせているのは通常の人間だが、訓練を積んだ強者たちだ。敵が女一人なわけはない。おそらく監視カメラを避けて行動しているのだろう。かなり連携の取れたチームである可能性が高い。
「念の為、ここから離れる準備をしておくか……」
 最悪の場合は重要な研究資料と研究素材である悪魔の遺伝子を持ってここを離れ、新たな場所で計画を再開すればいい。
 男が電話をかけようと受話器を手に取った時、部屋のドアが開いた。そこに立っていたのは、研究者たちのリーダーだった。白衣を着て、メガネをかけている。
「ああ、ちょうど良かった」
 男は言う。彼に命じて、大切な資料と悪魔の遺伝子を運び出す支度をしてもらおう。
「自室にいて下さって助かりましたよ」
 研究者が言った。
「探す手間が省けました」
「ああ、君も既に聞いているか。侵入者が……」
 男は言葉を失った。
 研究者が男に銃口を向けていた。
「研究の成果もこの施設も全て私のものです。あなたには消えてもらいます」
 男は呆然と研究者を見つめている。
「今までお世話になりました。あなたのビジネスは私は引き継ぎ成功させますし、それを足がかりにこの研究所をさらに拡大させます。安心してお眠りになって下さい」
「な……待て」
 男が言うのも聞かず、研究者は引き金を引いた。パン、と乾いた音がした。


 白鳥・瑞科は施設内を奥へと進んでいた。立ちはだかる警備員たちは瑞科の動きを捉えることも出来ず、次々と床へ沈められる。
「許可が出た。『試作品』を出すぞ」
 警備員がそう言うのが聞こえた。
―試作品。
 瑞科はそっと眉根を寄せた。その言葉が何を意味するのか何となく分かった。
 白い廊下を進むと、突き当りに両開きのドアがあった。人の気配がする。瑞科が立ち止まると、ドアがぎぃと開き、数人の男たちが姿を現した。
 屈強な肉体を持ち、目は虚ろだ。少し開いた口からは、うめき声のような、何か呟いているようなよく分からない言葉が漏れている。
―彼らは、実験の犠牲者なのですね……。
 自我が失われているのか、抑制されているのか分からないが、命令に従うように操作されているようだ。
 男たちが一斉に瑞科に襲いかかってきた。身体は大きいが、先程までの警備員達とは比べ物にならないくらい俊敏な動きだった。攻撃力も高く、瑞科がかわした男の拳が壁をぶち抜いていた。
 しかし瑞科の敵ではない。瑞科は数人の強化兵士たちの中を華麗に舞っただけで、全ての敵を戦闘不能にした。
 瑞科は、床に倒れている兵士たちの側で膝をついた。胸の前で手を組み目を閉じると、彼らのために祈りを捧げた。
「どうか、安らかにお眠り下さいませ」
 神よ。
 身勝手な実験の被害者となり、望まぬ戦いをさせられた哀れな魂をお救い下さい。
 祈りを終えた瑞科はきっと顔を上げ、扉の奥へと進んで行った。


 あらかた敵を倒し終えて廊下をさらに進むと、ある部屋から人の気配を感じた。
 瑞科はドアを開き、中へ足を踏み入れた。怪しく発光する液体や、何かを計測する機械が置いてある。その向こうに白衣を着た人影があった。こちらに背を向けている。
 瑞科のブーツがカツカツと足音を立てているので、気付いていないはずはない。
「普通の人間に悪魔の遺伝子を移植するだけで、驚異的な力を持った兵士を作り上げることが出来ました」
 男が言う。
「だとすれば、はじめから能力の高い人間に移植すれば、もっと素晴らしい成果が得られると思いませんか」
 白衣の男は振り返り、
「あなたには、ぜひ実験体になっていただきたい」
 ニィと笑った。メガネが不気味に光っている。
「ご期待に沿うことは出来ませんわ」
 瑞科は涼しげな調子で言う。
「遠慮しないで下さい。私の実験に協力してもらいますよ」
 白衣の男は笑っている。
「力づくでね!」
 みるみるうちに男の体の筋肉が膨張し、白衣を内側から押し上げている。やがて耐え切れなくなった衣服が破れだした。筋肉のみではなく、骨格も変化している。白衣の男の身体は余裕で一回りほど大きくなっていた。メガネのフレームすら変形し、壊れて床に落ちる。男は気にせず、メガネを足で踏みつけ、瑞科の方へ歩き出した。
「自身にも、悪魔の遺伝子を移植したのですか」
 瑞科が言う。その表情は憂いを帯びていた。なんという愚かなことを。
「その通りだ。元々頭脳派で肉体労働は苦手だったのだがね。これで私は無敵だ」
 男は声高らかに笑っている。瑞科は戦闘用ロッドをすっと持ち上げ、男に向けた。
「お相手いたしますわ」
 瑞科は余裕たっぷりに微笑みを浮かべている。
「小娘が!!」
 男は机の上に飛び乗ると、勢い良く机を蹴り、瑞科に跳びかかった。瑞科は身軽にかわし、男の後頭部を背後から蹴り飛ばした。男がふら付いた隙に足元を払う。男は尻餅をついた。間髪入れず、そのアゴを蹴り上げる。ぐっ、と男が呻いた。
 男は浅い呼吸を繰り返しながら、自分を見下ろしている美しい女を見上げていた。豊満なバスト、くびれたウエストからヒップにかけての張りのあるライン。ミニのプリーツスカートから伸びた脚線美。そして、作り物のように美しい顔。
「神様は平等に愛して下さいます。あなたも、安らかにお眠り下さいませ」
 瑞科はそう言うと、男にとどめを刺した。


 瑞科はすべての敵を殲滅した事を確認すると、ブーツのかかとを高らかに鳴らして研究所の表玄関へと向かう。本日も完璧に任務をこなした瑞科は、誇らしい気持ちと高揚感で胸が高鳴っていた。
 それは彼女をより美しく魅力的に輝かせるのだった。