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<東京怪談ノベル(シングル)>


闇に唄う者 謳われる者―中編

手に持ちきれないほどのお菓子や軽食を抱えて歩く若者たち。
楽しそうに駆けていく幼い子どもたち。その後を心配そうに、だが優しい笑顔で追いかける親。
仲良く腕を組んで歩く恋人同士。
明るい、テンポの良い音楽が周囲に鳴り響き、開場の空気を一層華やいだものへと変えていく。
年に一度、待ちに待ったカーニバル。
人々の幸せな光景を街頭ランプに腰かけ、見下ろす黒いマントを纏った影。
行き交う人の波を興味深そうに見つめながら、時を待っていた。
ふと気づくと、天上を照らしていた太陽が傾き、街並みの向こうに沈みかけていた。

「ふーん……もう日が沈むか。参ったな〜まだ駒が揃っていないっていうのにさ」

にやりと口元に笑みを浮かべ、立ち上がったと同時に、広場のあちこちに貼られた天幕が風もなく揺れる。
ヴェネチア風の仮面をつけていた大道芸人たちが急に動きを止め、まるで電池の切れた人形のように、ぴくりとも動かなくなる。
彼らの芸を見ていた子供たちは怪訝そうな顔で覗き込んだり、無遠慮に身体に触れたりするが、反応はない。
いや、仮面の奥で揺らめいていた瞳が怪しく、危険に蠢いた。
手にしていたボールを放り投げ、一番近くにいた―無遠慮に触ってきた子供の喉に手を伸ばした瞬間、目には映らぬ空気の弾が音もなく、その手を弾き飛ばす。
突如、ふわりと吹き抜けた強風に子供たちは思わずを閉じ、不思議そうに首をかしげながら、駆け出し、その場から離れていく。
宙に浮いたまま、先がなくなった手に道化が気づくよりも早く、背後に舞い降りた白い影がナイフで一閃する。
見事に断ち切られたマントの内側から見えたのは、うろこ状の肌を持った化け物。だが、一瞬にして砂礫と化し、風に消えた。
それを冷やかに見つめ、すっくと立ち上がった白い影―『教会』を表す装飾の施された黒のミニプリーツスカートと長袖の上着に鉄製の小さな装飾が留められた短めのマントをなびかせ、ナイフホルダーを兼ねたガーターベルトが食い込む見事な太ももを包む白いニーソック。それを覆う白の編み上げロングブーツ。
どれをとっても見事なボディラインを強調する―教会屈指の武装審問官・瑞科の姿がそこにあった。

「どうやら間に合ったようですわね」

ほっと一息つきながら、隙なく周りを見渡す目は戦う者の目―戦士の目だ。
乱暴なテクニックで愛車を手近な駐車場に乗りつけると、瑞科は常人を超える速さで、予告にされたカーニバル会場へと駆け付け―魔物とすり替わっていた道化の魔手から子供を守ったのである。
まさに危機一髪、というところだろうが、状況は最悪一歩手前、だ。
動きを止めた道化―つまり、すり替わっていた魔物たちは会場の至る所にいるのは一目瞭然。
だが、運がいいのか、悪いのか、分からないが、日が暮れ始めたことから、子供たち初めとして多くの人々が帰り始めていた。
今のところは何の問題も起こってはいない。しかし、教会に対して、あれだけ派手に宣戦布告をかましてくる輩が相手、だ。
何か仕掛けてくるのは明白、と瑞科は判断していた。

「うん。さすがだね、白鳥審問官。まずは及第点……では、これはどうかな?」

そこから動かず、状況を見定めようとする瑞科に黒マントは満足げに拍手を送りつつも、にやりと口元を大いにゆがめ、右手を鳴らす。
瞬間、会場中に流れていた音楽が一斉に止まり、設置されていた街灯が一斉に点灯し、薄暗くなりかけた会場を明るく照らし出す。
さらに何かの仕掛けが作動したのか、色とりどりの影絵―流行のプロジェクションマッピングがいたるところで映し出される。
その眩い輝きと幻想的な光景に帰りかけていた人々は足を止め、ほぅ、とため息をつきながら、足を止めてしまう―否、止められてしまう。

「さぁ、テスト第二弾だ。帰ることを忘れた輩たちを無事守り切れるかな?白鳥審問官」

楽しげに喉を鳴らして、動かない人々の四方から迫りつつある魔物たちを高みから見下ろし、陽炎のごとく、掻き消えた。

迫りつつある夕闇。そこから伸ばされようとする魔手に誰一人気づかないまま、目の前で繰り広げられる光の影絵に魅入っている。
ヨーロッパの昔話か創作ファンタジーだろうか。
一人の若い女司祭が闇から現れる魔物たちから、平穏に暮らす人々を守るために武器を取り、たった一人で戦いを挑むヒロイックファンタジーだ。
序盤、どこかの街に突然魔物が現れ、あっという間に街を支配してしまう。
領主の兵隊が駆け付け、戦うがどうにもならない。
そこへ現れたのは女司祭。あっという間に魔物たちを倒し、街を解放する。
鮮やかな光の絵巻を一瞥し、瑞科は闇と光の境界に立ちふさがり、そこから光側へと足を踏み出さそうとする魔物たちを手にした杖を振って一撃で倒していく。
奏でられる影絵の音楽に飲まれ、いや、ほぼ無音に近い攻撃に誰一人気づかない。

「最新鋭の技術に救われますわ……けれど、闇の住人はお呼びではないんですよ」

右手に持っていた杖をくるりと回転させ、弾き飛ばし、瞬時に急所を貫く。
灰色の砂礫と化していく魔物たちを超えて、こちらへと群がってくる魔物たちの数が圧倒的に多い。
だからといって、瑞科がひるむわけもない。
今、自分が退けば、その背後で何も知らずに楽しんでいる人々を命の危険にさらすことになる。

「退けませんわね、武装審問官と教会の名にかけて」
「ふーん、さすがは、ってとこだね、白鳥審問官。今は圧倒的に多くても、やつらの数は無限じゃない。あと数十体も倒せば、missionコンプリート♪」

誰とはなくに呟いた瑞科の言葉を聞き取ったらしき黒マントはがんばれ、がんばれと手を叩き、彼女の死角になる街灯の上に腰かけて、愉快そうに、その戦闘ぶりを楽しむ。
全て予定の通りに進んでいる。多少の修正はあったが、この武装審問官の強さは並みのレベルではない。
大げさではないが、教会最強、なのは当然だろうと、思う。
これならば、適当に呼び出し、極大化させた最下級の魔物たちは一掃されるのも時間の問題。
彼が想定した第2missionは完了する。だが―

「さぁ、第3missionを開始かな?ケーキはまだまだ残っているからね」

瑞科が最後の魔物を砂礫に変えたのを見届けると同時に、黒マントは再び指を高らかに鳴らす。
ブンッ、と空気が振動し、幻想的なプロジェクションマッピングは前触れもなく消え、人々は残念そうに肩を落としたり、不満そうに鼻を鳴らしたり、愚痴りながら足早にそこから去っていく。
その流れに瑞科がほっと安堵の息を零しかけたその瞬間、会場中の天幕が音もなく―まるで何か巨大なものによって踏みつぶされたかのように、ぺしゃんこにつぶれる。
ぐにゃり、と、つぶれた天幕の上が陽炎のように揺れた。
その揺らぎの間から、大木の幹ほどはあろう異形の腕がずいっと突き出されたと同時に、不気味な唸り声が轟く。
家路を急いでいた人々にびくりと身体を震わせ、声のした方に視線を送り―のそりと姿を現したのは、下級悪魔―レッサーデーモンの群れ。

「ぐわぁぁぁぁぁぁあぁぁぁぁぁぁぁあああ!!」
「ひっ……うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
「にっにげろぉぉっっ!!」

天地を震わせる咆哮に人々は怯え、我先と逃げ出していく。
泣き叫ぶ幼い子。どこかで靴が脱げたのか、裸足で必死の形相で駆けていく青年、妙齢の男女。
握っていたはずの子供の手を放し、必死に名を呼びながら、探すも逃げ出す人々の波に飲まれてしまう。
世界を変えるのは、ほんの一瞬。わずかなきっかけで人々は冷静さを失い、目の前で展開される大混乱・恐慌状態に陥る。
人間とは本当に面白く―

「脆い物だな」

それまでの面白そうな声音とは違い、冷やかさを帯びた声で言い捨てると、黒マントは行動を開始した瑞科の動きを見る。
逃げ惑う人々の波を軽々と乗り越え、襲い掛からんとするレッサーデーモンと対峙するとはさすが、と思う。

「祭りは一瞬。陽炎だ。こいつらも倒せば、最終ステージだ。大いに頑張ってくれたまえ」

上から目線の意味深なの発言を残し、黒マントが風に消える。

一方、瑞科の戦闘は佳境を迎えていた。
蝙蝠を思わせる翼を広げ、鋭い爪を振り落すレッサーデーモンの攻撃を軽やかな動きでかわすと、手にした杖で無防備になった顎を思い切り叩き上げて、脳震盪を引き起す。
ふらつきだす目の前のレッサーデーモンの側頭部を容赦なく弾き飛ばすと、瑞科はそのままの勢いで身体を半回転させ、太腿に括り付けたナイフを引き抜くと、後ろから迫っていた数体のレッサーデーモンたちの急所に投げつける。
悲鳴も上げる間も与えず、一瞬にして砂礫と化していくレッサーデーモンたち。
それを踏み越え、瑞科はさらに襲ってい来るレッサーデーモンの脳天に杖を振り落す。
カエルがつぶれた声を上げて倒れ伏し、数秒後、同じように砂礫と化していくレッサーデーモンたち、一体一体に構っている暇などなく、手際よく、素早く倒していく。
華麗かつ優雅としか見えない動きで、次々と悪魔たちを倒していく瑞科。
けれど、その目が捉えていたのは眼前に迫る悪魔ではなく、誰もいない―蛍光管の切れた街灯だった。