コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談ノベル(シングル)>


唄う者・謳われる者―後編

最後の咆哮を上げ、鋭い爪を振り上げて襲い掛かってくるレッサーデーモンを、瑞科は苦も無くかわし、手にした細長い―表面に聖なる文言
を刻みつけた―銀製の杖を喉元に突き立てる。
柔らかいスポンジのように、深々と突き刺さる杖。
何が起こったのか、分からないと言いたげな目で瑞科を見下ろし―砂礫となって、霧散する。
それが最後の敵だった。
小さくため息を零すと、瑞科は地表にうっすらと積もった砂礫の山に背を向けた。

すでに日は落ち、空は闇に包まれているが、この静けさは尋常ではない。
それはそうだろう、と瑞科は思いつつ、空を彩る―凍れる銀の光を放つ月を見上げた。
地面に乱雑に捨て去られたカーニバルの装飾や軽食の残骸。
人々に踏みつぶされた天幕に屋台、倒れ、あらぬ方向に曲がった街灯や電柱。
昼に開かれていたカーニバルがいかに賑やかで、華やかで……平和な、楽しげな人々の笑顔に満ち溢れていたか。
それらを見ると、瑞科の胸は小さく痛めー顔を上げた。

「いい加減、出てきたらどうです?いつまでも隠れて見ているなんて、趣味が悪いですわね」

艶やかに微笑みながら、瑞科は素早く抜き去ったナイフを唯一立っていた街灯に向かって投げつける。
虚空を切り裂き、ナイフは街頭ランプの真上を通過するかに見えた。
だが、そこへ届く寸前。何か見えない壁に突き当たったのか、いや、空気の膜に突き刺さったのか。
ナイフは空中で制止し、やがて重力に引かれたように地面に落下した。

「危ないな〜いくらなんでも酷くないかい?白鳥審問官。君が優秀な武装審問官であることは充分わかったってば」

へらっ、と、誠意の欠片も感じられない声で困ったように答えながら、姿を見せたのは黒マントを羽織った人物。
深々と被った縁の長い帽子でその顔は良く見えないが、声の感じから、まだ年若い青年であることは察しが付く。
けれども、その人を喰ったような態度はいただけなかった。
笑顔を一ミリも崩さずに瑞科が微笑んだ瞬間、冷たい輝きを放つナイフが数本、青年の顔面すれすれを通過する。
だが、青年は驚くこともなく、余裕な態度でかわし―不意に深くかぶった帽子が大きく空を舞う。
同時に、ツゥーと頬を伝う真紅の、生ぬるい液体に気づき、青年は冷ややかな眼差しを瑞科に向けた。

「やってくれるね、白鳥」
「お褒めに預かり光栄ですわ、道化師―ピエロさん」

凍れる炎のような碧玉の目。背まで伸びた長い黒髪を緩く結わえた―やや童顔めいた青年を瑞科は全てを凍りつかせる目で睨み返した。

「ピエロ、ね……道化師なんて、やめてもらえるかな?どうせなら、マジシャンと呼んでもらいたいね」
「あら、貴方はピエロで十分ですわ。私たち『教会』に度が過ぎるおふざけな宣戦布告をしてくださったんですもの……ピエロでも勿体ない
くらいですわ」
「言ってくれる……ま、呼び名なんて、どうでもいいんだけどね」
「そうですか……ですが、我々からすれば、貴方は『道化』―ピエロですから」

変わらない笑顔でのたまう瑞科に、青年は小さく肩を竦め、瑞科に負けず劣らず、鮮やかな笑顔で返す。
同時に無数の魔法陣が地表に描かれ、不気味に輝く。

「なるほど。高位も高位……召喚魔術師だったわけですね」
「ご名答。悪魔召喚は十八番でね。気づいたら、かなり上級の悪魔まで呼べるんだよね〜実はさ」

軽い口調で話しつつも、召喚した大量の悪魔たちを従えて、見下ろすと、青年は右手を振り下ろす。
怒涛のごとく、瑞科に殺到する上級悪魔の群れ。
避ける間も与えられず、振り下ろされた上級悪魔の槍や戦斧を真面に浴び、やられた―かに見えた。
その刃が届く寸前、瑞科の姿は一瞬にして掻き消え、次の瞬間、上級悪魔の背後に回り込み、遠心力を加えた杖を側頭部に叩き込む。
大きくしなる杖の反動は凄まじく、牛2頭分ほどの大きさを持った上級悪魔の一匹を吹っ飛ばし―周りにいた悪魔たちも巻き添えになる。
無駄に巨大な身体を一回転、二回転と地面を転がり、上級悪魔たちは団子状になっていく。
ごろごろと転がり続け―ようやく止まった瞬間、地面から神聖な空気を孕んだ白亜の光柱が出現し、天空までも貫く。

「ギャッァァッァァァアアアアァァァァァァッ!!」

上がる絶叫に似た咆哮。
白亜の光に包まれた上級悪魔たちは瞬きする間に、真っ白な砂礫となって消え失せた。

「ふーん、すごいね〜さすが白鳥だね〜びっくりだよ」
「貴方も素晴らしい召喚能力ですわ。自我が強く高い知性を持つ上級悪魔から精神を奪い去り、完璧に操るなんて……驚きですわね」

一撃で群れを成した上級悪魔たちを吹っ飛ばした挙句、いつの間にか仕込んだ浄化の魔法陣に放り込んでくれるとは、やってくれる、と内心
憎らしく思いつつも、表にはせず、ふざけた態度で茶化して見せる青年。
けれども、瑞科が相手では役者が違う。
今まで最も美しく、嫣然と微笑みながら、杖を右手で軽々と回して見せる瑞科の余裕極まりない態度に青年の精神は逆立った。
優位に立ち、ゲームを司るマスターよろしく、瑞科たち駒を操っていた自分をコケにしてくるなんて考えてもいなかった。
プライドを傷つけられて、黙っていられるか、と怒りに任せて、青年が再び召喚を行おうとする。
今度は瑞科の周辺に魔法陣を出現させ、さらに強力な悪魔を呼び出さんとした。

「?!―おやめなさい!!いくら召喚魔術師と言えど、あれ以上の悪魔を立て続けに呼び出すなど危険な行為ですわっ!」

余裕を決め込んいたわけではないが、歴戦の勇者ともいえる瑞科に焦りなどなかっただけだったのだが、青年にはそれが気に入らなかったの
だ、と分かり、慌てて制止をかける。
気づいてはいないのだろうが、青年の魔力はすでに底をつきかけ、生命力をも蝕み始めていた。

「危険?ゲームの駒がいちいち逆らわないでよ。俺のシナリオにお前の勝利は存在してなー」

苛立ちをぶつけんばかり、毒舌を吐き出していた青年はふいに大きく身体を震わせたかと思うと、その場にうずくまる。
唐突な異変に瑞科は驚愕するが、かすかに感じた気配に息を詰めた。

「な……なんだよ、一体?俺、どうしたんだって」
(お前の役目は終わったよ。人間にしては退廃的で、良き人材、手駒であったが―魔力がないなら用済みだ)

唐突に脳内に響き渡った―遊びに飽きた幼い子どもの声。
その途端、肺が機能を失ったように、強烈な息苦しさに青年はもがき苦しむ。
ボッという音ともに、青い炎が立ち登り、その身体を包み始めようとした。

「ひっ……い、嫌だっ!なんだっていうんだよっ、俺は完璧にこなしていたはずだ。天才と呼ばれるほどに」

腕から、足から、全身の至る所から立ち上がる青い炎を前にして、青年は悲鳴を上げて地面に落ちると、炎を消さんと転げまわる。
だが、炎の勢いはとどまることを知らず、やがて大きなかがり火ほどの炎と化した瞬間、白銀に輝くナイフが突き刺さる。
何の影響も与えない、と思われたが、ほんの一瞬、収縮し―次の瞬間、突如爆発を引き起こし、意思を持った生命体のように、青い炎は青年

の身体から離れ、空中に浮きあがる。

「いい加減、姿を見せたほうがよろしいのではないですか?魔界を統べる者―魔王・サタン殿?」

氷の刃を思わせる鋭い瞳で浮かんだ青い炎を睨みつけつつ、瑞科は気絶した青年を守るように立ちはだかった。
その手には、杖ではなく、左太ももに括り付けられた―特殊な洗礼を施したナイフを構えていた。

「うん。いいカンしているね、『教会』審問官。だが、惜しいね〜私は魔王ではないよ……ま、上級も上級に変わりなんだけどさ」
「では、誰だと?」
「答えるわけないだろ、審問官。召喚能力があるやつに下手なことを言えば、呪縛されることもざらじゃない」

炎から発せられたのは、出来の悪いコンピュータで作られた甲高い―子供特有の声。
予想が違ったことを指摘されつつも、動揺せず、重ねて問いかける瑞科だったが、馬鹿にした声が返ってきた。
充分に予想できたことだったが、瑞科は苦笑を隠せなかった。

「まぁ、いいよ。無駄に高度な召喚能力を持っていたこいつのお蔭で魔界は大迷惑だったんだ。で、その仕返しに、こいつに気づかれないよ

うに憑依してた……のは、気づいたみたいだね」

合格、合格、とおちょくってくれる声に、瑞科は答える気はないが、隙を決して見せなかった。

「ちょっと手を貸してやったら、見事な暴走ぶりで自滅ってとこだ。抹殺するつもりだったけど、勇気ある武装審問官に免じ、こいつは見逃

してやる……が、私が言いたいことは分かるだろう?」
「ええ、分かりましたわ。ですから、お帰りいただけますかしらね?」

ねっとりとした青い炎の声に瑞科は冷やかに応じ、ナイフを投げつける。
先ほどとは違い、投げた瞬間、ナイフはまるでバターのようにドロリと溶けて、空に消える。
一瞬の―沈黙の攻防。
見ている者がいれば、息が詰まるほどの激しさだったが、両者ともに意に反してはいない。
やがて、炎はゆるりと揺らいだかと思うと、溶けて消える。
完全に消え失せたのを確認し、瑞科はようやく息を吐き出すと、がたがたと震える青年の首下を掴む。

「これで全ては終わったと思わないことですわ。それ相応の罰を受けてもらうのは、世の中の道理ですから」
「ふ、ふざけんなっ!!俺は―あの青い炎に操られた被害者」
「ですが、宣戦布告を行ったのは、あくまで貴方の意思―大人しく罪を償いなさい」

ガタガタと震えていたとは思えないほど、強気で返す青年だったが、瑞科は一ミリも動じない。
おふざけであろうと、なかろうと、彼は二つの街を危険に陥れ、人々に仇をなした。
十二分に罪を償えとばかりに、青年の顔面すれすれに杖を突き立てた。
再び頬を伝う感覚に、青年は息を飲んで―この状況でも、嫣然と微笑んでみせる瑞科に白旗を上げた瞬間、耳をつんざくような爆音が響き、

眩いばかりのサーチライトが二人を包んだ。

「さぁ、参りましょう。貴方自身のためにも」

杖を肩に乗せて歩き出す瑞科の姿に、青年は完全に白旗を上げた。
空を支配する濃紺は未だ終わらず―瑞科は迎えに来たヘリを痛ましそうに見つめるだけだった。