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<東京怪談ノベル(シングル)>


真珠のアイドル


 SHIZUKUが、宇宙人に拉致された。
 外国に売り飛ばされ、手足を切り落とされた。
 変質者に殺され、スナッフ・ムービーを撮られた。
 行方不明となっている間、様々な噂が流れたようである。怪奇アイドルらしい噂が。
「うん。正解は『変な臭い液に漬けられてブロンズ像になっていた』なんだけど」
 岸辺の岩から海を眺めつつ、SHIZUKUは苦笑した。
「ま、忘れられるよりマシって事で……それにしても」
 軽く腕を上げ、袖を鼻に密着させてみる。
 コールタールの臭いが、まだ残っているような気がする。一応、フレグランスでごまかしてはいるのだが。
「もー、やんなっちゃう……だけど臭いがなくなるまでお仕事休みます、ってワケにもいかないもんね。いろんな人に、迷惑かけちゃったし」
 番組のための、新たな怪奇スポットの探求である。
 人間が真珠に変えられ、闇ルートで売られている。そんな都市伝説が、ここ最近、囁かれていた。
 人面真珠、と呼ばれている。人間の顔、それも苦悶・苦痛の表情が浮かび上がっている大粒の真珠。
 そんなものが本当にあって、しかも成分的に真珠と呼べるものであるならば、母貝が存在するはずである。
 それが、この入り江に棲んでいる。何者かに、飼育されている。
 そこそこ信頼の置けるネット情報屋の1人が、そんな書き込みをしていたのだ。
「人間を呑み込んで真珠に変える、アコヤガイ……ねえ。まあ臭いタールとかに浸けられるよりは、マシなのかも」
「本当に、そう思う? なら試してみましょうか」
 背後から、声をかけられた。
 SHIZUKUは振り返った。
 上品な和服姿の女性が1人、そこに立っていて、にこりと微笑んでいる。
 着物の柄は、五芒星や六芒星、様々な数字に十二宮のシンボル……魔法陣、のようである。
「ここ、私有地なのよね……立て札、あったと思うんだけど。気付かなかった? 怪奇アイドルさん」
「あ、ええと……ご、ごめんなさい。すみません、知りませんでした」
 SHIZUKUは、愛想笑いを浮かべた。
 ここは、とりあえず退散するべきか。それとも人面真珠を作るアコヤガイに関して、この女性からそれとなく何か聞き出してみようか。
 迷っている間に、SHIZUKUの身体は宙に浮いていた。
「え……ち、ちょっと……何これ……」
「私から何か聞き出す必要はないわ。自分で、体感して御覧なさい」
 魔法陣模様の和服を着た女性が、微笑んでいる。涼やかな両眼を、妖しく禍々しく発光させながらだ。
「私ね、貴女の体当たり怪奇現象レポートが大好きなの。いつかは、来てくれると思っていたわ」
 念動力か、あるいは魔力か。
 とにかくSHIZUKUの身体は、目に見えない巨大な手によって、海へ放り込まれていた。
 自分の周囲で、水飛沫が散る。
 直後SHIZUKUは、海水ではないものが己の身体を呑み込むのを感じた。海中に潜んでいた、巨大な何かが。
 SHIZUKUがまず感じたのは、生臭さである。魚介類特有の、強烈な生臭さ。
 水中であるはずなのに、悪臭を感じる事が出来る。
(何……これ、魚? じゃなくて貝……!)
 巨大なアコヤガイの中に今、SHIZUKUは閉じ込められていた。
 生臭さを発するものが、とろとろと自分の全身を包んでゆく。
 SHIZUKUは叫んだ。否、もはや声を出せる状態ではない。
(たすけて……イアルちゃん……)
 自分の身体が『肉体』から『物体』に変わってゆく。
 1度ブロンズ像に変えられたくらいで、慣れてしまうような恐怖ではなかった。


 覚えておいで。お前たちはね、世界中の魔女に狙われる。もう、逃げられないよ。
 以前とある魔女の一団と戦った際、死に際の台詞として吐かれた言葉である。
「あれから、魔女って連中とは何度も戦ってきたけれど……」
 ゆっくりと階段を上りながら、イアル・ミラールは呟いた。
「あのゴキブリみたいな連中……もしかしたら、一丁前に組織とか団体を結成してるんじゃないかって、思い始めてたところよ」
 階段を上りきった所に、ピラミッドを4つ逆さまにして並べたような形状の、奇怪な巨大施設がそびえ立っている。
 国内最大の、某展示場。その中央棟である。
 門前でイアルを待ち構えているのは、和服の似合う1人の女性だ。
 いくつもの魔法陣が柄として描かれた、奇怪な和服。
「イアル・ミラール……私たち魔女結社に戦いを挑んで、まだ生きながらえているとは見上げたもの」
 その魔女結社の一員なのであろう和服の女が、微笑んだ。
 美しい、だが中に潜む醜悪なものが滲み出ている笑顔だ。
「そろそろ本腰を入れて、お前を片付ける必要がありそうねえ」
「ふん……今まで、本気じゃなかったとでも?」
 言葉と共に、イアルは長剣を一閃させた。
 襲いかかってきた下級悪魔が、真っ二つに斬り捨てられ、様々なものを路上にぶちまける。
 広い階段のあちこちで、何体もの下級悪魔が、滑らかに斬殺された屍を晒していた。
 死屍累々とも言うべき光景を後にして、イアルはゆっくりと油断なく、和服の女との間合いを詰めていった。
 右手には長剣、左腕には楯。身にまとっているのはパーカーとホットパンツで、今は下級悪魔たちの返り血で点々と汚れている。
 この展示場では本日、美術品のオークションが行われる。
 その主催者に、いくらか怪しいところがあるから調べて欲しい。それが今回、イアルが請け負った依頼である。
 噂の人面真珠が出品されるかも知れない。依頼を持ちかけてきたアンティークショップの女店主は、そう言っていた。
「人面真珠、ね」
 イアルは、まず訊いた。
「まさかとは思うけれど貴女、その悪趣味なものを出品するつもり?」
「ふふっ……悪趣味、強欲、残酷、卑怯。私ら魔女にとっては、その全てが誉め言葉さ」
 傍にあるものを、左の繊手でそっと撫でながら、和服の女が答える。
 巨大な、真珠。丸まった人体ほどの大きさである。
 噂に聞く人面真珠、なのであろうが、その表面に浮かび上がっているのは人面だけではない。
 SHIZUKUの愛らしい美貌が、しなやかな肢体が、苦しげに捻じ曲がった状態で表れ出ている。
 真珠の表面に絵を描いたわけではない。真珠の内部から、SHIZUKUの姿が滲み出て来ているのだ。
 イアルがそれを確信したのは、臭いによってである。
 真珠全体から漂い出す、貝類特有の生臭さ。その中に、ほんの少しだけ、コールタールの悪臭が混ざっているのだ。
 イアルが、同居人の女教師と2人がかりで1時間近く洗ってやったのだが、1度2度の入浴で落ちるような臭いではなかった。
「出品するまでもないわ……それ今、私が買うから」
 言葉と共に、イアルは踏み込んで行った。
「お代を……受け取りなさいっ!」
「ふふん、お前の命で払おうってのかい!」
 魔女の全身が、禍々しく発光した。
 着物を彩る魔法陣の柄が、本物の魔法陣と化し、大量の下級悪魔を吐き出している。
 イナゴの群れの如く襲い来る下級悪魔たちを、イアルはまず楯で殴打した。
 鏡幻龍の力を宿した聖なる楯の表面に、下級悪魔が潰れながら貼り付き、剥がれ落ち、また貼り付く。
 凄惨な撲殺と粉砕の光景を断ち切るように、斬撃の光が走った。
 イアルの長剣。その一閃が、下級悪魔たちを真っ二つに斬り散らす。
 殴打と斬撃を逃れた下級悪魔が1匹、路上に着地して這いつくばり、下方からイアルを狙う。
 ホットパンツをぴっちりと瑞々しく膨らませた尻に、悪魔の牙が迫る。
 眼球を血走らせて牙を剥いた、その顔面を、イアルは振り向きながら踏みつけた。
 露出した太股が、むっちりと筋肉を膨らませながら、ぐりぐりと脚力を押し付けてゆく。ブーツと路面の間で潰れかけている、下級悪魔の顔面にだ。
 苦しそうな、どこか嬉しそうな悲鳴を迸らせながら、下級悪魔が絶命してゆく。
 痙攣する屍を踏みつけたまま、イアルは魔女の方に向き直った。
 魔法陣柄の和服が、ちぎれ飛んでいた。
 着物もろとも、魔女は人間の姿を脱ぎ捨てていた。
 巨大な臓物、のようでもある異形の怪物。その醜悪極まる姿が、無数の触手を凶暴にうねらせながら、イアルに襲いかかる。
 そして、止まった。
 無数の触手の、発生源。その中心部に、イアルの長剣が深々と突き刺さっている。鏡幻龍の力を宿した刃。
「お釣りはいらない……ミラール・ドラゴンの聖なる力、一括払いで喰らわせてあげるッ!」
 激しい光が、迸った。
 巨大な臓物が砕け、潰れ、ちぎれ飛び、光に灼かれて消滅する。
 SHIZUKUの、真珠と化した姿だけが、そこに残された。
 ミラール・ドラゴンの力をもってしても、彼女を元に戻す事は出来ない。依頼主であるアンティークショップの女店主を頼るしかないだろう。
『たすけて……』
 声が聞こえた。
 真珠が、微かな呻きを発している。
『たすけて……イアルちゃぁん……』
「大丈夫よ、もう」
 真珠と化したSHIZUKUを、そっと撫でながら、イアルは囁きかけた。
「すぐに、元に戻してあげるからね」
『そうじゃなくて……動けないのよ、運んで欲しいのよう……』
 SHIZUKUが、わけのわからない懇願を始めた。
『住所教えるから……このまま、ねえイアルちゃん。あたしを事務所まで運んでくれない? 噂の人面真珠になれたのよ! 番組のネタにしない手はないって』
「……転んでも、ただでは起きない子ね」
 イアルは溜め息をついた。
 今のSHIZUKUは、転んでいるのか起きているのか、わからない状態ではあった。