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<東京怪談ノベル(シングル)>


連鎖する呪い2

「周りに人がいないせいか自由に歩き回れますが、どうしよう………」
 海原・みなもは、普段学校の登下校で通い慣れている武蔵野の道をただ只管…行く当てもなく歩いていた。
「それにしても、よく知っている道なのに、こんなにも全然違うように見えるなんて」
 先程から見上げるばかりで居るみなもは、困ったように呟く。電柱が、建物が、何もかもが、普段よりも大きく見える事に戸惑いを覚えていたのだ。
 しかしそれもその筈だった。
 何故なら今のみなもは誰がどう見ても―――“小さな人形”だったのだから。

(「連鎖する呪い、か……」)

 みなもが人形と化したのは、つい先程のことである。
 学校の帰り道に落ちていた人形を『呪いの人形』とは知らず拾い上げたその時――短剣で突き刺されてしまった。そうして刺された瞬間、みなもの躰は小さく縮んでいき、一方の呪いの人形も大きくなりながら変身する。
 刺された人間は人形へ、刺した人形は人間へ。
 これはそうして繰り返し繋がれてきた呪いなのだと、みなもを刺して人間となった少女は言っていた。
 それが人形の呪い。
 そう。その少女も、元はといえば人の子。
 呪いの人形に刺され、呪いを掛けられた人物だったのだ。

「まさかこんな呪いが、世の中で巡っていたなんて、思ってもみませんでした……」

 短剣で人を刺して呪いを移せば呪いを解く事が出来る――。それは人によっては、あっさりと人を刺して容易に元に戻る事が出来るだろう。
 しかし、実際にはそれだけでは済ませられないケースが殆どだった。

 人に見られていると動く事も話す事も出来ない。それゆえ親や友人にも気付いてもらえず、ひとりぼっちになった孤独。
 人が乗った車を避ける事が出来ずそのまま跳ねられ、けれども壊れず、汚れない躰。
 人を刺す事を恐れ、躊躇っていた者程、精神を狂わせられ追い詰められていった。

 ―――そして人間に戻ることはできても、誰かを刺して呪いの人形へと変えた瞬間のことを何度も夢に見るのだろう。
 自分の所為で、誰かの人生を狂わせたのだから。
 忘れられないトラウマと、深い罪悪感、また人形に刺されてしまうのではないかという恐怖を胸に抱えたまま、誰にも言えずに生きていかねばならないのだろう。
 そんなふうに、みなもには感じられた。呪いの人形となった自分の躰には、沢山の人の残留思念が染み付いていたからだ。

(「不思議です……。あたしは、呪いの人形になってしまった彼女達の事を何も知らない筈なのに、彼女達の嘆きや苦しみ…悲しみの記憶が流れてくる……」)


 残留思念の中には、みなもを刺した少女の記憶も宿っていた。
 少女は初め、どうやら誰の事も刺せずにいたようだった。優しい子だったのだろう……けれど数々の苦しみに遭い、途方に暮れ、正気を失い、耐え切れなくなってしまって―――。
 とうとう心がぐちゃぐちゃになる日が訪れ、みなもを刺した。
 それ程の限界にまで追い詰められていたのだ。
 みなもは、人の気持ちをよく分かってあげられる優しさがあった。
 だから少女を恨むなんてこともありえないし、責めるなんてことはとんでもない。
 むしろ彼女達のような呪いの犠牲者をこれ以上出すわけにはいかないのだと、心から強く想い抱く。

(「この呪いは、あたしが止めないと……」)

 此処で誰かを刺して戻ってしまったら、悲しみが繰り返されるだけ。だったらそれ以外の方法で、なんとかするしかない。

 そう想いを巡らせた折だった。突然、鞘におさめていた短剣が微かに震えたような気がした。
 みなもは視線を落とし、そして眉を潜める。
 この短剣は、みなもの所持品では無かった。
 ―――これは呪いを掛けられた瞬間、気付かぬ内に握らされた『刺す為のモノ』だ。
 短剣は穢れを知らぬように綺麗で美しかった。
 だが……、
 不思議な不気味さを合わせ抱いていて、みなもにはどうにも不信感が募る。

(「あたしは……絶対にこの短剣には、頼りません」)

 そうして改めて強く決心を固め、気を取り直し歩もうとするだろう。
 ―――が。

(「あ……あれ………?」)

 突如躰が全く動かなくなる。
 すると同時に、不安が押し寄せてきた。
『人が来た』
 どうやら背後に人が居るらしい。
 呪いによって体は動けなくなるけれども、心はざわつきだす。
 ―――これも、残留思念だろうか。

(「足お……と…………」)

 誰かが近付いてくるのを察知すると様々な記憶が、思考を邪魔する。

『怖い、怖い』
『刺したくない』
『こっちに来ないで』
『刺したら元に戻れる……』
『どうしよう、どうしよう、どうしよう』

 誰かの声のような雑音に耳を塞ぎたくとも、手だては無い。
 その間にも足音はすぐ傍まで近付いて、軽い躰が浮き上がった。

(「……っっ!!」)

 心臓が止まりそうになるほど、締め付けられた。
 そしてくるりと反転させられ、自身を持ち上げた人物の顔を拝む事になる。
 ―――と、同時に。
 みなもは、自身を拾った人物との邂逅に希望を見出せた。

「珍しいね、こんな綺麗な人形の落し物なんて……」

 ―――碧摩・蓮さん。
 何処とも知れない場所の、特別な人間だけが辿り着けるというアンティークショップ・レンの店主であるチャイナドレスの綺麗なお姉さん。
 そこに置いてある商品は所謂、“曰く付きのもの”。
 そういったものを仕事半分趣味半分で扱っている蓮は、呪いの人形などそういったものには多く触れてきている人物だ。

(「気付いて貰えるかもしれない…!」)

 抱き上げている人形がみなもだとは未だ気付いていない様子の蓮に、みなもは必死に呼びかける。

(「あたしです! 気付いてください、蓮さん……!!)

 人前では声を発する事が出来なくても、届けと想いを込めて叫び続ける。

「……」

 蓮はほんの少し、何か引っかかる事があるような眼差しで暫く見つめていた。

(「……!」)

 もしかして気付いてくれたのだろうか。
 そのままみなもを連れて歩み出す蓮に期待を膨らませる。
 ―――しかし、その期待も虚しく。辿り着いた先は、近所の交番だった。
 こじんまりした交番には、お巡りさんが一人。そのお巡りさんに、蓮は声を掛けた。

「さっきそこで拾ったんだ。預かってくれないかい?」

(「そんな……っ」)

 蓮がみなもを交番に届けようとしているということは、人形がみなもであると気付かなかったということである。
 やはり誰がどう見ても、蓮が見ても、人形であるようにしか見えないらしい。
 相当強力な呪いであることを改めて、みなもは再確認した。

(「あたし……あたし……は………」)

 蓮とお巡りさんは、みなもの声等全く届かない様子で、此方に向きもしないで、ずっと話し続けている。
 それでもみなもは気付いて貰いたくて、叫ぼうとし続けていた。

 ―――が。

 その時、ふと、みなもの中で疑問が浮かぶ。


(「あれ……。あたし……何に気付いて欲しいんでしたっけ?)」



 そして、頭が真っ白になっていった。



 人形化の呪いは深く侵攻していた。
 自らが、『人間』ではなく『人形としてしか認識できない』という程―――………。

 鞘に収まったままの短剣はまた小刻みに震えていた。
 ――刺せ。
 と、言っているのだろうか。
 でもそれはみなもの心の隅に残るやさしさが現れてか、蓮やお巡りさんを刺す事は無いだろう。

 はたまた、
 ――自分を人形だと思い込んでいるみなもの様子に喜んでいるのだろうか。
 だとしたらとんでもなく厄介なものに、みなもは気に入られてしまったということだろう。

 どちらにしても、みなもはただ静かに、黙っていた。







「んー……」
「ん? どうされました?」
「いや、実はあたしは曰く付きの商品を扱う店の店主をやっているんだけどね。……もしかしたらこの子もそうかも? って思ったんだよ」
「……っと、そういったものっていうのは………?」
「―――呪いの人形」
「えっ…!!」
 お巡りさんは蓮の囁きに驚いて、身が硬直した。
 その様子を見て、「あはは」と蓮は笑う。
「冗談さ」
 そして視線を人形に落とした。
「―――冗談」
 蓮はとても意味深に、呟いていた。




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ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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たいへんお待たせしてしまい、申し訳御座いませんでした……!
そして納品までお待ち頂けた事を深く感謝しております。
こんにちは、瑞木雫です。
『呪いの連鎖』の続編を御依頼頂きましたこと、とても光栄におもいますっ!
「人形に変えられてしまった怪奇幻想な都市伝説への変身譚」、そしてミステリーファンタジーのような雰囲気を心掛けながら制作させて頂きました。いかがでしたでしょうか?
お言葉に甘え、心情面多めの描写の趣味嗜好を取り入れさせていただきましたので、お気に召して頂けるかドキドキしております。
もしも内容の中に不適切な点等御座いましたら、是非、遠慮なく仰って頂けるととても有り難いです。

御発注、ありがとうございました!!