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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


 彼女たちの日常


 何かに夢中になっている時の時間というものは、誰にとっても本人が自覚しているより素早く過ぎ去っていくものだ。それは、長い年月を生きてきたシリューナ・リュクテイアにとっても例外ではない。
「ああ、これはこのラインが一番の肝よね、さすが名工の作品だわ」
 シリューナはいつもの様に装飾品を眺めていただけである。いや、ただの装飾品ではない。名工の創りだした、美しい造形美と質感を持った素晴らしい作品なのだ。『ずっと見ていられる』『いくら見ていても飽きない』とはよく言ったもので、今のシリューナはまさにその状態だった――どのくらいそれを眺めていたかも忘れるほどに。
「……そういえば」
 ふと我に返ったその時――そのまま我に返らない可能性もあったかもしれない――彼女が思い出したのは、ファルス・ティレイラのこと。
 普段から妹のようにかわいがっている弟子のティレイラに、倉庫の掃除を頼んでいたのだ。闇を凝らせたような瞳でシリューナは時計の針を見つめる。ティレイラが掃除に向かってからかなりの時間が経っている(その間シリューナは装飾品の美しさに心奪われていた)のに、ティレイラは掃除終了の報告に来ていない。
「あの子ったら……まだ終わらせられていないのかしら」
 小さく息をつき、シリューナは手にしていた装飾品を丁寧に柔らかい布で包み、箱へと戻す。そしてゆったりと、かつ背筋を伸ばした堂々とした足取りで倉庫へと向かった。



「ああ、どうしましょう、全然片付きません!」
 パタパタパタ、ドタドタドタ、倉庫内をくるくると動きまわるのは小柄なティレイラ。綺麗な黒い髪にホコリがたかるのも気にせずに、ごちゃごちゃした倉庫内を動き回る。
「えーっと、あ、これは似たようなのがあったのであっちに持って行って、こっちのはあの棚に並べて……」
 誰に話すでもなくそれでも口に出しながら確認するのは、言葉にすることで自分の中で整理をつけているからだろう。思っていた以上に倉庫の中はごちゃごちゃしすぎていて、整理しながらの掃除はなかなかはかどり難かった。
 それでもティレイラは頑張った。明らかに最初より見通しの良くなった倉庫が、作業が進んでいる証。少し、安心する。時間がかかってしまっているのに全然進んでいないなんて、お姉さまにあわせる顔がないから。
「この棚もホコリがいっぱいですね。一度どかしてホコリを……いたっ!?」
 ここにあるのはどれもお姉さま大切なもの(のはず)。丁寧に丁寧に扱ってきたつもりだったが、オブジェの一つを移動させようとして手にしたオブジェに意識を注ぎすぎた。意識の及んでいなかった足が、何かにぶつかり、痛みを感じたティレイラの身体が傾く。手にしているオブジェだけは守ろう、とっさにそう思い、抱きしめて目を閉じたのだが。

 ガッ……ガシャン!

 ティレイラの身体の傾きは全体重をかけて棚に激突したことで安定を得た。だが激突された棚はぐらりと揺れ、そして間を置いて何かが落ちるような音が響いた。
「……!」
 嫌な予感がする。ティレイラはそろりと瞳を開けた。そっと視線を床に向ける。
「――っ!!」
 ああ、なんということだろう。大切なオブジェがいくつか、床に落ちているではないか。
「ど、ど、どうし……」
 ことの重大さは理解しているつもりだ。けれども今のは不可抗力で……傷などついてしまっただろうか。
「き、傷がついたり欠けてしまったりとか……」
 混乱のあまり、しゃがみこんでオブジェの状態を確かめようにも、怖くて手が出せない。自分が触れることで破壊が進んでしまったら、なんて思いもある。
(お、お姉さまになんと言ったらっ……)
 混乱と背徳感と絶望でくらくらしてくる。その時。

「ティレ?」
「!!!」

 倉庫の入り口から名を呼ぶ声に、ティレイラは飛び上がらんばかりに驚いて、立ち上がって右往左往するしかできない。謝る心の準備も、怒られる覚悟もまだできていないのだ。
 そんなティレイラの、あからさまにおかしい様子を見てシリューナが違和感を覚えぬわけがない。彼女の態度と床に散らばったものを見て、すぐに事態を理解した。
「ティレ、まずは落ち着きなさい。このオブジェたちは魔力が籠められた品だから、簡単には破損しないわ」
 シリューナが一つ一つオブジェを拾い上げていく側で、ティレイラが右往左往するのをやめた。ほっと、胸をなでおろしたのがシリューナにも伝わる。
「でもね、依頼人から魔法鑑定や修理のために預かった大切な物なのよ」
「……!」
 びくっ……ティレイラが跳ねるようにして、そして硬直した。
「けじめとして、いつものお仕置きをしてあげないとねぇ」
「あの、わ、わざとじゃないんですっ。他のオブジェを移動させてホコリを払おうとしたら、そのっ……」
 ニヤリ、シリューナの口の端が弧を描く。ティレイラに対するお仕置きはいつもの悪癖であり、かつシリューナのお楽しみの時間なのだ。
(言い訳で精一杯のティレの姿もかわいいわね)
 まだ言い訳を続けている彼女の姿を眺めつつ、石化の呪術を発動させる。足元、指先から徐々に石に封印されていくティレイラ。
「またお仕置きですかぁ……」
 毎度恒例のお仕置きではあるが、ティレイラは嘆きつつ石化されていく。言い訳が受け入れられることも、その間も与えられずに石となってしまうティレイラ。
「ふふ、嘆いたままのティレも可愛いわねぇ」
 ティレイラが石化したことで、静かになった倉庫内。木箱に腰を掛けてシリューナは石像と化したティレイラを、上から下まで舐めるように眺める。瞳はうっとりと、ティレイラだけを映して。その美しさにほぅ、と息をつく。
 手を伸ばして指先でそのくびれたウエストから太ももまでの曲線をたどれば、硬質な質感と滑らかな曲線が心地よい感触でシリューナの心を掻き立てる。
「あぁ……いいわ、ティレ……素敵よ」
 我慢ならずに立ち上がり、ティレイラとの距離をほぼゼロに詰める。言い訳と嘆きの状態で石化した彼女は、まさに『瞬間』を閉じ込めた奇跡の芸術品。
「最高に美しいわ」
 冷たい感触のティレイラの頬に触れる。唇が触れそうなほど顔を近づけて、そのすべてをあますところなく記憶に焼き付けようと舐めるように眺めて。
 綺麗な下肢に触れたり、角度を変えて鑑賞したり、いくら見ても『飽きる』という文字はシリューナの辞書にはない。
「この美しい瞬間を切り取ることができるなんて、さすが私ね。造形も最高だわ」
 少し悲しげな、諦めたような表情が物憂げで心揺さぶる。広がる髪の一本一本が描く弧もまた見事なバランスで、美に彩りを添えている。
 肩の丸みに触れてその美しい曲線にため息を付き、臀部から足への直線に見惚れる。
「やはり何よりこの表情よね」
 ポーズを決めたわけでもなく、見られることを意識していない自然の表情、その自然さがシリューナの心をそそるのだ。
「ああ……素敵」
 そうしてどのくらいの時間が経過しただろうか。シリューナはティレイラの石像鑑賞をやめる気配はなかった。
 シリューナにとっては時間など瑣末なものであり、自身が満足するまで愛でて、鑑賞するのが一番の愉しみなのだから。
「ほぅ……」
 感嘆のため息が、まだ少しホコリっぽい倉庫に響く。
 ティレイラが石化から開放されるのは、まだまだ先のことかもしれない。



                 【了】





■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■

【3785/シリューナ・リュクテイア様/女性/212歳/魔法薬屋】
【3733/ファルス・ティレイラ様/女性/15歳/配達屋さん(なんでも屋さん)】


■         ライター通信          ■

 この度はご依頼ありがとうございました。
 初めて書かせていただくということで、大変緊張いたしましたが、少しでもご希望に沿うものになっていたらと願うばかりです。
 この度は書かせていただき、ありがとうございました。