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<東京怪談ノベル(シングル)>


魔女の季節がやって来た


 ハロウィンというイベントが日本に定着しつつある、という事なのであろうか。
 あくまでイベントとしてだ。渋谷あたりで騒いでいるような連中が、ハロウィンの宗教的なルーツを理解しているとは思えない。
「なんて……こんな格好している私が、偉そうに言える事じゃないですけど」
 今回も、松本太一は女装をさせられていた。
 前回のハロウィンイベントが、どうやら好評であったらしい。
 ほとんど社命に近い形で『松本君、今回もよろしく頼むよ』という事になってしまったのである。
 正確に言うとしかし今、太一がしているのは女装ではない。
 着せられているチャイナドレスは、緑色と黄色を基調としている。言うまでもなく、カボチャをイメージしたものだ。
 そんな衣装に閉じ込められながら、豊麗な丸みを誇示する胸。これは詰め物ではなく、自前である。
 優美にくびれた胴から、むっちりと尻にかけて安産型に広がったボディライン。これは男ではどう化けても手に入れる事の出来ない、女の曲線だ。
 裾の裂け目からスラリと形良く露出した両脚には、1本の臑毛も生えていない。剃ったわけではない。
 今の太一は『夜宵の魔女』であった。女装をしているわけではなく、肉体そのものが本当に女性化している。とてつもなく広い意味においては、女装という事になるのであろうか。
『いつもながらノリノリじゃあないの。ねえ』
 頭の中で、女悪魔が笑っている。
 姿の見えない、強大なる存在。便宜上、悪魔という事にしてある。
 そんなものに取り憑かれてしまったおかげで、50歳近い松本太一という男が、こんなふうに若く美しい女性に変身する事が出来る。別に、嬉しい事ではないはずなのだが。
「ノリノリなわけじゃあないです……ただ、こうなっちゃったら楽しんだ者の勝ち、という気はしますけど」
 可憐な美貌を半ば隠すように、太一は羽毛扇子を開いた。
「それより……ちょっと重いですね、この髪型」
 頭には、カボチャが2つ生っている。
 いつもの黒髪を、今日は黄色に近い金髪にしてみた。
 ストレートだと物凄い長さになる金髪を、今は両耳の少し上あたりで団子状に固めてあるのだ。中国系の美少女キャラクターらしい2つの団子が、カボチャの形をしているのである。
「か、可愛いっすよぉお松本さん。イイなぁ〜」
 同僚の平社員たちも、今の太一と似たような有様であった。
 と言っても女装させられているわけではない。全員ハロウィンらしく、吸血鬼や狼男に化けている。ゾンビもいる。メアリー・シェリーの人造人間もいる。ミイラ男も死神もいる。皆、最初は単なる仮装であったのだが。
「松本さん、女装すると化けるって本当だったんスねええ」
「ウチの部署の女どもよりカワイイじゃないですかぁ〜。マジ本当の中国娘みてえ」
「お、俺もよぉお、何か本物の狼男みたいっしょ? ほらこの毛皮、もっふもふだぜぇ〜」
「ななな何かよぉ俺の口ん中、本当に牙生えてやがるんだよなああ。リアルで血ぃ吸えそう」
「俺の血ぃ飲めよ。血糊メイクがよおお、何か本物の血になってやがんだよなァ。うへへへへ血が、血が止まんねええええ」
「なあ、この馬鹿でかい鎌……本物じゃね?」
「俺の頭よぉ、何か本当にボルト刺さってんだけどぉ、まあ気持ちイイからいいやあ」
「まま松本さん、これ終わったら飲み行きましょうよ。何か俺の身体、包帯の下で本当に干涸びてやがるんすよ。喉乾いてしょうがねえ、ビール100杯はイケるぜぇえええ」
 仮装の狼男が、吸血鬼が、ゾンビや死神が、人造人間とミイラ男が、ハロウィンに沸く街を練り歩きながら、いつの間にか『本物』になっている。
 端麗な口元を扇子で隠したまま、太一は声を潜めた。
「……貴女の仕業、ですよね?」
『私は何もしていないわ。ただ情報改変力がね、貴女の身体から……ちょっとだけ、ね。だだ漏れしちゃってるだけよ』
「後で、元に戻してくれるんでしょうね」
 女悪魔は、答えてくれない。
 その代わりのように、足音がばたばたと近づいて来た。怒声と共にだ。
「見つけたぞ、魔女め!」
「堂々と恥ずかしげもなく、そのような姿で出歩くとは! 貴様、自身の行いがいかなるものであったのか全く理解しておらぬと見える!」
 所々に金属製の部分鎧が貼り付いた、ファンタジー系の白い衣服を着た男たち。
 聖戦士のようなものでも気取っているのであろうか。ハロウィンの仮装としては、いささか合わないと言わざるを得ない。
 そんな男たちが、杖のような槍のような武器を太一に向けてくる。
「また、貴方たちですか……」
 太一はとりあえず、羽毛扇子を畳んだ。
「でも……この人たちって、最初からいなかった事にされたんじゃ」
『同じような連中は、世界がどう改変されても湧いて出て来るという事よ』
 女悪魔が、面倒臭そうに言った。
『本物の魔女である、貴女がいる限りね』
「なるほど。魔女がいる限り、魔女狩りもなくならないと」
『どうする? 情報改変みたいな事じゃなくて、たまには物理的に派手に殺してみるというのは? 死体が残るような殺し方って私、あんまりした事ないから……久しぶりに見てみたいわ、人間の内臓が飛び散るところ』
「まあ待って下さい。この人たち、ちょっと気になる事を言っていました」
 魔女狩りに来た男たちと、太一は会話を試みた。
「私の行いが、いかなるものであったか……とは? 私が一体、魔女狩りに遭うほどの何をしたと」
「とぼけるな! 邪悪な力を用いて不当に利益を貪り、不当に人の運命を改変し! それを罪とも思っておらぬ!」
「……なるほど、あれですか」
 宝くじで、大金を当てた。
 己の妻を殺した男の、情報を改変し、その妻と最初から出会わぬようにした。
 少なくとも善行とは呼べないであろう、と太一も思う。
「何だ? てめえら。松本さんに変な因縁つけようってのか」
 吸血鬼や狼男たちが、太一を護衛する形に身構えた。
「ハロウィンだからって変な酔っ払い方してたら駄目だぞう、コラ!」
「まあ待って。この人たちの言い分、100パーセント間違ってるわけでもないですから」
 魔女狩りの男たちに、太一は扇子を向けた。
「殺したり、最初からいなかったりというのは、まあ勘弁してあげましょう……というわけで情報改変」
 魔女狩りの男たちは、消え失せた。
 代わりに、美しいラミアが出現した。可愛らしいハーピーが出現した。妖艶なサキュバスが、獣人の美少女が、出現していた。
「な……何よ、これ……!」
「ちょっと、元に戻しなさいよぉお!」
「それは、出来ません」
 喚く怪物の少女たちに言い放ちながら、太一は羽毛扇子を開いた。
「ハロウィンのコスプレとしては……あんな出来損ないの聖戦士よりも、そっちの方がふさわしいでしょ?」


 社命によるハロウィンイベントから、1ヶ月が過ぎた。
「松本さん……俺、生きてて良かったッスよ」
 人造人間が、声をかけてきた。あれから1ヶ月経つと言うのに、まだ頭に本物のボルトが刺さったままである。
「あの時ナンパしたラミアっ娘ちゃん、最近やっと普通に会話してくれるようになったんすよぉ〜」
「そ、そう。それは良かったわね」
 太一は、引きつった笑いを浮かべた。
 あれから1ヶ月経つと言うのに、自分の身体はまだ『夜宵の魔女』のままだ。
 見回してみると同僚の平社員たちが、1ヶ月前のままの姿で仕事をしている。
「うへへへへ、見積りが終わんねえ。血が止まんねええ」
「おおい、契約取れたぜー。何かモフモフさせたら喜んでくれた」
「こないだのクレーマー、死んじまったってよ。誰の仕業だー?」
「俺ー。この鎌で生命の糸ちょん切ってやった」
 見回しながら、太一は声を潜めた。
「あの……元に戻して、くれないんですか?」
『そうしたら、あの魔女狩りの連中も元に戻っちゃうわよ。ナンパに成功して、よろしくやってる人もいるのに、かわいそうでしょ?』  
 女悪魔が答えた。
『まあ、あれね……魔女狩り対策としては、上出来じゃないかしら。よく考えついたわね? あんなやり方』
「まあ何と言うか、ああいう人たちは出て来るでしょうから。対策みたいなものは一応、考えていたんですよ」
『魔女の魔女狩り対策、というわけね。何から発想を得たの?』
「……世界に冠たる、日本のオタク系創作物からですよ」
 溜め息混じりに、太一は答えた。
「モンスター娘っていうジャンルがありましてね。割と根強い人気があるんです、昔から」
『? 貴女の言ってる事、よくわからないんだけど……』
「ああ、無理にわかる事もないと思います。魔界とか天界の方々は」
 太一は苦笑した。
「貴女なんて……人外っ娘が大好きな萌え系クリエイターの人たちから見れば、格好の題材でしょうけどね」