コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談ノベル(シングル)>


甘い仕返し

 何とも言いがたい屈辱だ。
 成す術もなくあっという間に魔族の思い通りにチョコ化したティレイラは、固まって動けない間魔族の好き勝手な発言を聞きメラメラと怒りがこみ上げる。
 体が動くようになれば、すぐにでもあの魔族をこらしめてやるのに。
 一向に動かない体がもどかしく、同時に自分が情けなくも感じてしまう。
 ある日、反撃するチャンスはないのかと思っていると、ふいに指先が僅かに動く事に気が付く。
(……あれ?)
 分かるか分からないか程度だが、それでも最初の時よりも体が動かせた。
(これなら、いけるかも!)
 ティレイラは自分に魔力が戻ってき始めた事の手ごたえを感じた。
 ジワジワと体の中から湧き上がる魔族に対する怒りと、確かな魔力の戻りに体中を打ち振るわせる。その瞬間、パーンとガラスのはじけ飛ぶような音と共に、ティレイラの体を包み込んでいたチョコレートが粉々に四散した。
 ハッとなって振り返った魔族の表情は、驚きと同様に染め上がっている。
 ティレイラは背中の羽を大きくはためかせながら、魔族を冷たく睨みつけた。
「あなたの魔法チョコは無効化したわ! これまでの仕返し、たっぷり受け取ってちょうだい!」
 同様のあまりに動けなくなっていた魔族に飛び掛ったティレイラは、魔族の手から杖を奪い上げた。
「あ! 返せっ!」
 杖を奪われた事で呪縛が解けたかのように魔族が声をあげて、手を伸ばしてくる。
 ティレイラは奪った杖を弄びながら、クスクスと笑った。
「返せと言われて返す馬鹿がどこにいるのかしら!?」
 ニッと笑うティレイラに、混乱気味だった魔族は形勢逆転していることにようやく気付いた。そして杖を奪い返す事を諦め、くるりと踵を返しその場を立ち去ろうとする。
「逃げられないわよっ!」
 一心不乱に逃げ出す魔族に向け、ティレイラは杖を顔の前に構えて魔力を込める。ぼぅっと仄白い光に杖が包まれると、ティレイラは思い切り魔族に向かってその杖を振るった。すると、逃げ出した魔族めがけて鞭状に飛び出した魔法のチョコが、その足元を絡め取る。
「ひゃあああっ!!」
 情けない悲鳴をあげ、魔族は派手に地面に転がった。
 足元を捉えた魔法チョコは、見る間に固まり魔族の自由を奪う。
「あら、以外と簡単に扱えるのね」
 思いがけず簡単に扱えた事にティレイラは目を瞬かせ、感心したように杖を見る。
 これだけ簡単に扱えるのであれば、この魔族にも自分がされたことと同じ事が出来るのではないか……。
「……」
 ティレイラは地面に転がったまま何とかしてその場から逃げ出そうとする魔族を見つめ、目を細めてニヤリとほくそえんだ。
 我ながらなかなかの名案だ。
 足元を絡め取られて地面の上で転がっていた魔族は、ふいに視界が翳った事に気が付き動きを止める。そして恐る恐る視線を上げると、目の前にティレイラの足が飛び込んできた。
「!」
 驚いて目を見開き、慌てて顔を上げるとドキドキとしながらこちらを見下ろしているティレイラの姿が写る。その彼女の姿に、魔族は背筋が凍った。
「これだけ簡単に使えるなんて……。まぁ、それもそうよね、あなたのような魔族に扱える代物だもの。だから、あなたにも私と同じようにしてあげる」
「い、嫌だ!」
 嫌がって激しくもがく魔族に、ティレイラは問答無用で杖を大きく振った。
「ひぃぃいいぃっ!」
 情けない悲鳴を上げながら、魔族は杖から飛び出す魔法チョコを避けようと必死に動き回る。だが、思うように動けないだけに容易にチョコを浴びてしまう。
「嫌だぁあぁっ!」
 魔族は動かなくなりつつある体で、悲鳴を上げ続けた。
 そんなことなどお構い無しに、ティレイラは二度三度と杖を振った。そのたびに飛び出す魔法チョコは見る見るうちに魔族の体をコーティングしていく。そして瞬く間に艶やかな球体のチョコレートが出来上がったのだった。
「わぁお。感激〜!」
 ティレイラは歓喜の声をあげ、チョコの球体にそっと触れた。
 とても滑らかな触り心地で、うっとりするほどに甘い香り。思わず食べてしまいたくなる衝動に駆られてしまうが、まずはこの球体を砕いて魔族を象るのが先だった。
 杖の先でコツコツとチョコを砕いていくと、情けない表情の魔族の姿があらわになってくる。
「へぇ〜、これ、ほんとに凄いわ! こいつの心境が分からない訳じゃないかも」
 綺麗に象られた魔族のチョコレート。
 艶やかさは変わらず、綺麗な光沢を見せているチョコレートを前にティレイラの心は興奮して高鳴っていた。
「これ、どれくらい美味しいのかしら」
 ティレイラは魔族の顔や頭、肩や腕などあちこちに触れながらぐるりとその周りを一周する。
 おそらくこの上なく甘く、そして芳醇な香りに包まれ、それはそれは例えようのないほど素晴らしい美味しさに違いないだろう。
 見た目がこれだけ滑らかで美しいのであれば、その味は格別なはずだ。
 頭の中で描かれる美味しい空想に、ティレイラの顔は始終ほころびっ放しだった。