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<東京怪談ノベル(シングル)>


―流されて夢の島・5(Survive Ver.)―

 ジャングルに、雨が降り続いている。
 確かに晴天続きでは地表は乾き、砂漠化が進んでしまうので適度な降雨は必要だ。しかし、この雨は既に10日以上降り続いている。
「参ったなぁ、動物たちも姿を見せないし、増水した川には近付く事も出来ない。備蓄の食料も少なくなってきたし……」
 雨のもたらす恵みは素晴らしいものがある。が、過ぎたるは尚も及ばざるが如しとも云う。水分を多量に含んだ地面は緩く、川の土砂は押し流されて流路を変える場所もある。岩石に覆われた山はともかく、表土が剥き出しになっている山岳部は地盤の緩みが進んで崩れていく場所もある。そして流された土が低地に移動し、それが森林やそこに棲む動物たちを押し流していく。
 晴天続きで日干しになるのも困るが、緩い地盤に降りて泥だらけになるのも考えものである。煮炊きが出来る環境も確保出来ないし、自分よりも強力な海洋生物と遭遇した場合に身を守る術がない。それに第一、陸上の動物たちは勿論、川に棲む生き物や魚なども全て流されてしまう為、飢えを凌ぐ手段が無くなり生命維持活動に注意信号が灯るのだ。
「今までが恵まれた天候だったのか、それともこの世界には雨季があるのか……どっちでもいいけど、そろそろ止んでくれないと困るのよ!」
 元々がマーメイドである海原みなもにとって、水害自体は大きな障壁とはならない。濁流に流されても、水中で生活できる力を先天的に持っているからだ。が、今の姿は蛇女、水中での行動に適してはいない。無論、蛇の尾でも泳ぐ事は可能だし呼吸も困難ではないが、限度というものがある。
「このままだと、冗談抜きで地形変わるよね。自然の力、恐るべし……って、そんな事に感心してる場合じゃ無いのよ!」
 独り、孤独に暮らすこのジャングルの中で、みなもは己の無力さを嘆き、叫んでいた。突然訪れた予期せぬサバイバル生活、それをも脅かす自然の猛威。これにどう対抗すべきか彼女は悩み、そのキャパシティも限界に近付きつつあったのである。

***

「……あたしの巣は何処? 川は? 森は?」
 豪雨によって弱まった地盤を、あの後間もなく訪れた大地震が容赦なく崩して、行き場を失ったみなもが漸く辿り着いたのは強固な岩石で構成された山だった。この場所だけは、連日の豪雨にも耐えてその威容を保ち、洪水に流される事も無く避難場所となり得たのだ。
「妙にゴツゴツしてる……溶岩? 少なくとも、ゆっくりと土が硬化して出来た岩山では無さそうね」
 ゴロゴロと転がる大きな石、でこぼこの地面。彼女は嘗て、これと似た地形を火山帯の付近で見た事があった。大昔に噴火で溶岩が押し寄せ、海上に流れ出て出来た比較的新しい陸地。そこは人工的に手を加えないと非常に歩きにくい地形となっており、足許に注意して歩かないと直ぐに転倒して怪我をしそうな場所だった。
「間違いない、火山帯特有の地形だ。この岩山全体が、大昔に溶岩で出来た大地なんだ……」
 根を張る土が存在しない為、植物が育たない。頑強な地盤は大きな衝撃や風雪にも耐えてくれそうだが、何しろ地面が荒れていて、這いずって移動するしかないみなもにとって、そこは過ごしやすい場所とは言えなかった。
「水も引いたようだし、降りても大丈夫そうね。尤も、全てが洗い流された大地に、糧を求めるのも困難なのでしょうけど」
 陸上の小動物は、恐らく大洪水で流されてしまっただろう。が、海洋に出れば魚介類は捕獲できる筈。幸い、すぐ下に広がる水面は降雨によって出来た池ではなく、海のようだ。寄せては返す白波と、潮の香りがそれを物語っている。
 長期に亘る降雨で獲物を捕獲できなかった彼女は、早速水中を捜索し、海洋生物の捕獲に乗り出した。元は陸地のあった場所の土砂が洗い流され、形成された断崖絶壁なので海藻類は存在しないが、魚は水さえあれば何処にでも泳いでくる。彼女の狙いはこれだったのだ。
「火を起こそうにも、燃料になる薪が無いからなぁ……美味しくは無いけど、生で食べるしか無さそうね」
 断崖の中腹に見付けた洞穴の中で、みなもは風を凌ぎながら捕まえた魚を眺めていた。以前、海岸付近で目が覚めた後、直ぐに捕獲して食べた魚は何の味もしない、お世辞にも美味いと言える代物では無かった。が、天災によって追い詰められてしまった今、贅沢は言っていられない。海水を調味料代わりとして、捕まえた魚を生のまま貪って飢えを凌ぎ、水溜りの真水で渇きを癒した。漂流生活が始まって60余日、約2カ月。彼女の生活は更に厳しいものとなって行ったのである。

***

「ふぅ……慣れって怖いなぁ。あんなに不味いと思っていた魚が、美味しく感じるようになるんだから」
 いや、正確に言えば無味の魚に慣れた訳では無かった。捕獲する魚の種類が違うのだ。彼女が最初に捕獲したのは南洋特有の熱帯魚。元より食用に適した種では無かったのだ。が、いま捕っているのは鯖や鰹の亜種。生食しても充分に耐えるだけの味があるのだ。更に、彼女は海水に浸した魚肉を陰干しにして味を付けるなど、加工して変化を付ける工夫もしていた。サバイバル生活の中で目覚めた、生きるためのスキルである。
 彼女の住処は、原生林の中から断崖の洞穴へと移った。洞穴内に湧水も発見し、以前に比べれば文化的な生活を営めるようになっていた。が、一つの問題が片付けば、また別の問題が浮上するのが世の常というもの。海水に潜り、そのまま過ごすので、自ら分かるほどの悪臭を彼女は放つようになってしまったのである。しかも、唯一の衣類であったブラも既に擦り切れていた。
「んー、見る人も居ないし、ブラが無いのはどうでもいいけど、臭いのはちょっと……」
 流石に、これはどうしようもないと思えた。湧水を蓄えて体を洗う事も出来ようが、飲み水に困るような事があっては大事に障る。これは飽くまで飲用水、清潔を保つ為の物ではない。が、しかし……
「これは拙いな、外敵に遭遇した時に匂いで居場所がばれちゃう」
 彼女は迷った。が、また降雨でもない限り天然のシャワーも期待できない。
「悩んでても仕方ない、漁に出掛けましょう。食べ物の確保が第一だもんね」
 断崖を降りて、波打ち際から海へと飛び込む。そして獲物である魚を捕らえると、彼女は元の岸へと向かって泳ぎ出した。が、ふと、彼女の目に魚以外の獲物……タコが視界に入った。これを逃す手は無いぞと、みなもは全力でその影を追った。しかし、タコを追い詰めるうちに、彼女はふと、ある違和感を覚えた。
(水が温かい? 太陽は山の向こうなのに……)
 怪訝に思いながら、彼女は浜へと上がって行った。すると、海水が温かいという疑問の答えがそこに在った。
「ゆ、湯気!? ……そうか、温泉だ!! 山の上から湧き出して、この岩場に流れ落ちてるんだ!!」
 考えてみれば、この山は火山。水脈があるなら、それが暖められても不思議ではない。そして、その温水は岩のくぼみに落ち込んで、天然の浴槽を作り上げていたのだ。しかも、そこは遠浅の岩場となっており、陸には砂浜と洞穴もある。
 みなもは、捕まえた魚を浜に放り出すと、夢中でその湯に飛び込んだ。まさに、2か月半ぶりの温浴である。
「引っ越し、確定ね」
 彼女が数カ月ぶりに見せた笑顔には、自然と涙も浮かんでいたという……

<了>