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<東京怪談ノベル(シングル)>


命の工房


 ラミアは、太一の後輩である人造人間と、良い感じに仲を進展させているようである。
 サキュバスは、風俗関係の仕事に就いた。今では歓楽街の女王として、一夜で億単位の金を動かしているという。
 マンドラゴラは、芸能界に入った。頭に花の咲いたアーティストとしてカルト的な人気を獲得し、ライブでは失神者を続出させている。ファンに言わせると、その失神が癖になるらしい。
 スフィンクスは、太一の会社に就職するや否や、その明晰な頭脳で出世街道を驀進した。かつて松本太一の命を狙っていた聖戦士が、今では女性管理職として、太一などに構ってはいられないほど多忙な日々を送っている。
 その一方で、聖戦士としての自分を忘れられない者たちもいた。
「さあ殺せ! 殺せってば! さっさと殺しなさいよ魔女ども!」
「お前たちの実験動物にはならない! ペットにもならない! 早く殺せえええ!」
 ハーピーが、獣人の美少女が、魔法の鎖で縛り上げられた姿のまま喚いている。
 工房の主人である魔女が、いくらか興味深げに言った。
「ずいぶんと憎まれちゃってるわねえ新米ちゃん。この子たちに一体、どんな鬼畜な事やらかしたのよう」
「まあ、その……ちょっと、情報改変を」
 太一は軽く、頭を掻いた。
 今の松本太一は、48歳の男性サラリーマンではない。
 少なくとも外見は若く瑞々しい肢体を、紫系統の衣装に包んだ、『夜宵の魔女』である。
「元々、ちょっと誇大妄想気味な男の人たちだったんです。それがテロリストまがいの正義の味方になっちゃって、私の命を狙いに来て」
「なるほどねー。正当防衛を兼ねて……可愛くもない正義の味方どもを、可愛い人外っ娘に変えちゃったと」
 言いながら魔女が、1人の赤ん坊を抱いてあやしている。
 太一が連れて来た赤ん坊である。
「いいじゃない。そういう『技術の無駄遣い』的な魔法の使い方、嫌いじゃないわよん。ま、あたしなら潰してショゴスみたいなものに作り変えるか、生きたまんまフレッシュ・ゴーレムの材料にするか」
 まさしく、そういったものを作り出すための工房であった。
 あちこちに、拘束具付きの柱や寝台が設置されている。『鉄の処女』のようなものもある。
 工房と言うより、拷問部屋のようでもあった。
 そんな場所の主である魔女に、太一は恐る恐る訊いてみた。
「あの……その子を、どうなさるおつもりですか?」
「さあ、どうしましょうかねえ」
 小さな赤ん坊を優しく抱いて揺らしながら、魔女は笑う。
「ここが何を作ってる工房なのかは、聞いてる?」
「……使い魔、ですよね」
 何かしら『仕事』をしている魔女であれば大抵、携帯電話やスマートフォンと同じような感覚で持っているもの、であるらしい。
 そんな使い魔を、しかし太一は持っていない。
「私自身が……貴女の、使い魔みたいなもの。そういう事ですよね?」
『何て事を言うの。貴女は私にとって、かけがえのない存在なのよ』
 太一の言葉に、姿なき何者かが答えた。
『貴女は私にとって、使い魔なんかじゃなく……そうねえ、何がいい? 友達? 恋人? 姉妹?』
「……どれも勘弁して下さい、という感じですが」
「お気に入りのドレス、みたいなもの。そうよね?」
 赤ん坊を抱いたまま、魔女が言う。
 彼女の目には、姿なき者の姿が、見えているのかも知れない。
「この女のね、吐き気がするほどおぞましい正体を隠す……その役には充分、立っているのよ貴女。誇りに思いなさい」
『おぞましいものを剥き出しにして堂々と歩き回っている女に、言われたくはないわね』
 姿なき女性が、憎まれ口を返した。
 太一に取り付いている、女の悪魔。そういう事になっている。
 本人は悪魔であると言っているが、それは便宜上のもので、本当は悪魔だの天使だのといった安易なカテゴライズが不可能な存在なのであろうと太一は思っている。
『その赤ちゃん……本当に、どうするつもり? 使い魔の材料に人間の赤ん坊を使う、実に貴女らしい発想だとは思うけれど』
「……見てみたわ。本当に、かわいそう」
 明るくはしゃいでいる赤ん坊を抱き掲げたまま、魔女は悲しげに溜め息をついた。
「この子の、何通りかの未来を見てみたわけよ。がむしゃらに頑張って出世して、目下の人間をいじめて憎まれる。そんな未来ばっかり……人間として生きる限り、そんなふうにしかなれない子なのよねえ。人間じゃないものに作り変えてあげるのが、皮肉でも冗談でもなしに幸せなのかも」
「本当に……本当に、おぞましい魔女ども……!」
 縛り上げられた獣人の少女が、怒り、吼える。
「未来を見ただと!? そんな事が出来るものか! 未来とは人間が、己の手で切り開いてゆくものだ!」
「それを、幸せだ不幸だなんて勝手に判断して! あんたたちって一体、何様のつもりなわけ!? だから魔女とか悪魔って連中は許せないのよォ!」
 仲良く縛られたまま、ハーピーも叫ぶ。
 魔女は、ただ笑った。
「自分の運命を、自分で切り開く……ふふっ。そんな事、本当に出来るとでも思ってるの?」
「出来ないんですか?」
 太一は、思わず訊いた。
「やっぱり、出来ないんでしょうか……私も、人間として50年近く生きてましたから、実はそうなんじゃないかって最近よく思ったりしますけど」
「貴女なら新米ちゃん、そうね……ほんの少しだけ舵を動かして、運命の航路を微修正する。その程度の事なら、出来るかも知れないわね。でも、この連中には無理。こいつらの情報を改変したなら、わかるでしょ? こいつらが元々どういう情報を持っていたか。つまり元々、どういう連中だったのか」
 太一は、何も言えなくなった。
 太一が言えずにいる事を、魔女が容赦なく口にする。
「どんな仕事も長続きせず、それに対する言い訳をひたすら心の中で渦巻かせるだけ。匿名で好きな事を書き込むだけの日々を送っていた連中よ。自分の運命を自分で切り開くなんて事、出来るわけないでしょう?」
「そのくらいで……もう、そのくらいで。やめておいてあげましょう」
 太一は、控えめに言った。
 ハーピーも獣人少女も、俯いて泣きじゃくっている。
 魔女はしかし、なおも言う。
「そんな引きこもりの底辺生活者をね、そそのかして正義の聖戦士に仕立て上げた奴がいる……貴女、心当たりない?」
『あり過ぎて誰の事やら、という感じね』
 女悪魔が答えた。
『私に嫌がらせをしようなんて連中……天界にも魔界にも、大量に湧いているから』
「そういう輩と縁を切らせてあげるには、やっぱり人間やめちゃうしかないわけよ」
 言いつつ魔女が、太一に赤ん坊を手渡してくる。
「というわけで新米ちゃん。使い魔を、作って御覧なさい」
「……何で、そうなるんですか?」
「この人外っ娘ちゃんたちの出来を見ればわかるわ。貴女、使い魔作りの才能あるわよ」
 誉められているのかどうか、太一はわからなかった。
「貴女の能力は『情報』形式だからね。融通の利く混ぜ方、出来ると思うわ」
「はあ……やっぱり、混ぜるしかないんですねえ」
 元々は自分の会社の部長であった赤ん坊を、太一はとりあえず抱き上げてみた。
「使い魔、と言われても……一体、どんな子を作ればいいのか」
「まず何よりも『意思の疎通』ね。それが出来ないと、話にならないから」
 使い魔のスペシャリストである魔女が、アドバイスをくれた。
「使い魔の定番と言えば、まず黒猫とかコウモリとかの獣系。ちょっとした情報収集なんかをやらせるには便利だけど、複雑な指示を与えるのが難しいのよねえ。動物と心を通わせる系の、天然能力がないと」
「それじゃ私、たぶん無理です。もう50年近く、文明社会にどっぷり浸かって生きてますから」
「そういう人には、ゴーレムとか自動人形みたいな人系の使い魔がお勧め……なんだけど。この連中、意思の疎通はまあ簡単だけど意外に使い勝手が良くないのよ。黒猫とかと違って、小回りも効かないし」
「じゃあ、両方のいいとこ取りで」
 左の細腕で赤ん坊を抱いたまま、太一は右手を掲げた。
「ちなみに……獣系と人系の他には、何かありますか? 参考までに」
「爆撃武装したドラゴンやグリフォンの空軍を持ってる奴もいるけど……新米ちゃんには、お勧め出来ないわね」
「……モンスターの軍隊とかは要らないです。小回り重視で、いきましょう」
 優美な繊手を掲げたまま、太一は呟いた。
「というわけで情報還元、及び再構成」
 ハーピーと獣人少女が、泣きじゃくりながらキラキラと光の粒子に変わり、宙を流れ、赤ん坊に吸い込まれてゆく。
 太一の腕の中で、赤ん坊は、人間の赤ん坊ではなくなっていた。
 もふもふとした獣毛をまとう、仔犬か仔猫か判然としないもの。それが小さな翼をパタパタと動かし、太一の腕の中から脱出して舞い上がり、空中でキャッキャッとはしゃいでいる。
 女悪魔が、いくらか呆れた。
『小回り重視……と言うより可愛さ重視ねえ、これは』
「ちなみに育たないからね、これは」
 魔女が言った。
「大きくなって小回りが利かなくなったら、使い魔としての価値が薄れちゃうもの。頭の中身は人間の赤ん坊だから、教育次第ではお利口にもおバカにもなるけど……大きくは、ならないから。便利でしょ?」
「便利かどうかはともかく……育たないのは、いい事だと思いますよ」
 ぱたぱたと楽しげに飛び回る、小さな生き物を見上げ眺めながら、太一は言った。
「社会に出て頑張った挙げ句、他人に優しく出来ない人になる。もしくは社会に出て挫折して、引きこもったまま歪んでいく。そんな育ち方をするくらいなら……育たない方が、ずっといいです」