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<東京怪談ノベル(シングル)>


暗黒の邪神


 闇の中に、さらなる暗黒がうずくまっている。SHIZUKUはまず、そう感じた。
 まるでブラックホールである。黒く、そして丸い。
 大型犬ほどのサイズの、もふもふとした感じの黒い球体。そんなものが、祭壇の上に鎮座している。
 恐らくは祭壇であろう。石材かコンクリートか判然としない材質で、何やら宗教的な彫刻が施されている。
 部屋全体が、そのような感じであった。ようやく、目が暗闇に慣れてきた。
 都内の、とある高級クラブ。その地下に、神殿のような空間が広がっている。
 巨大な黒い毛玉を、神として崇め祀る神殿。
 SHIZUKUの、血が騒いだ。
「これは……オカルト系アイドルとして、手ぶらで帰るわけにはいかないってもんよ」
「それなら、お土産を持たせてあげたいところだけど」
 声がした。複数の、女の声。
 いくつもの優美な人影が、いつの間にかSHIZUKUを取り囲んでいる。
「残念、貴女を帰してあげるわけにはいかないの」
「こんなに早く、ここを嗅ぎ当てられるなんてね……芸能人の情報網を、少し甘く見ていたわ」
 頭にピンと兎の耳を立てた、美女の群れ。バニーガールの集団であった。
 SHIZUKUは見回し、とりあえず不敵に笑って見せた。
「ふふん……あたしの潜入捜査は、とっくにバレてたってわけね」
「だって貴女、匂うもの。そんな素敵な香りを振りまきながら、潜入捜査も何もないものよ?」
 バニーガールの1人が、笑った。
「コールタール臭と貝の生臭さを、フレグランスか何かで必死にごまかしてるみたいだけど」
「や、やかましい! あんたたちがね、あたしに変な臭い付けてくれた連中の仲間だって事は! 調べがついてんのよッ!」
 SHIZUKUは、バニーガールたちに人差し指を向けた。
「全員、魔女結社とかいう悪趣味集団の一味でしょう!? 人をブロンズ像に変えたり真珠に閉じ込めたり、好き放題やってくれちゃって! あんたたちの正体、徹底的に調べ上げて番組のネタにしてやるんだから覚悟なさい!」
「調べ上げるまでもないわ。私たちの事、そんなに知りたいなら教えてあげる」
 バニーガールの1人が言った。
 闇が動いた、とSHIZUKUは感じた。
 祭壇上の黒い球体が、微かに動いたのだ。
「私たちはバニー教団……偉大なる、黒うさぎ様の下僕」
 大型犬ほどの大きさの、黒い毛玉。それが、真紅の光を2つ灯した。
 左右一対の、赤い眼光。
 黒うさぎ様、と呼ばれた生き物が、SHIZUKUに向かって両眼を開いたのだ。
「さあ、貴女も……私たちと一緒に」
「神聖なる黒うさぎ様に、お仕えするのよ」
 赤い瞳が、じっとSHIZUKUを見つめている。
 巨大な黒い毛玉が、ぴん、と長耳を立てた。
(あ……うさぎ、もふもふ……)
 そんな思考を最後に、SHIZUKUの意識は、真紅の瞳に吸い込まれてしまった。


 私立神聖都学園の理事長は、まるで力士のように恰幅の良い初老の男性である。だが今は、やつれていた。
「だから私は、在学中の生徒が芸能界に入るなど……禁止は出来ないにせよ、認めたくはないのですよ」
 SHIZUKUが行方不明になったのは芸能関係のトラブルのせいだ、と思っているようである。
 やつれているのは、失踪した生徒を心配しているから。それもあるだろう。
 だが、学校側の管理責任を問う声に苛まれているのも事実であろう、とイアル・ミラールは思った。
 失踪した女子生徒の関係者を名乗って、イアルはここ神聖都学園を訪れた。
 SHIZUKUの行方が、全く掴めない。まずは、この学校から調べてみるしかない。
 ある1人の女性音楽教師が、イアルの身分を保証してくれた。だから理事長が、こうして応接室に通してくれたのだ。
「SHIZUKUさんが、学校内で何かトラブルに巻き込まれたり……そんな様子は、ありませんでしたか」
 きっちりと女性用スーツを着こなした身体でソファーに腰掛けたまま、イアルは訊いてみた。
「いやまあ確かに、わけのわからないトラブルに自分から巻き込まれちゃうような子なんですけど」
「わけのわからないトラブルですか。自慢ではありませんが、本校はそういったものに満ち溢れた所でありまして」
 理事長が、疲れたように笑った。
 わけのわからない事態は、確かに起こっている。イアルは見上げた。
 空中……応接室の天井付近に、得体の知れぬものが発生している。
 黒い、球体であった。
 闇そのものが、球形を成している。あるいは、黒い獣毛の塊にも見える。
 それは、空間に生じた穴でもあった。
 イアルがそう確信したのは、その暗黒の球体から、細身の人影が出現し降って来たからだ。
 それが、イアルと理事長の間で、テーブル上にふわりと着地する。
 兎の尻尾が、まずはイアルの視界の中央で揺れた。白桃のような尻に、ちょこんと取り付けられた、作り物の尻尾。
 イアルと比べて若干、凹凸の控えめな身体には、黒いレオタードがピッタリと貼り付いている。
 すらりと綺麗に伸びた両脚には、扇情的な網タイツ。黒髪の頭には、尻尾と同じく作り物の長耳。
 それは、1人のバニーガールだった。
 たおやかな両手で、刃物が光る。左右2本のナイフ。それらが、理事長に向かって一閃する。
「ミラール・ドラゴン! その人を守りなさい!」
 イアルの叫びと同時に、火花が散った。
 理事長の眼前に楯が出現し、バニーガールのナイフを弾き返したのだ。
「邪魔……しないでよ……」
 バニーガールが、イアルの方を振り向くと同時に襲いかかって来る。
「あたしはね、この理事長さんを殺すように言われてんの。標的以外の殺しは、出来るだけ避けたいの! それが殺しの美学!」
 これだけ巨大な学園を統轄する人物である。教育委員会のみならず、政界方面とも繋がりを持っているのかも知れない。だとしたら、命を狙われる事もあるだろう。
 そんな事はしかしイアルにとっては、もはやどうでも良かった。
 バニーガールの顔を見た、その瞬間。全ての事が、頭から消し飛んだ。
「SHIZUKU……! 貴女、一体何をやってるの!」
「気安く呼ぶな図々しい!」
 左右2本のナイフが、怒声に合わせて立て続けに閃いた。
 焦げ臭い火花が、激しく飛び散った。
 イアルの右手に出現した長剣が、SHIZUKUのナイフと激突する。
 その焦げ臭さを切り裂くように、間断なく斬撃が来た。
 SHIZUKUのナイフが、あらゆる方向からイアルを切り刻みにかかる。
 荒々しく揺れる胸の辺りで、ブラウスが裂けた。清楚なブラジャーの白さが露出した。
 タイトスカートが、すっぱりと切り開かれた。
 形良く膨らみ締まった太股が、その裂け目を押し広げて躍動する。
 疾駆に近い、踏み込み。それと共に長剣が一閃。
 SHIZUKUの両手から、ナイフが2本とも叩き落された。
「くっ……!」
 呻き、跳躍したSHIZUKUの細身が、黒い球体の中に消えてゆく。
「待ちなさい!」
 空間の穴が閉じてしまう前に、イアルも跳躍していた。


 時が止まったかのような、長い跳躍の後、イアルはようやく着地した。
 そこは、太古の神殿のような場所であった。
 祭壇がある。その上に、黒い球体が鎮座している。今、通り抜けてきた空間の穴を、何倍にも巨大化させたかのような物体。
 それが、真紅の瞳をイアルに向けている。
 ミラール・ドラゴンにも匹敵しうる、超高次元の存在。
 息を呑みながらイアルは、それを直感した。
 立ちすくむイアルを、大勢のバニーガールが取り囲んでいる。
「待っていたよイアル・ミラール。バニー教団へ、ようこそ」
「これまで我々が暗殺してきた者たち同様、お前も……神聖なる黒うさぎ様の、生け贄となるがいい」
「そこの無能者と一緒にねえ!」
 バニーガールたちが、無能者と呼んだ存在。それは祭壇の近くに立つ、少女の氷像であった。
 SHIZUKUが、凍り付いている。暗殺失敗の罰として、液体窒素にでも浸されたのであろう。
「暗殺を生業とする類の教団……私が元いた王国でも、珍しくはなかったわ」
 イアルは言った。
「教団を名乗る以上、どこも宗教的な御本尊を掲げていたけれど。大抵は、作り物の神様……でも、この黒いのは違う! 本物の、神様じゃなくてバケモノよ! 貴女たち、どうせ魔女結社の連中だろうけど! こんなものを拝むのは今すぐやめなさい!」
「黙れイアル・ミラール! 黒うさぎ様を冒涜するか!」
 魔女であり、暗殺者でもあるバニーガールたちが、一斉に襲いかかって来た。


「ん……あれ……」
 ベッドの中、イアルの腕の中で、SHIZUKUが目を覚ました。
「イアル……ちゃん……?」
「うさぎちゃん遊びは楽しかった? でもね、もう終わりよ」
 イアルは微笑みかけた。
 氷像となっていたSHIZUKUを地下神殿から運び出し、とあるホテルへ逃げ込んだところである。
 あのバニーガールたちは倒したが、黒うさぎ様には手が出せなかった。
 赤い瞳で、黒うさぎ様はイアルとSHIZUKUをじっと見送っていた。
 巨大な黒い和毛の塊が、ぴんと長耳を立てながら、にやりと笑っていた。イアルは、そう感じた。
 逃がしてもらった。お目こぼしを、してもらったのだ。
「ねえ、イアルちゃん……」
 SHIZUKUが、弱々しい声を発した。
「あたし……臭くなかった? いろいろ、フレグランスでごまかしてたんだけど……」
「ええ臭ったわ。だから解凍ついでにね、お風呂でよぉく洗ってあげたから。いろんな所を、ね」
「恥ずかしいなぁ……もうっ」
 しがみついてくるSHIZUKUを、イアルはそっと抱き締めた。