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<東京怪談ノベル(シングル)>


―流されて夢の島・6(Survive Ver.)―

 島全体を襲った集中豪雨により、地形が変わるまで被害を受けてから20日余り。偶然発見した温泉場を拠点として、新たな生活を始めた海原みなもは、徐々に島の自然に適応しつつあった。
 火山島ゆえに、湧水が温水となってそれが自然の浴場を作り、その傍には天然の洞穴がある為、身を隠すのにも不自由しなくなった。食料は主に海から調達し、時々山に登って植物を採取して来る。獣の姿は見る事が出来なくなったが、鳥は空を舞っている。その巣を探し当てれば、運が良い時は卵が手に入る。素材が手に入らない為、衣類が作れず素裸の状態である事を除けば、彼女の生活は以前に増して文明的になったと言えた。
「ン……体がムズムズする、何だろう?」
 その感覚に襲われてから半日、背中の皮膚が真っ二つに裂けたかと思ったら、彼女はそれを『脱ぐ』ようにズルズルと剥いでいった。所謂『脱皮』である。
「はー……まぁ、確かに半分爬虫類だし、不思議じゃないけど……でもあたし、完全にラミアになっちゃったんだなぁ」
 古い皮膚を脱ぎ捨て、下から真新しい無傷の皮膚が顔を出す。傷ついた跡を保護する為に増加した鱗も一緒に剥がれ、彼女の上半身はまた元の人間らしさを取り戻していた。しかも、その強度は以前より増した感じで、少々擦ったぐらいでは傷一つ付かない程の頑強さになっていた。
「体が奇麗になると、今度は曝け出しの胸が気になるなぁ。あたしだって、一応は乙女なんだから」
 彼女は考え込む。しかし、衣類を作ろうにも素材が無い。獣の皮でもあれば良いが、そもそも獣自体が先日の豪雨で全滅してしまったらしく、全く姿を見せなくなったのだ。これではどうしようもない……と思った刹那。みなもは今脱ぎ捨てたばかりの、己が皮膚に注目した。上半身部分は既に乾燥してカサカサになっているが、下半身の鱗はしっかりと残っており、充分な強度を保っていた。これを利用しない手は無い。
「まさか、自分の皮で服を作る事になるとは……って云うか、服と言うより鎧だね、これは」
 まず胸を覆うブラを器用に作成。獣の皮と違い『縫い合わせる』事は出来なかったが、強固な鱗に穴をあけ、木の皮の繊維で作った紐を用いて、貝殻のナイフで切り出し形成した胸当てを連結していく。これでブラは完成である。
 そしてみなもは、余った皮を利用して腕や背をガードする鎧を拵えた。以前は追加の鱗で覆われていた部分が、脱皮によってまた剥き出しとなった為、それを保護しようと考えたのである。完成したそれらを纏う事で、彼女の容姿はより『モンスター』に近い装いとなった。戦うべき外敵にも遭遇しないのに、である。

***

「あら? 魚の死骸かと思ったら……違う、これは……?」
 それは、細長い形状の貝殻を重ね合わせ、それを木の皮で巻いて作った入れ物であった。恐る恐るそれを開くと、中から意外な物が出て来た。木の皮に、何やら文字が書かれているようだ。
「『H・E・L・P』……って、これ手紙だ! 誰か他に、漂流者が居るんだ!」
 それは衝撃的な事実だった。この島での生活が始まって、既に2カ月が経つ。だが、今に至るまで、人語を操る他の種族には一度も出会った事が無い。しかし、いま彼女の手には、確かに人語を操る者の手による『メッセージ』が届いているのだ。
 彼女は改めて、島の外周を回るように泳ぎ、外観を確かめた。が、頂上から僅かな噴煙が立ち上る火山島である事、一時間程度で一周できてしまう小さな島である事、砂浜よりも岩礁が多く、波が穏やかである事……この、既に分かっている事を再確認しただけに留まった。人影はおろか、エネミーにすら遭遇しなかったのである。
「後は、この沖がどうなっているかなんだけど……この波の穏やかさは異様よね。防波堤でもあるなら分かるけど、そんな物は見当たらないし……あ、ひょっとして?」
 ある閃きの後、みなもは沖に向かって泳ぎ出した。遠浅で、海面からでも海底が目視できる程の水深しかない海は、波も穏やかで泳ぐには最適だ。だが、代わりに海洋生物の種類が限定される……この特徴を持った海を、彼女は知っていた。
 今までに、到達した事の無い距離の沖。島が小さく見える。そこでみなもは、『やはり』と納得していた。そう、その島の周りは岩礁に覆われていて、天然の防波堤によって大波から守られた、特殊な海域だったのだ。いや、正確に言えば、火山の噴火によって流出した溶岩が島の周囲を固め、この環境を作り上げたのだ……が、それはみなもの与り知るところではない。
「少なくとも、この岩礁一体にあたし以外のキャラは居ない……とすると、この手紙は外洋から流れて来たものって事?」
 考えられない事では無い。この岩礁の外にまで広大なマップが広がっているとすれば、逆にみなもの居る島がマップ辺境の離れ小島である可能性もあるのだ。が……
(沖に向かって旅に出るには、装備が足りなさすぎる。生身で泳いで、別の大陸まで辿り着ける自信も無い……でも、この世界に、あたし以外にもキャラが居る事は分かったんだ。それだけでも大発見だね!)
 と、此処で島を見失っては大変だ。みなもは体力の尽きる前にと、急いで島に向けて逆戻りを始めた。

***

「ふぅ……モンスターになったあたしが、こうして温泉で寛いでいる。滑稽だけど、アリだよね。半獣人にだってリラックスは必要だし、感情だってあるんだから」
 湯で体を洗うだけではあるが、これだけでも充分に清潔は保てるし、リラックスも出来る。何より、衣類の洗濯が出来るのでこれまでよりも長持ちするようになったのが大きな進歩だった。
 食料が海産物か植物にほぼ限定されるのは、慣れるしかないと諦めていた。偶に、鳥肉が手に入るとそれは大御馳走だった。
「ああ、良いお湯だった。これが天然掛け流しの温泉なんだから、考えてみたら贅沢だよね。外敵も居ないし、孤独感に慣れてしまえば、案外快適かも」
 などと考えていると、浜に打ち上げられた何かが目に入った。先日の手紙と同様、明らかに人工的なモノである。
 それは、木の板が釘で接合された、何かの外装のような物だった。が、この岩礁にそのような人工構造物は無いし、自分以外にそういった物を作ろうと考える知的生命体が居るとは考え難い。もしそのような存在があるなら、当の昔に邂逅している筈だ。
「これは……家の壁? いや……ひょっとすると!」
 みなもは、その推測にかなりの確信を持っていた。いや、そう考えなくては、先日の手紙やこの破片の説明が付かないからだ。そして岩礁と外洋の境界近くまで来ると、今度は岩礁の淵に沿って島の周りを回るように泳ぎ出した。すると……
(あった……やはり、この島は単なるマップの一角に過ぎなかったって事なんだね)
 そこでみなもが見付けたもの……それは、海底深くに没した船の残骸だった。恐らく、外洋を航行している際にこの島を発見し、接近を試みたが、強固な岩礁に船底を接触させ、浸水して沈没したのだろう。然もありなん、外洋海底と岩礁との高低差はかなりある。しかも、船の上からでは海底が急に浅くなっている様子など見えないだろう。
(あの手紙、もしかしたら……この船の乗組員が……?)
 だとしたら、生存者は一体どこへ行った……と、みなもの疑問は更に深くなっていくのだった。

<了>