コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談ノベル(シングル)>


―夢と現実と・5―

「こうして運び込んでみると……結構大きいのね。ベッドを置くって発想が無かったから、慣れるまで大変かも」
 SF映画に出てくる、冷凍睡眠カプセルのようなものを想像して貰えれば良いだろうか。楕円形をした、如何にも近未来的な様相を醸し出す外観を持ったそれは、彼女――海原みなも自身も呆れ返るほど、趣味の世界に入り込んだ仕様となっていたのだ。

***

 事の起こりは、数日前に届いたメールに端を発する。
「はぁ? ゲームシステムにより没頭できる環境をご提供……今のままでも充分なんだけどなぁ?」
 メールを読んだみなもが、まず発したのがその言葉だった。が、読み進むうちに、いつの間にか彼女は『毒されて』いたようだ。通販カタログやセールストークの巧みな文句に惑わされ、気が付いたら契約書にハンコを押しているという類のアレである。
「んー、確かにあの姿勢は危ないよね。ゲーム中は脳波がプログラムとシンクロしていて、肉体は放置状態になってるから……」
 つまり、椅子に座った状態でログインしてしまうと、その姿勢をキープしたままゲーム内に『入り込んで』しまう為、その間プレイヤーの肉体はプログラムによって制御され、着座姿勢を取った状態でゲーム機やパソコン等の端末を操作しているように見えるようになっている。これで一応は体裁が整っているように見えるのだが、仮にログイン中の肉体に他者が接触したりした場合、対応出来ないという事が問題点としてメーカーに挙げられていたのだという。
 そこで開発チームが対策を考えた末に『開き直って、ゲーム中ですよアピールをすれば良いじゃないか』と云う結論に至った、と……こういう事であるらしい。
「でもコレ、開発費とか相当掛かってるよね? レンタルだとしても相当……え? 無料!?」
 馬鹿な! と、みなもはメールを隅々まで熟読した。が、どうやら案内されている器具一式は完全無料貸し出しであるようだ。どう考えても過剰サービスだろう、そう考え至っても可笑しくは無い。
(必ず何か裏がある……β版の無料サービスだって、不完全なプログラムの所為で危ない目に遭ったし。今度もきっと……)
 等と考えている時に、突如真上から、真っ逆さまになった格好で声を掛けて来る者が居た。と、このような芸当が出来る者は、みなもが知る限り一人しか存在しない。そう、ガイド兼『お留守番』担当の彼女である。
「それは大丈夫だよー、少なくとも安全面に関してはね」
「……もうちょっと、気の利いた登場の仕方は出来ないんですか?」
 普通ならビックリするシチュエーションなのであろうが、みなもにとってはごく日常的な光景になりつつあった為か、彼女は眉一つ動かさずに対応していた。
「何だ、つまらないの……じゃなくて。今度推して来てるコレは、要するに『やるんなら格好から入ろうよ』的な奴だから」
「ユーザーがどんな格好でゲームしようと、勝手だと思うんですが」
 逆さまになって登場した所為で床に落ちてしまった帽子の埃を払いながら、黒装束姿の魔女――を模した擬人化AI――が、運営からのメッセージに捕捉を加える形で説明を始めた。
「そのセットが意図するところは、最初にみなもちゃんが考えた通りのリスクを軽減するものなのね。でも、今言った通りで、ユーザーがどんな格好でプレイしようと、それは自由なワケなんだけど……ぶっちゃけ、それじゃあ面白くないだろ! って」
「誰が考えたんです? それ」
「企画部長」
 その回答に、みなもは思わずマンガ的にズッコケてしまった。よもや、そんな偉い人がこのような下らない発想に至るとは、流石に思っても居なかったようである。
「偉い人って、暇なんですか?」
「そういう遊び心が無いと、こういう会社で偉いポストには座れないんだよ」
 座布団の上に胡坐をかいて、トレードマークである帽子をクルクルと回しながら、魔女はあっけらかんと答えた。が、その言に嘘は無いようで、無防備状態になっているプレイ中のユーザーの安全面を真剣に考えた結果、物々しいものが出来上がってしまった為、せめて外観だけでも遊び心を加えようという発想に至ったという補足が付け加えられた。
「い、一応、真面目に考えてはいるんですね?」
「そうだよー。それに、ミニスカで脚組んでごろ寝しながらログインしちゃったら、ぱんつ丸出しだよ? そこに誰か入って来ちゃったら、隠す事も出来ないんだよ?」
「そんなはしたない恰好、しませんから」
 そうは答えたみなもであったが、微かに頬が赤くなっている。身に覚えがあるのだろう。
「じゃあ、みなもちゃんはベッド型で決まり、と」
「え? ……ちょ、発注しちゃったんですかぁ!?」
「だって、寝転がってログインする事が多いんでしょ? 端末も携帯ゲーム機だし」
 ……とまぁ、このような経緯で、有耶無耶のうちにAIによって発注メールが作成され、自動送信されてしまったらしい。

***

「やっぱ、真ん中に置くしかないんだよね」
 当面、問題となったのはその配置であった。和室8畳の個室は、広さは充分にあったのだが、巨大なカプセル状のそれを壁側に寄せて置く事が出来なかったのだ。
 和室の中央に冷凍睡眠装置のようなSF的アイテムが鎮座するその構図は、一言で表現すれば『シュール』そのものである。しかし、誰に迷惑を掛ける訳でも無しと、そこは納得する事が出来た、のだが……もう一つ、みなもの頭を悩ませるアイテムが存在した。
「ログインする時、端末を手に持たなくても良いのは評価できるんだけど……」
 その代償として、銀色の全身タイツに着替えなくてはならないらしいのだ。
「この格好は必須なんですか?」
「仕方がないのよぉ、そのスーツがコネクター代わりになるらしいから。まぁ、ベッドとパジャマのフルセットってトコね」
「これ、ぱんつ丸出しよりも恥ずかしい気がするんですが」
 みなもはセットになっていた全身タイツを身に纏い、胸元と脚の付け根を手で隠しながら身をくねらせている。然もありなん、そのスーツは全身にピッタリとフィットする上に、厚みが極力抑えられたデザインになっているのだ。つまり体のラインがモロに出てしまい、そのまま外出したら間違いなく通報されるレベルの代物だったのである。
「大丈夫だよ。ゲーム中はコスチュームを纏うから、その恰好は見えないよ」
 確かにその通りだが……とは思ったが、この『昔の人が考えた未来人の姿』のような格好の我が身を見て、みなもは『はぁ』と溜め息を吐く事しか出来なかった。
 そしてその姿でカプセルに入り、実際にプレイをしてみたところ、操作性は以前と変わらず。しかし、今までに実害が出ていない為、装置自体に意味が無いという結論に至った。
「んー、アイディア自体は悪くないんだけどねぇ」
「プレイの度に着替えが必要な時点でアウトです」
「改善の余地ありかぁ。一部マニアにはウケてるみたいなんだけど」
「……こっちのヘルメット型の方はどうなったんです? 着替えなくて良い分、こっちの方が良かったんですが」
 そのツッコミを、魔女は目線を逸らしながらはぐらかそうとした。が、みなもの執拗な追撃を受け、遂に白状させられたようだ。
「女子に全身タイツは、男の浪漫だって……」

 その後、巨大なカプセルは全身タイツと共に返品され、みなものプレイスタイルが元に戻ったのは言うまでも無い。

<了>