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<東京怪談ノベル(シングル)>


クリアな海で人魚は踊る
「深夜にその公園を通ってはいけない。悪魔が、生け贄を探してさまよっているから」
 近頃、そんな噂が街では囁かれていた。この街には、都市伝説が溢れている。信憑性のない噂話、ありもしない出来事は尾ひれをつけて人々の間を行き交う。
 しかし、全てが嘘なわけではない。真実は、数多もの嘘を隠れ蓑にしながらも確かに存在していた。悪魔は闇に紛れながら人々を襲い、魑魅魍魎は自らの目的のために息を潜めている。だからこそ、白鳥・瑞科は今宵その公園に立っていた。

 強い風がふき、長く伸びた茶色の髪が揺れる。装飾の施された革製のグローブに包まれた手で乱れた髪を整えながら、女は公園内を闊歩する。膝まである編上げのロングブーツが地を叩く音だけが、周囲には響いていた。
 深夜の公園に人けはない。彼女の前には、闇だけが広がっている。
 夜の公園に、女が一人きり。しかも、ただの女ではない。スレンダーながらも女性らしい体にぴったりと張り付くシスター服を身にまとっているのは、ただそこにいるだけで人々の心をさらうような絶世の美女であった。身につけられた純白のケープとヴェールは汚れ一つついておらず、清らかな雰囲気の彼女に実によく似合っている。コルセットにより、ただでさえ魅惑的な胸は更に強調され女の魅力をより高めていた。
 まさに聖女といった言葉が相応しい出で立ちの彼女が、こんな夜更けに公園をただ一人きりで歩いている。良からぬ考えを持つ者にとっては、垂涎の獲物であろう。
 実際、闇夜に身をひそめていた影は彼女の事を食い入るように見つめていた。数えきれぬほどの濁った瞳が、瑞科へと狙いを定めている。
 しかも、その影の正体は人ではない。魑魅魍魎の類だ。この場所こそが、近頃世間を騒がせている悪魔が出るという噂の公園であった。
 黒い翼を羽ばたかせる事なく宙を自由に舞いながら、その異形達は一斉に彼女へと襲いかかる。
 突然の奇襲。自らへと襲いかかる怪物達の姿を、女の瞳は捉える。しかし、彼女がその瞬間浮かべた表情は絶望や恐怖ではなかった。
 扇情的な唇は弧を描き、その宝石のように輝く瞳は歓喜に細められる。微笑みを浮かべた瑞科は、闇夜から襲いかかってきた異形へと恐れる事もなく告げた。
「釣れましたわね。さぁ、懺悔のお時間ですわよ!」
 全ては彼女の計画通りであった。聖女は自らに与えられた任務を遂げるために、自身の体を餌にしてせん滅対象である敵をおびき出したのである。
 目にも留まらぬ速さで、瑞科は剣を振るう。切っ先が敵の事を捕え、その体を切り裂いて行く。
 次いで、宙を舞うその体を抉るように、繰り出されたのは鮮やかな蹴り技。瑞科が得意なのは剣技だけではない。その女性らしい魅力に溢れた肢体を使った近接格闘術においても、彼女は常人を超越していた。
 休む暇すらも与えず、女は次の一手へと移る。繰り出された回し蹴りが、数体の敵へと叩きこまれた。瑞科の動きには無駄がなく鮮やかだ。彼女が立てば、戦場すらも舞台と化す。観客がいない事が惜しくなるくらいに、女の戦いぶりは美しかった。
 グローブに包まれた拳が、流れるような動きで敵へと叩き込まれる。全てはシナリオ通りだとばかりに、その一撃は迷う事なく急所を貫く。
 悪魔……、否、正確には人々に悪魔だと勘違いされている異形は悲鳴をあげ、宙へと霧散した。
 瑞科はすでに気付いていた。彼奴らの正体は、悪魔ではない。 
 近い存在ではあるものの、その体に秘められし魔力の種類を誤魔化す事は出来ない。数多の戦場を駆け、強大な悪魔達を滅してきた瑞科の瞳は冷静に真実だけを見据えている。
 彼らの正体は、本来なら持たぬ力を無理矢理こめられ異形へと変えられた哀れな魚だ。今宵の敵は空を飛ぶ悪魔ではなく、縦横無尽に空を泳ぐ怪魚達だった。
「悪魔の正体見たり、ですわね」
 そのヒレは長く巨大で、ヒレというよりも翼のように見える。細く鋭い尾ひれは、さながら尻尾だ。恐らく、これが悪魔と勘違いされている所以なのであろう。
 元の生物を超越した存在である彼らには、えら呼吸も肺呼吸も必要ない。必要なのは酸素ではなく、人々の命だ。
『ゴチソウ……ゴチソウダ……』
 故に、怪魚は踊るように瑞科の周りを回遊する。鋭い牙を光らせ、極上の獲物へと狙いを定める。
「ディナーの時間には少し遅いのではなくて?」
 それに、魚に料理される趣味などない。料理するのはこちらのほうだ。瑞科は笑みを深め、再び剣を構えた。