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<東京怪談ノベル(シングル)>


二枚貝と真珠の像

 一人の魔女からの依頼を受けた。一見、ティレイラと同い年かと思える外見の少女だ。
「掃除、ですか」
「こんな事で依頼しちゃってごめんね。どうしても明日までに片付けなくちゃいけないの」
「……まぁ、その為のなんでも屋ですから。じゃあ、早速始めちゃいましょー」
 研究施設を兼ねているという豪邸の大広間。その空間を埋め尽くすほどの魔法具や分厚い書物がいくつも積み重なっている。
 魔法を扱う存在というのは、総じて片付け下手なのかもしれないと思いつつも、ティレイラは大掃除と言う名の依頼をこなすために行動を開始した。
 ちなみにこの魔女は、ティレイラの師である女性が営む薬屋の、常連の一人でもあった。
 当然、顔なじみという間柄でもある。
「ティレちゃん、今日は店長さんは不在なの?」
「ああ、はい。仕入れに出かけてて、戻るのは夕方だって言ってましたよ。だから今日は、お店もお休みにしてるんです」
「そっか〜。片付け終わったら買い物行こうかって思ってたけど、改めたほうがいいね」
 お互いに両腕に道具や本を抱え込みながら、そんな会話が交わされた。
 分厚い魔術書などは紙であるためにやはり重い。古い文字で綴られたそれらは、界隈では有名な本でもあった。
 オークションなどに出回れば、どれだけの値打ちになるだろう。
 そんな事を考えつつ、三冊目を持ち上げた所で、ティレイラの視界に飛び込んできた『ある物』が淡い光を放ったような気がした。
 巨大な二枚貝であった。
「ふわ……これ、凄いですね。何かの魔法具?」
「研究材料の一つなんだよ。真珠を生み出すアコヤ貝の巨大版みたいなものだね。中に入れたものが全部真珠になっちゃうから、ちょっと注意も必要だけどね」
「へぇ……。掃除終わったら、もうちょっと詳しく見させてもらってもいいですか?」
 人が一人入れてしまうほどの大きな二枚貝が、室内にある。
 その光景だけでも意外性が有り、充分に好奇心と興味が湧く。
 ティレイラが依頼人の魔女にそう問いかけると、彼女はすんなりと承諾の返事をくれた。
「よし、じゃあ残りも頑張りますよ〜!」
 俄然やる気を見せたティレイラは、そんな気合いの入った言葉を発してつつ、どんどん室内の物を片付けていく。普段から魔法具などの扱いに長けている為なのか、動きに躊躇いもない。
「いや〜ティレちゃんがいると本当に、助かっちゃうな〜」
 魔女は大きな壺を抱えつつ、そう言った。常に部屋に篭りがちで見るからに非力である彼女には、ティレイラのような元気で活発な存在は有り難いようだ。
 そんな彼女が、あまりの壺の重さにバランスを失った。中に何が入っているかは不明だが、とにかくそれは重いようであった。体がグラついたあと、足元に転がっていた銀杯に躓き、「うわ〜!」と声を上げつつジタバタと忙しなく上半身が動いて、何かにぶつかる。
「え、わわ……っ!」
「……っ、ティレちゃん、ごめ……、!?」
 どん、と体と体がぶつかる感覚がした。
 魔女の背が、丁度側を通りかかったティレイラに盛大に当ってしまったのだ。
 突然の衝撃に彼女は目を丸くすることしか出来ずに、その場から押し出されるようにして側面へと倒れこんだ。
 直後、ティレイラの視界が真っ暗になる。
「えっ、なに?」
 慌てて地面に手をつくと、そこには床の感触が無かった。あるのは何か柔らかく、冷たいものだ。
「な、何が……起こったの? これ、何なの?」
『ティレちゃん、大丈夫!?』
 魔女の声が、くぐもった響きで聞こえてきた。
 何かに阻まれているということが、それで理解できる。
 だが。
「……っ!?」
 その直後、ティレイラの体を何かが包み込んできた。
 一瞬にして全身が、薄い膜のようなもので覆われていくのがわかる。
「やだ、なにこれ……!?」
『ティレちゃん、今開けるから待ってて! さっきの貝が口閉じちゃったの!』
 必死そうな声が聴こえる。だがそれに、ティレイラは答えることが出来なかった。
 自分の体を覆う膜に遮られて、声を発することが出来ないのだ。
 これまでも似たようなことが、多々あった。
 今回もまた、その自体に陥ってしまったのだろうと思う。
 魔女が貝と言っていた。すなわち自分は今、先ほど見ていた二枚貝の中に閉じ込められているということだ。

 ――中に入れたものが全部真珠になっちゃうから、ちょっと注意も必要だけどね。

 脳内で、数分前の魔女の言葉が蘇る。
 ああ、今度は真珠になってしまうのかと思案して、出来る限りで藻掻いてみせる。
「うう……」
 声にならない響きを発して、数秒。
 逃げ出さなくちゃという気持ちとは裏腹に、肌に張り付く感触が心地よく感じてしまい、僅かに震えを起こす。
 美容液を含んだフェイスパックに似た感触であった。
 ティレイラの体を包む膜は、それから幾度も層を作り上げて、人の形をした真珠を作り上げていく。
 この状態から開放されるのは、果たして何日後なのだろう。
 そんな事を遠くで思いながら、彼女は意識を手放すのだった。

「ティレちゃん!! 無事!?」
 汗だくになりながら、魔女が貝をこじ開けたのはそれから数分後。
 返事のないティレイラを心配していたが、次の瞬間、その表情は歓喜の色に変わる。
「やだ、素敵……!!」
 目の前にあるのは、ティレイラであったモノの真珠の像。
 体のラインを綺麗に残したままの造形は、見事としか言いようのない美しさを醸しだしている。
「いいじゃない、ティレちゃん……! ああ、なんて素晴らしいの」
 魔女は興奮気味にそう言って、真珠の像に触れた。ひやりとした感覚が指先に伝わり、身悶える。
 思わずその指先から魔力が湧いて出そうになり、彼女はうふふと笑いながらもう片方の手でそれを制して、一歩を下がった。魔女としての本質は、なかなか厄介である。素晴らしい素材が目の前にあれば、例えそれが親しい間柄であっても、研究材料としてしばらく置いておきたい。
 もともと、この二枚貝にはヒトを使った実験を行ってみたいと思ってもいたのだ。
「タイトルはそうね……『巨大貝に封印されし者』とかがいいかな。ティレちゃんには悪いけど、次の査定のための研究にさせてもらっちゃおう」
 彼女はそう言いながら徐ろに両腕を上げて、二枚貝に向かって手のひらをかざす。先ほど制したばかりであったが、欲には素直なのか直後に魔力を放出して、ティレイラの真珠の像に目には見えないコーティングを施した。
「劣化しなように、ね……」
 言い聞かせるような言葉は、誰も聞き届ける者などいない。
 それでも魔女は気に留めずに、ニヤリとした笑みを浮かべて完成したばかりの真珠の像を、しばらくゆったりと眺めているのだった。