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<東京怪談ノベル(シングル)>


―流されて夢の島・7(Survive Ver.)―

 この絶海の孤島が無人島だとしても、海の向こうには誰かが居る……そんな希望を胸に抱かせる出来事があってから一週間。幻獣ラミアと化した少女・海原みなもは高台から遠くを見回す事を日課としていた。
「目に見える範囲には、陸地は見えない……相当離れているのね、一体世界のどの辺にあるのよ、この島は」
 獣人となった事により、人間に比して飛躍的に優れた戦闘力を無つようになった彼女は、同時に視力も格段に向上していたのだ。例えるなら、高性能な双眼鏡を備えた人間と同じか、それ以上の視力を持っている事になる。だが、その眼を以てしても、四方に見えるのは依然として海ばかり。人工構造物はおろか、この島とそれを囲む岩礁以外の陸地すら見えない。
(でも、あれは確かに人造の物だった。手紙にもしっかりと文字が書いてあった。居る、必ず居る!)
 彼女は確信していた。自分以外の誰かが、少なくとも一人はこの海の何処かで……いや、或いはこの島の何処かに漂着して、助けを待っている、と。
(だとしたら……あの手紙を拾ったのが一週間前だから、漂流したのはもっと前かも知れない。生きているとしても、そろそろ限界に近い筈ね)
 今の自分は幻獣と化しているから、余程の事が無い限りは命の心配はない。何しろ、現状に於いては外敵も居ない為、生命の危険があるとしたら、その要因は飢えと渇きだけだ。が、人間だとしたら……野獣に襲われれば一溜まりも無いだろうし、野宿生活も長くは続けられないだろう。
 とにかく、沈没船の残骸と漂着した手紙の存在で『誰かが居る』事を知ったみなもは、その捜索に全力を傾けていた。

***

「ぷぁっ! ……かなり酷い状態ね。船体は全く原形を留めていないし、遺留品も無い。潮流で流されたのね」
 天然の防波堤となっている岩礁の外は、かなり早い潮流が渦を巻く荒海だった。此処で船が難破し、船員が海に投げ出されたとしたら、助かる可能性はかなり低いだろう。
(今日も収穫無し、か。もしかしたら、あの手紙を投げた人も……もう居ないのかも知れないね)
 一度期待が大きく膨らんだだけに、その落胆ぶりも激しかった。可能性はまだゼロではない、しかし見込みはかなり薄い……もし、その人が救助を待っていたとしたら、そしてそれが間に合わなかったのだとしたら――いや、みなもに責は無いのだが、どうしても『助けられなかった』と考えてしまうのだ。何故なら、その近くに居て、その人を助けられる可能性があったのは、自分だけなのだから。
 水平線の向こうに、陽が沈むのも間もなくだろう。空はオレンジ色から薄紫色になりつつあった。暗くなれば、如何なみなもと云えども安全に住処まで帰るのは難しい。なので海に出るのは日中に限り、夜は可能な限り住処を離れない事にしていた。
 海から上がり、住処である洞穴に近付いていく。と、何者かの気配がする。殺気や敵意は感じない、だが確実に何かが居る。
(猿? いや、獣はあの大雨で全滅した筈……じゃあ鳥?)
 恐る恐る、物音を立てぬようにジリジリと洞穴に近付く。すると、ゴソゴソと音がする。やはり何かが居る。
(敵じゃありませんように……)
 その願いを込めて、思い切って物陰から内部を窺う。と同時に、内部に居た相手も、此方に気付いたようだ。
「ご、ごめんなさい!!」
「……人語?」
「泥棒するつもりは……でも、お腹が……」
 最初の一言で、最後の体力を使い切ってしまったのだろう。その声は段々と弱くなっていった。
「そんな事いいから! 食べ物ならあげる、だからしっかりして!」
 それは、無意識に出た言葉だった。相手が敵か味方かも、そもそも何者なのかも分からないのに。みなもは久しぶりに聞いた人語に感激して、夢中でその相手に近付いていった。
 彼女の行為は、利口だったとはお世辞にも言えない。もし相手に敵意があるならば、無防備に接近していったみなもは、反撃に遭って危機に陥る可能性があったからだ。しかし、その可能性は皆無だった。
「酷い怪我……脚が折れているのね、良く此処まで……」
「あ、あなたは……!?」
「少なくとも、敵ではないわ。安心して」
 みなもの前に横たわっているのは、人型をした女性だった。見たところ翼も無ければ、角も生えていない。
「熱があるわ……待ってて、冷やす物を持って来るから」
 女性は大腿部の骨を痛めており、這いずりながら移動を繰り返していたらしい。それが証拠に、身体の至る所に擦り傷が出来ていて、そこからうっすらと血が滲んでいた。
 みなもは女性に安静を勧めると、先ず折れた左脚を添え木で固定し、温泉の湯を冷まして身体を洗ってやった。その後で真水を与え、魚と海藻で作ったスープを飲ませた。
 女性はよほど安堵したのか、温かなスープで腹を満たすと、そのままスゥッと寝入ってしまった。

***

 三日三晩眠り続けた女性が目を覚ますと、その体には木の繊維で編んだ敷物が掛けられていた。それを見て、ああ、自分は助かったのだと実感したらしい。天井を向いたまま、無意識に涙を流していた。
「あ、気が付いたんだね!」
「!! あ、あの、助けて頂いて……」
「気にしないで、ゆっくり休んでいて。食欲はある?」
 その言葉を聞いて、女性は自分が空腹である事を思い出したのか。頬を染めながら、ゆっくりと頷いた。
「待ってて、いま食事を作っていた所なの。一緒に食べよう、ね?」
「有難う……」
 みなもは、兎に角嬉しかったのだ。自分は孤独ではない、この世界に一人生きる存在なのではないという事を、漸く知る事が出来たのだから。

***

「やはり、あの嵐の時に?」
「ええ。私たちの船は航路を外れて遭難していました。そして座礁して、全く動けない状態になっている所に、高波を喰って……甲板に居た私は放り出され、後の事は覚えていません。気付いたら、磯の岩陰に打ち上げられていました」
 そしてみなもは、彼女が自由の利かなくなった足を引き摺りながら必死に波を避けて逃げ惑っていた事、やっとの思いで木の皮にメッセージを書いて海に流した事などを知った。
「船で旅をしていた、と言ってたね? 何処から来たの?」
「私たちの船は、大陸にある港を出て、西へ西へと進んでいました。誰も到達した事の無い、謎の海域にある島を目指して」
 謎の海域……? と、みなもは目を丸くした。つまり、自分の居るこの島がそうなのか? と。そして、大陸があるという、その事実に。
「私は船乗りではありませんが、島に到達した後、外敵と戦う為の戦闘要員として乗り組んでいました」
「戦闘要員? あなた、戦士か何かなの?」
「ウィザードです。ただ、黒魔術専門なので、ヒーリング能力は無いんです」
 成る程、ただの人間なら船から投げ出され、岸壁に打ち上げられた時点であの世に行っているな……と、みなもは彼女が何故この程度の怪我で済んでいるのかを知り、納得していた。つまり、嵐の中で防御魔法を展開し、ダメージを最小限に留めていたのだろう。
「大陸……西にひたすら進んで来たと云う事は、ずっと東の方にあるんだね?」
「はい、東の大陸・アルマーナです。遭難して船が難破するまで、2週間ほど航海をしていました」
 実在しない大陸の名前を聞き、やはり此処は異世界……いや、此処では自分が異端な存在なんだなと、みなもは認識を改めた。

<了>