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<東京怪談ノベル(シングル)>


クリアな海で人魚は踊る(3)
 すらりと長く伸びた腕の上を、白いロンググローブが滑る。布が肌を撫でる微かな音が、室内の空気を震わせた。
 綺麗な装飾がされたそれがしっかりと自らの腕にはまった事を確認し、瑞科は次いで革製のグローブを手に取りロンググローブの上から装着する。手首までを包み込んだグローブの感触を確かめるように、彼女の美しい手は何度か開閉の動作を繰り返した。
 彼女の今の格好は、普段表向きの仕事をする時に着用しているスーツ姿ではなかった。瑞科の動きに合わせて、深いスリットの入った服が揺れ彼女の美脚が更に晒される。膝まである編上げのロングブーツと太腿に食い込んだニーソックスが、美しいコントラストを描いていた。
 腰の部分はコルセットできゅっと絞られ、魅力あふれる胸はますますその存在を主張している。女性らしい華奢な肩にかけられているのは、羽のように軽い純白のケープだ。そして頭には飴細工のように甘く香る髪を守るように、同じく真っ白なヴェールが揺れている。
 瑞科の身を包んでいるのは、そんな他者を魅了する色香をまとったシスター服だった。最先端の素材で作られた、特注の戦闘服。まさに戦闘シスターと呼ばれる彼女に相応しい衣装だ。
 この服に着替えた理由など、決まっていた。これから彼女は、戦場へと赴く予定なのである。

 先程、彼女は「教会」の上司である神父に呼び出されていた。彼の口から告げられたのは、次の任務の内容だ。
 とある、秘密研究所のせん滅。シンプルでありながらも、たった一人で行うにはあまりにも危険すぎる任務である。しかし、瑞科の顔に不安の色はなかった。むしろ、その整った横顔は堂々とした自信に溢れている。口元は、思わず見惚れてしまいそうになる程美しい弧を描いていた。自分自身の実力を疑わないところも、彼女の美徳の一つだ。神父もまた、彼女の力を信用しているのだろう。瑞科を送り出す彼の声に、迷いはなかった。
 着替え終えた瑞科は、最後の仕上げに愛用の剣を手に取る。特注であるその剣は、他のどの武器よりも瑞科の手に馴染むお気に入りだ。
 済んだ空のような青色の瞳が、僅かに細められる。剣の鞘を撫でながら、瑞科は先日の公園での事を思い出していた。
 今から瑞科が向かう研究所こそ、件の事件の黒幕のアジトだ。公園に現れる悪魔の噂は消えたものの、その元凶である者はまだ討てていない。
 生物に無理矢理魔力を注ぎ、怪物へと仕立てあげた罪は重い。命を弄ぶかのような残虐な行為は、優しき瑞科には到底許せぬ所業であった。
「キッチリと、裁きを受けさせねばなりませんわね」
 聖女はそう呟き、笑みを深める。その瞳には、必ず任務を成功させてみせるという確かな決意がこもっていた。

 ◆
 
 研究所への侵入は、予想よりもずっと容易であった。なにせ、見張りの類が一人もいなかったのである。
「罠、を疑うべきでしょうけれど……」
 あるいは、自分達が手に入れたアジトの情報が間違っていたのか。
 ……どちらも違うように思える。長年「教会」へと身をおいている瑞科の戦士としての勘は、そう告げていた。それに罠にしては、少々露骨すぎる。
 部屋の様子を見てみると、人が使った痕跡はあるというのに、怪物どころか人影一つすら見かけない。まるで急に世界から、人の存在だけが消えてしまったかのような、奇妙な違和感を感じる。
「もう少し、調べてみる必要がありますわね」
 少なくとも、この研究所には何かがある。このうす気味の悪い空間が出来るに至った、相応の理由が。

 しばし無人の研究所を探索し、彼女が見つけたのは地下への隠し階段だ。長い階段。明かりはなく、奥の方は闇しか見えない。
 その階段を、一段一段瑞科は慎重に降りていく。そのたびに、ロングブーツが床を叩く小気味の良い音が響いた。
「ここは……」
 ようやく階段を降り終えた瑞科は、辿り着いた先で目にした光景に目を見開いた。
 研究所の地下。そこにあったのは、一面の――海だ。
「どうやら、ここで怪魚を作り出していたようですわね」
 ふよふよと、何匹もの魚達がその海の中で泳いでいる。海と言っても、無論本物の海ではない。
 その部屋にあったのは、壁を覆い尽くすように佇む巨大な水槽であった。