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封印の石板
●倉庫部屋の大掃除
その日、シリューナ・リュクテイアとファルス・ティレイラは、様々な魔法道具を保管しているシリューナの倉庫部屋の大掃除をする事になっていた。
シリューナは棚に並んでいる道具を手に取るように確かめると、不用品として処分する。
――それは時を経て薄れてしまったのか、元来の魔力が失われてしまっている魔法の品だった。
魔法を消耗してしまった数々の品を片付けていくなら、棚は徐々にすっきりとしていくだろう。
「ふぅ……」
シリューナは一段落。少し休憩することにして、ティレイラをちらりと窺った。
今日のティレイラはエプロン姿である。
バレンタインデーのキュートなエプロンも素敵だったけれど、清潔感に溢れたナチュラルなデザインの今日のエプロンも素敵で、本当によく似合っている。
それに『お掃除頑張ります!』と甲斐甲斐しく一生懸命に意気込んでいるのも、可愛らしさを益々魅力的に輝かせていて、じっくりと堪能せずには居られない。
その内にもティレイラは水に浸けた雑巾を絞り、せっせと拭いて、どこもかしこもピカピカに。
どうやらティレイラは掃除が得意であるらしく、手掛けた所は全て完璧でとても綺麗になっていた。
「ティレのお掃除は本当に完璧ね。ぴかぴかにしてくれて嬉しいわ」
本心から感謝しながらシリューナがティレイラを褒めると、ティレイラはあどけない少女の様に眸を輝かせ――
照れたように頬を染めつつはにかみながら、嬉しそうに微笑んだ。
「もっともっと綺麗にしますね!」
敬愛する師であるシリューナが喜んでくれるなら、もっともっと頑張ろうとティレイラは気合いが入る。
そんな彼女の気持ちは漂う雰囲気だけでも一目瞭然で、
(「ああもう、可愛いわねぇ………」)
シリューナはそんなティレイラの健気さが可愛くて仕方がなく、めろめろだ。
親愛なる愛弟子の愛らしさで蕩けてしまいそうである。
そんな折、ふと。
「あ。そうだわ……」
シリューナは何かを想い出したかのように手を止めた。
「置き場が無くて別の部屋に保管していた魔法道具をこの部屋に運んでこようかしら。
暫く掃除を任せていても平気?」
「勿論! 任せていください」
尋ねられたティレイラは元気よく返事をして、承諾した。
「お願いね。――魔法道具は魔力が残っているものが殆どだから、扱いには気をつけるのよ。何かの拍子で発動してしまったりなんてしたら大変だわ」
シリューナは部屋を見渡す。
目で確認するだけでも、発動してしまうと厄介な代物が幾つかちらほら……。
一度発動してしまえば解く事が難しいものだって中には含まれている為、ちゃんと注意しているのである。
「はい! 気をつけますね……!」
ティレイラは、強力な魔法がもたらす効力を知らない訳ではない。
気を引き締め、こくりと頷く。
「じゃ、頼むわよ?」
素直なティレイラの反応にほっと胸を撫で下ろしたシリューナは、緩く手を振った。
そして道具を取りに行く為、倉庫部屋を後にして――。
「さ、続き頑張るぞー!」
ティレイラはきりっとしながら、大張り切りで掃除を続行。
シリューナが戻る頃にはもっと綺麗になっているように頑張ろうと黙々と再開したのだが――……事件は起きてしまうのである。
●封印の石板
頑張りもあって、倉庫部屋は十分美しくなっていた。
―――ピカピカキラキラ。
ティレイラは大満足を覚え乍ら達成感で満たされていた。
後残すのは、床掃除だけ!
一所懸命、雑巾で綺麗に床を拭いていく。
すると、大きな汚れを発見した。
「――! これは強くこすらないと取れなさそう……」
ティレイラは呟くと、ごしごしと雑巾で擦る。
だが案の定、
「うーん……なかなか取れそうにないなぁ」
頑固な汚れは簡単には落ちてくれそうにない。
なので力強く、
ごしごしごしごし……と腕を動かしていると――
ゴツンッ!
「あっ!」
ティレイラは付近にあった物に手がうっかり当たってしまった。
それは何かの支えであったようで……
嫌な予感を感じながら見上げてみると―――
「あぁぁ……!」
ティレイラは(「やっちゃったー……!」)と、慌てた。
綺麗で繊細な模様が描かれた石板が倒れ込もうとしている!
どうやらティレイラが当たってずらしてしまった物は、石板を支えていた物だったらしい。
石板は背丈以上にある大きなものだった。
だが丈夫なようで繊細なようにも窺えて、このまま落下してしまえば砕けてしまいそうな気もした。
この石板はシリューナの魔法道具……壊してしまうわけにはいかない、と咄嗟に受け止める。
全身を使えばなんとかなる筈……。
そう判断したティレイラは体を張って背中で支えた。
するとのしっとティレイラの背に圧し掛かる形になりつつ、とても重かったのだが踏ん張って、何とか耐えた。無事、落下を防いだようである。
「よ、よかったぁ〜〜〜〜……」
ティレイラは心底安堵した。
掃除をする筈が物を破壊してしまうという事態にならず済んだ事を思い、ふぅ、と一息。
……しかし、安心できたのは束の間。
次の瞬間にはある異変に気付いてしまうだろう。
「え……?」
ティレイラは石板からゆっくりと離れようとしたが、離れない。
それどころか密着していた背中がずぶずぶと泥の中に引きずり込まれていくかのような、不思議な感覚がする。
―――気付けば、ティレイラの背面が石板の中に既に埋もれてしまっていた。
「お、おねえさまー!!!!」
ティレイラは思わず大声で叫んだ。シリューナに助けを求めるべく、声の限り。
……そして暫くして。
「ティレ!?」
ティレイラの悲鳴を聴いて駆け付けたシリューナが到着。
何事かと心配しながら現場を窺った。
するとシリューナは一目で、現状を全て把握することだろう。
「うう、またやっちゃいました……っ! 助けてくださいっっ!!」
ティレイラがシリューナにお願いする。
しかし、シリューナは動じる事はなく、何処か楽しそうにティレイラを眺めていた。
「大丈夫よ、安心しなさいティレ」
「で……でもぉ……!」
ティレイラはゆっくりゆっくりとじわじわ石板に飲み込まれていっている。
助けて欲しいとシリューナに頼み込むものの、その返事は「大丈夫」という言葉が返るだけ。
「それは封印の石板よ。どうやら誤作動で魔力が発動してしまっているみたいね。
……ティレには可哀想だけど、一晩も経たないうちに魔法は消えるから、それまで我慢しなさい」
「そ、そんなー……!」
涙目を浮かべるティレイラ。
くすりと微笑むシリューナを見て――、どうやら今は助けて貰えないのだという事を察したようだ。
「お、おねえさまぁぁぁ………っっ」
石板の封印に抗う事が許されず、身を委ねる事しか出来なくて……
そして遂に躰の全てが石板に飲み込まれていってしまうだろう。
「ごめんね、ティレ」
助ける事だって出来たけれど、一時的な効果であるからこそシリューナには淡い期待があったのだ。
訪れる静寂。
シリューナは密かにわくわくしながら、その時を待っている。
すると……
平らだった石板は表面に段々と変化が現れ、ある美しい人物が浮き出してきた。
「まぁ………」
その彫刻レリーフのような芸術に、シリューナはうっとりした。
――かわいいかわいい、私のティレイラ。
慌てた様子で涙目を浮かべ、助けを求めているティレイラの姿が浮かび上がってきたのである。
石板はティレイラの造形を描くと、再び動かぬ石となった。
ティレイラを封印している内は触れていても引きずり込まれることはない――
シリューナは恍惚とした表情を浮かべながら、そっと石板に触れる。
じっくりと眺める瞳は情熱的で、高揚して零れる吐息は熱っぽい。
『……』
封印されて叫ぶ事は出来なくなったティレイラの頬を指先で優しく撫でてから、質感を確かめるように包み込む。
それは磨き抜かれた滑らかな石像そのもの――。
石板と同じ質感の石となったティレイラの美しさは、息を飲む程たまらなくて。
何処を触れても素晴らしく、何処を見つめても愛おしい。
シリューナの頬はいつのまにか高揚で薄らと火照り、石板に夢中になった。
「はぁ……なんて可愛いのかしら、あなたは」
もう…大好き! という想いが溢れ乍ら、吐息を漏らす。
宝物に触れるかのように大切に撫でながら、これ以上にない幸福感で満たされている。
こうしてじっくりとティレイラを楽しむ事が出来るなんて、なんと至福な時間なのだろう。
けれどこの姿のティレイラを楽しむ時間は限られている。
封印の魔法はいつか融けてしまう――
だからそうなる前に、じっくり楽しんでおかなくては勿体ない――。
折角の可愛いティレイラを今、存分に楽しまなくては。
シリューナはスケジュールの予定にあった大掃除等もう、後回しである。
細部まで美しい芸術を隅々まで堪能するのには、時間が幾らあっても足りないもの。一秒一秒を無駄にしたくないのである。
「お楽しみは逃すわけにはいかないわよね?」
目を細めて浮かべる微笑みは、優しさの中に不敵さを含む。
そうしてじっくりと、封印が融けるまでの間たっぷりと……ティレイラを満喫するシリューナなのだった。
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ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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こんにちは、シリューナさんとティレイラちゃんの絡みを書かせて頂ける事をいつも嬉しく思います。瑞木雫です。
お待たせいたしました、『封印の石板』いかがでしたでしょうか?
お任せと仰って頂いたお言葉に甘え、アドリブ満載で張り切って執筆した結果、このような感じに仕上がりました。お気に召して頂ける雰囲気であるといいなと願いつつ、祈るばかりです。
もしも不適切な点等がございましたら、遠慮なく仰ってくださいねっ!
御発注、ありがとうございましたっ!!
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