コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談ノベル(シングル)>


―流されて夢の島・8(Survive Ver.)―

 あたしの名前は、海原みなも……普通の中学生やってる、普通の女子だった……
 でも最近、それって夢だったのかなぁと思う事がある。だって、どう見てもあたしは半獣人のラミア。顔は記憶にある通りの物だけど、みなもって名前も、中学生だという肩書きも、何処かで聞いたなぁぐらいにしか印象にないんだよね。
 じゃあやっぱり、その記憶がいつか見た夢で、いま見てるこの世界が現実なのかな……
 ああ、もう分からなくなって来ちゃった……

「……さん? ラミアさん?」
「え? あー、ごめん、ボーっとしてた」
 彼女は、傍らに居る女性――と云うより少女か――に呼び掛けられ、ハッと我に返った。どうやら、深い考え事をしていたらしい。
「何を考えていたんです?」
「んー、あたしさぁ、どうやって此処に来たのかとか、何処で生まれてどう育ったのか、とか……良く覚えてないんだよね」
「もしかして、記憶を失った……とか?」
「それも分からないんだ。ただ、昔は人間だったような……そんな気がするの。友達も居て、楽しく遊んだ……そんなイメージがね、時々頭の中に浮かんで来るんだよ」
 で、今もそれを見てたんだ……みなもはそう呟きながら、水平線の向こうに沈みゆく夕焼けを眺めていた。その横顔は、遠い故郷に想いを馳せる旅人のような憂いを含んだ、寂しそうなものだった。
「あっ、ごめんごめん! ブルー入っちゃうよね。大丈夫、きっと夢を見たんだよ。それを思い出してるだけなんだよ……多分」
「ラミアさん……今、凄く寂しそうな顔をしてた。まるで恋人さんの事を思い出しているかのような……」
「えー? 無い無い! 恋人なんか出来た事ないし、大体あたしは幻獣だよ? ラミアにオスは居ないんだから」
 そう笑い飛ばし、みなもは努めて明るく振舞った。今は目の前に居るこの人を、元通りに動けるまで回復させてあげるのが、あたしの役目なんだ……そう思い込む事で、自分自身にも喝を入れていたのだ。
「ところで、もう痛くは無いの?」
「はい。傷は塞がりましたし、脚もしっかり固定して頂きましたから」
 彼女――ウィザードの女性が漸く体を起こせるようになって、一週間ほどが経過していた。
 幸い、傷口から雑菌が入り込んで病気を誘発するような事は無かったので、食欲が戻った時点で彼女の体は見る間に回復していった。温泉の成分に薬効があったのか、傷の治りも思いのほか早く進んでいた。
「……な、何か?」
「あ、ごめん。奇麗な身体だなぁって」
「やだ、あまり見ないでください……恥ずかしいじゃないですか」
 ウィザードは、慌てて胸元を手で覆い隠して俯いてしまった。女性同士とは言え、素肌を晒し合うのは躊躇いがあるらしい。しかし、彼女の肢体はみなももつい見惚れてしまう程、美しかった。顔かたちも整った美形であるが、衣服を取ったその姿は、そのまま美術品として鑑賞したくなる程に完璧な造形美を誇っていた。
「柔らかい肌……いいなぁ。あたしなんか、ほら。こんなに固いんだよ? これがオンナの肌か、っての」
 戦闘用に特化したその素肌は、木や岩に比べれば確かに柔らかく、血の通う生物らしく温もりもある。だが、本物の『女』であるウィザードと見比べてしまうと、やはり『化け物なんだなぁ』と思わざるを得ない。そんな哀しさが、再びみなもの表情に影を落とす。
「戦う者の体と、そうで無い者の体……違うのは当たり前ですよ。私は腕力に恵まれなかった、しかし身を守る為には力が必要だった。だから魔術を学んだ……それだけの事です。それに……」
 少し頬を朱に染めて、ウィザードがみなもににじり寄る。
「ラミアさん、こんなに大きな胸! 羨ましいですよ。私なんかホラ、幼児体形だから……」
「こっ、これは……無駄乳っての!? あっても仕方がないって云うか」
 今度は、みなもが慌てる番だった。ウィザードはピタリとその身をくっつけると、前振り無しで胸に手を伸ばして来たのだ。そしてやや拗ねたように『狡いですよ』と言わんばかりの表情を作りながら、しっかりとその感触を手に伝えている。
「ちょ、くすぐったいよぉ! もー、そういう子には……お返しっ!」
「キャ! だ、だからぁ、私の胸なんか触ったって、何の得にもならないですってば!」
 ……とてもではないが、サバイバルの最中であるとは思えぬ絵面だった。素肌を晒した女子が二人、温泉に浸りながら互いの胸を触り合っているのだ。それは、まるで旅行中のひとコマを切り取ったかのような、長閑で微笑ましい姿だった。
「ところで、貴女お幾つ?」
「え? あ、歳ですか? 13歳ですけど、それが?」
「13、歳……」
 その回答に、みなもはふと何かを思い出しかけた。が、それは波音に邪魔をされ、直ぐに脳裏から消え去ってしまった。
「……その歳で、これだけ出てれば立派でしょ! まだまだ成長期、これからだよ!」
「キャー! もぉ、一応コンプレックスなんですからぁ!」
 ウィザードは慌てて胸を覆い隠した。そしてみなもは『大きな胸、か……あたしがそう言われるなんて、変な気分だなぁ』と、違和感を覚えていた。

***

「港から2週間掛かった、って言ってたね?」
「はい。海が凪いだ時は船員さんがパドルで漕ぐ事もありましたが、殆どは潮流と風の力だけで進んでいました」
 すると人力に頼ったのは方向を定める舵のみで、推力はほぼ自然の力だけであったと考えて良いな……と、みなもはその証言を元にして、大陸から現在位置までの大まかな距離を算出した。あとは方角であるが、それもウィザードの証言から『ほぼ真東』という事が分かっていたので、太陽が昇り始める方向に向いて、空をどう通って西の空に沈むのかを観察すれば、南北の傾きも凡そ計算で求められる。船には方角を確かめる為の設備があったのであろうが、今ここにそんな物は無い。依って、太陽の位置から方角を割り出す天測に頼る以外に、彼女を元の港に送り返す術は無かった。
 食欲が出てくれば、当然ながら腹が減る。すると、食料も調達しなくてはならない。未だ脚を引き摺っているウィザードに、その役を負わせる訳にはいかなかったが、幸いにして目の前に広がる海は海産物の宝庫である。贅沢さえ言わなければ、飢える事はまず無い。しかし、同じものばかり食べていれば、当然ながら飽きて来る。
「……ゴメンなさい!」
 天を仰いだウィザードが、その手から光の矢を放って上空を飛ぶ鳥を射ち落とした。
「ひゃー、さすが本職だねぇ。鮮やか!」
「一応、攻撃専門の魔術師なので」
 軽く俯きながら、ウィザードは照れ笑いを浮かべた。どうやら彼女は、力を誇示する事は好きではないらしい。優しい女の子なのだなと、みなもはそこにも感心していた。

***

「怪我が治ったら、筏を作らないといけないね」
「ですね……飛ぶ事も出来ますが、見た感じでは途中に島は無かった。疲れた時、休める所が無いんです」
 地図も磁石も無い、全くの手探りで旅立たなくてはならないのだ。これは非常に大きな問題である。それに……
「治ったら、お別れなんだね」
「え? 何で……貴女も一緒に……」
 無邪気な一言であった……が、それが叶わぬ話である事は、みなもには分かっていた。
「だって、あたし……人間じゃないから」
 その一言は、二人の間に決して小さくない影を落とす事になった。

<了>