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刹那を愛でる何時迄も
シリューナ・リュクテイアは美術品や装飾品を好んでいる。時間を忘れて、鑑賞し続けてしまう程に。美しいそれらを、彼女は愛しているのだ。
今日もまた、名匠が創り出した美しい造形美と質感を持った装飾品の美しさに、彼女はうっとりと赤色の目を細めていた。長い指でそっと触れ、そのきめ細かな感触を楽しむ。どれだけ眺めていても飽きる事はなかった。愛するオブジェの数々に囲まれながら、シリューナは柔らかな笑みを浮かべる。
そうしてまた、時間を忘れてしまっていたようだ。ふと気付いた時には、時計の針はもう何周もし終えた後であった。
「あら、そういえば……」
魔法薬屋の手伝いにきた、弟子の事を彼女は思い出す。妹のようにかわいがっている彼女、ファルス・ティレイラは確か普段通り倉庫の掃除をしていたはずだ。「お任せください、お姉さま!」と明るく笑って彼女が掃除をし始めたのは、もう何時間も前の事だ。まだ終わりの知らせがこないだなんて、さすがにおかしい。
不審に思いながらも、シリューナは倉庫の方へと足を向けた。
◆
(そんな事だろうとは思っていたけれど……)
嘆息しながらも、シリューナは倉庫の中を見やる。
床に落下しているいくつもの装飾されたオブジェと、手をわなわなさせながら慌てているティレイラの姿がそこにはあった。
その光景を目にした瞬間、シリューナはすぐに状況を把握した。張り切って掃除をしていたティレイラは、調子に乗りすぎて棚にぶつかりオブジェを落としてしまったのだろう。
「ティレ……」
呆れたような溜息と共に名前を呼ばれ、ビクリとティレイラの肩が震えた。恐る恐る振り返った彼女は、顔を青ざめさせながらも言い訳の言葉を探しているのか何度か口を開閉する。
「お、お姉さまっ! こ、これは、その……違うんです!」
やっとの事で愛らしい弟子はそう口にしてみせたが、無論それでシリューナが納得するはずもない。
床に落ちたオブジェは、魔法で出来た品だ。簡単に破損する程、柔なものではなかった。けれども、魔法鑑定や修理のために依頼人から預かった大事なものである。
「その、もちろん、わざとぶつかったとかじゃなくて……ちょっと張り切りすぎちゃって、勢いが余ってしまったと言いますか、ええっと……」
「ティレ」
「は、はい!」
言い訳でいっぱいいっぱいなティレイラの姿もかわいらしい。シリューナは、まるで妹のようにかわいがっている弟子の姿にそんな事を思う。
しかし、失敗した弟子に師匠が与えなければならないものは優しさではない。こういう時に、厳しく接してこその愛である。
故に――。
(――お仕置きをしてあげないとね)
企むような不敵な笑みをシリューナが浮かべた事に気付き、ティレイラは目を見開いた。大きな赤色の瞳に、僅かに怯えの色が混ざる。
「お、お姉さま! ごめんなさいぃ!」
けれども、謝罪の言葉は間に合わない。そもそも、謝ったところでティレイラの失敗がなかった事になるわけでもないのだ。
シリューナの唇が、呪術を紡ぐ。まるで床に縫い付けられたかのように、ティレイラはその場から動けなくなった。師匠の石化の呪術の影響で、足の先から徐々に石化していっているのである。
「ああ、もう……またお仕置きだぁ……」
それでもなお言い訳の言葉を紡いでいたティレイラだったが、そんな嘆きの声を最後についぞ喋らなくなった。
否、正確には喋る事すら出来なくなってしまったのだ。封印が施された彼女の唇は、完全に石と化しもう自分の意思で動かす事は叶わなかった。
嘆いたままの愛らしい姿のまま、石のオブジェとなってしまったティレイラを見て、シリューナは「嗚呼……」と声をあげる。こらえていたものを吐き出すかのような、感嘆の声だ。
先程まで動いていたとは到底信じられない程に冷たい、石の造形。硬質で滑らかなその曲線に、シリューナは撫でるように触れる。指先に伝わる心地のいい感触に、感情が高ぶっていくのを彼女は感じた。
それは、先程装飾品を眺めていた時の比ではない。数々のコレクションを持つシリューナだったが、これ以上の物を他に知らなかった。
なにせ、これは刹那の奇跡。今しか見られない、かわいらしいティレイラの一瞬を閉じ込めたオブジェだ。この世に一つしか存在せず、二度と同じものを創る事は出来ない。今日だけにしか堪能する事が出来ない、最高の芸術品。
そんな造形を、独り占めにする事で眼福を得られる事が、シリューナの密かな楽しみだった。これを愛でる瞬間を、至高と言わずに何と言うのだろう。シリューナの視線が、指が、宝物に触れるように何度もそのオブジェを撫でた。
「ティレ……。貴女ば、本当に愛らしい子ね」
かちり、かちりと時計の針が動く。けれども、その音はもはやシリューナの耳には届かない。どれだけ時間が経とうが、どうだっていい。お楽しみの時間は、まだ始まったばかりだ。
シリューナ・リュクテイアは美術品や装飾品を好んでいる。時間を忘れて、鑑賞し続けてしまう程に。
今彼女の目の前にあるのは、どのオブジェよりも美しい最高の造形。名匠であろうとも創り上げる事は出来ない、究極のオブジェ。
……愛らしいそれを、彼女は愛しているのだ。
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