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<東京怪談ノベル(シングル)>


 イタズラ者の雪と氷


 そこは、春も近づいているというのにまだ雪を纏う山にあるホテル。ファルス・ティレイラがエントランスに足を踏み入れると、迎えに出た従業員がコートに付いた雪を刷毛で綺麗に払い落としてくれた。
 ティレイラはエントランスをぐるりと見渡す。外観から見た感じそう大きなホテルではないようだった。かといってこじんまりとしているというわけでもなく。エントランスに飾られた金古美のレリーフや飾り枠が、クラシカルな雰囲気を醸し出している。
「ようこそいらっしゃいました。私が総支配人です」
「あ……ティレイラです! どうぞよろしくお願いします!」
 奥の階段から降りてきた高そうなスーツを着た壮年の男性、彼が今回の依頼者だった。ティレイラはぴょんっと弾かれたように頭を下げる。
 このホテルは人里離れたところにあり、ゆっくりと静かに過ごしたいという客に人気があった。盛大な宣伝は行わず、シンプルなホームページと口コミによって集客数が保たれていたのだが。
「今日はお客さんはどのくらいいますか?」
「いつもならばこの時期満室になっているのですが……口コミとは恐ろしいものですから、キャンセルもあってお泊りは5組ほどです」
 苦笑して告げる総支配人。サービス業にとって悪いうわさが立つのはもっとも避けなければならないこと。ネットの普及が著しい今、悪い噂ほど凄まじいスピードで広がってゆくのだ。
「館内の見取り図をください。あとお客様お泊りになっている部屋を教えて下さい」
 ティレイラが告げると総支配人の指示で従業員が廊下を走っていく。
 このホテルは今、『悪い噂が立ってしまう』状況なのだ。普段は山奥にいてホテルに干渉してこない雪の妖精や氷の精霊たちが、ホテルの近くまで降りてきて、ホテルや宿泊客にイタズラをしているのである。それが1回2回ではすまず、このままではホテルの営業にも支障が出るということで、ティレイラが対処を頼まれてここまでやってきたのだった。
「お客様がご宿泊中の部屋にはマーカーで印をつけておきました」
「ありがとうございます!」
 従業員が手にした戻ってきた見取り図に、総支配人がピンクのマーカーで印を入れた。それが、ティレイラの手に渡る。
「ティレイラ様がいらっしゃることは従業員たちには知らせてありますので、館内のどこを歩かれても大丈夫です。ただ、できればお客様へ被害が及ばぬようにしていただければ」
「もちろんです」
 総支配人の言葉にティレイラは強く頷いた。お客様に被害が及ぶ前になんたか対処をする、それが最善なのはよくわかっているから。
「それではお部屋にご案内させていただきます」
 ティレイラの荷物を持った従業員が彼女を先導する。エレベーターに乗り込んで振り返ると、総支配人が深々と頭を下げているのが見えた。
(期待に応えないと……!)
 ティレイラの心にやる気がむくむくと湧き上がってくる。やはり頼りにしてくれる人をこの目で見ると、やる気の出方が違うのだった。



「ここはあなた達の遊び場じゃないんですよっ!」

――ボウッ!

 ティレイラの作った火球が、青白い裸の小人たちのすぐそばに落ちる。
「キィッ!?」
 甲高い悲鳴を上げて小人たちは廊下を駆けて行く。どうやらお客様の部屋の扉と壁の接着面を氷で固めて扉が開かないようにしてしまったようだ。
(館内は暖房がきいているけど……)
 いずれこの氷は自然に溶けるだろう。だが氷が溶けきる前にお客様が部屋の外に出ようとする可能性がゼロとはいえない。それにドアの下の絨毯はびしょびしょになってしまい、お客様は不審がるだろう。
(やっぱり溶かしておかないとだめですよね)
 ティレイラはそっと掌に炎を呼び出し、氷結部分へと近づける。クリームのようにとろりと溶けた氷は、壁を伝って床に落ちる前にしゅわ、と蒸発していく。一気に大きな炎で処理することも考えたが、高熱になりすぎて部屋の中のお客様に影響があったり、ホテルの防災システムが作動しても困る。丁寧にイタズラの後始末をし、ティレイラは小さく息をついた。
「よし、次です!」
 妖精や精霊達のイタズラはここ一箇所ではない。ティレイラは館内見取り図を手に、再び巡回を始める。

 ――うふふ、あははっ……!

「!」
 小さいが、確かに笑い声が聞こえた。ティレイラは走る。突き当りを右だ!
(たしかあっちにあるのは、娯楽室と談話室!)
 娯楽室兼談話室となっている広い部屋は、宿泊のお客様ならば出入り自由になっており、カードゲームやボードゲーム、テーブルゲームなどの他に新聞や雑誌や小説なども置いてある。ひとりでも、お連れ様同士でも楽しめるし、お客様同士意気投合する場合もあるようだ。
 部屋に近づくにつれて、二重三重にも可愛らしい笑い声が聞こえるようになってきた。間違いない、この中にいる。ティレイラは意を決して扉を開けた。触れたドアノブが異様に冷たい。
「きゃっ……!」
 扉を開けると、冷たい風と冷たいものがティレイラの頬を打った。一瞬目を閉じてしまったがまっすぐ視線を移せば、部屋の中には風花が舞っている――いや、そんな可愛らしいものではない、ふぶきかけているではないか!
 幸いにも、お客様はいない。いるのは、バレエのチュチュのような白い可愛らしい服装の妖精が3体。彼女たちが宙を回ると、吹雪が更にひどくなっていく。
「やめなさいー!」
 ティレイラは牽制の意を込めて火球を放った。3体の妖精たちの真ん中で、その火球は軽く爆発する。
「いやーっ! なにするのー!」
「それはこっちのセリフです! なんでこんなイタズラをするんですか!」
「やだーこわーい」
 くすくすくす、妖精たちはティレイラを馬鹿にしたような声を上げて、笑いながら姿を消した。ティレイラは急いで近くにあった内線電話を取る。この部屋の復旧を頼み、お客様たちに暫くの間使えないということを伝達してもらわなくてはならない。


 もちろん彼らのイタズラはそれだけでは済まなかった。厨房のすべてを凍らせようとしたり、エントランスに雪を積もらせようとしたり。リネン室に入り込もうとしたところを見つけては追い払い、お客様のいらっしゃる部屋の隣のバルコニーからイタズラしようとしている彼らを追い払ったり。
 ホテル内を一周や二周じゃ済まなかった。けれどもそうして地道に彼らの企みを潰していくことで、徐々に彼らのイタズラは収まっていった。
「よしっ」
 最後にもう一周ホテル内を回ったティレイラだったが、彼らのイタズラに遭遇することも彼らの姿を見ることもなかった。
(さすがにもう懲りたのでしょう! 一応明日まで様子を見て、それで大丈夫ならば解決です)
 そう思うと気が抜けていく。本来ならば明日まで気を張っていなければならないのだろうが、到着してすぐに対応に回ったティレイラの身体には、ホッとしたのと同時に溜まった疲労感がどっと押し寄せていた。
(一応、総支配人さんに報告をしておきましょう)
 イタズラを察知しては駆け回っていたティレイラは、自分がホテルの内装をじっくり見ていなかったことに気がつく。総支配人室へ行く僅かな間だけでも、飾られている美術品に視線をやってその素晴らしさを記憶に刻みつけようとするのだった。



「ふぁ〜……」
 お湯の暖かさが、疲れた体の隅々をほぐしていくようだ。ティレイラは今、大浴場を独り占めしていた。
 総支配人に報告に行くと、ゆっくり休んでくれと閉鎖後の大浴場をティレイラに貸し出してくれたのだ。
 天然石で出来た浴槽によりかかり、手足を指の先までピンと伸ばす。労働の後のお風呂だけあって、いつものお風呂の何倍も心地よかった。頭だけ縁にもたれて、寝そべるように肩まで浸かっても大丈夫。広いお風呂は今、ティレイラだけのもの。
「きもちいいです〜……」
 下手するとこのままうとうとしてしまいそうだ。流石に湯あたりしたり溺れたりするのはまずい。ティレイラが改めて体勢を整えたその時。


 ――きゃははははっ!
 ――ふふふふっ!


「!?」
 聞こえてきたのは、追い払ったはずの妖精と精霊の声。
「まだ懲りてなかったのですか!」
 慌てて立ち上がろうとするティレイラ。他に人のいないここならば尻尾と翼を出しても問題ない。全力で懲らしめて――だが。
「えっ……!?」
 下半身が動かない。お湯に浸かっている部分が――否、お湯が一瞬で氷に変わったのだ!
「ちょっ、なっ……」
 尻尾も氷の下。翼は氷に包まれるのを免れたものの、羽ばたいても下半身が抜けない。


 ――あはははっ!
 ――きゃははっ!


 馬鹿にしたように妖精達や精霊達がティレイラを囲む。
「あっ……」
 一瞬のことで気が付かなかったが、本物の氷である、もちろん冷たい。じわりじわりと皮膚から冷気が染みこんできて、痛いほど冷たい。
「んっ……ふぅっ……」
 思わず上ずった声が口の端から漏れる。妖精たちは冷たさに悶えるティレイラを面白そうに眺めていたが、次に小さな雪球と氷の礫のようなものを取り出した。それを、顕になっているティレイラの上半身にぶつけていく。
「いやっ、あっ……やめっ……!」
 下半身は徐々に感覚がなくなっていくのがわかる。けれども上半身は温まった肌に冷たいものをぶつけられる刺激に敏感だ。
「つぅ……やめ、あっ……」
 これは妖精達と精霊達の仕返し。ティレイラが油断するのを彼らは待っていたのだ。
「やめなさっ……!」
 ティレイラはなんとか火球を作り出し、彼らに放つ。冷たさと痛さで狙いが定まらぬが、数打てば当たるだろう。次々と放たれる火球に、彼らは徐々に去っていく。
「バイバイ、お姉さん。また遊んであげるね!」
「ちょっと待って! この氷の魔法を解いて……!」
 最後に振り返った妖精の言葉は、明らかにティレイラを馬鹿にしたものだった。そんな彼らが魔法を解いてくれるはずもなく。
「そんなぁ……」
 火球をぶつけてみたが、表面は溶けてもなかなか全てを溶かすことはできない。
 氷の魔法が自然に溶けるまで、ティレイラはそのまま氷に包まれているしかなかったのだった。


        【了】






■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■

【3733/ファルス・ティレイラ様/女性/15歳/配達屋さん(なんでも屋さん)】


■         ライター通信          ■

 この度はご依頼ありがとうございました。
 頑張るティレイラ様と、仕返しされてちょっとかわいそうなティレイラ様、両方がうまくかけていれば幸いです。
 少しでもご希望に沿うものになっていたらと願うばかりです。
 この度は書かせていただき、ありがとうございました。