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<東京怪談ノベル(シングル)>


―自尊心と云う名の『枷』・2―

「聞こえます……大型機のエンジン音。これは4発の輸送機です、間違いありません」
「えぇ、自衛隊でも正式採用している機種ですね。自分にも分かります」
 遥か遠く、そして高く飛来する密輸団の登場を、琴美はいち早く察知していた。
 気温、湿度、風速など、あらゆるデータから計算した結果、現在彼女が立っているのは、倉庫街から少し外れた郊外の一角。そこに僅かではあるが、建物の無い空間が存在する。四方を建物に囲まれ、表通りからも隠れる位置となる為、利用価値がなく放置された土地。その50メートル四方にも満たない僅かな空間に、彼らは空から舞い降りて来ようとしているのだ。
「我が空挺部隊でも、この場所にピンポイントで降下することは難しいでしょうね」
「しかし、彼らはやります。その為に訓練されたエキスパートを用意している筈……彼はプロですから」
 以前、密輸団の統領が使った言い回しを敢えて用い、琴美は彼に対する敬意とも挑戦とも取れる意味深な言葉を発した。そう、彼らは『プロ』なのだ。依って、専門外の行動パターンを強いられた場合には脆さを見せるだろう。そこに彼女の勝機はあった。
 既に闇夜となった空を、琴美は暗視スコープ付きの双眼鏡で注視する。と……
「……来ましたわ、狙い通りです!」
「マジかよ、本当にこの猫の額に、ピンポイントで!? ありえねぇ……」
「それが出来るから『プロ』を誇れるのですよ」
 レンズには、星に紛れて判別が極めて困難なほどに小さい点が見えるのみ。しかし、それらは天に瞬く星とは違い、僅かに動いている。それらが彼ら……密輸団の降下部隊である事は、ほぼ間違いなかった。
「降りてくるのを待っていても良いのですが、より確実に仕留めるには……」
「地に足がつく前に、狙い撃ちにした方が良いですね。何しろパラシュートで降りてくるんだ、宙に浮いている間は良い的だ」
 その通りですねとニッコリ頷くと、琴美は携えていた鞄から大量のクナイを取り出した。火薬を用いた飛び道具を使うのは、彼女の美学に反するらしい。
「これで、可能な限り地上戦を避けます。まぁ、降りてきたところで結果は同じなのですが、手間は少ない方が良いですから」
 流石の琴美でも、クナイを天に向けて放ち、降下してくる相手を全て無力化する事は難しいのだろう。荷の入ったコンテナは一つしか無いが、それを護る兵隊は無数に居るのだ。100%確実に空中で撃破できるとは、思っていないようだ。
 やがて、スコープに映る影が次第に大きくなり、手足の形が確認できるようになると、いよいよ戦闘準備だ。琴美は、心中で
『このような一方的な戦い方は、趣味では無いのですけど』と、些か残念そうに天を仰いでいた。と、そこに……
「な、何だ貴様らは!」
「立ち去れ、邪魔だ!」
 恐らく、荷の到着を待ち受ける地上部隊であろう。これですべて役者が揃った、と云う訳だ。
「お生憎さま、私はあなた方の邪魔をする為に、ここに居るのです」
「何をほざく……相手は女一人だ、片付けろ!」
「……一応、俺も居るんだけどね」
 完全に無視される格好となった一曹が、悲しそうな声を上げる。だが、彼は非武装の一般市民を装った、単なる『運転手』。戦闘に参加する訳にはいかない。彼は何が何でも自分の身を守り、琴美のサポートに徹する。それが任務なのだから。
「ま、俺の出番は無いだろうけどね……ほら、言わんこっちゃない」
 秒殺……いや、瞬殺と云った方が良いだろうか。十数名は居たはずの男たちが、瞬く間に無力化されてしまったのだ。しかも琴美はクナイを全く放っておらず、全て体術のみで片付けてしまったのだ。
「ウォーミングアップにもならないですわ。一曹、本命は?」
「上空300メートルと云ったトコですかね、かなり近いですよ」
「地上へのバトンタッチが不可能になった今、彼らの目論見はほぼ潰したも同然。しかし、このまま私たちを見逃すほど、彼らは甘くないでしょう」
 つまり、何者かによって地上で待機している筈の仲間が倒されているのを見れば、その時点で妨害が入った事を悟るだろう。そして相手の指揮を執るのは、あの男。未だ確認した訳ではないが、これだけの策を練ってくる手練だ。これは彼に間違いないと、琴美の仮説はより真実味を帯びてくるのだった。

***

「妙です、地上からの連絡が全くありません」
「降下ポイントは、数メートル単位の誤差でしかない筈。ここで間違いないのだ、コールを続けろ」
 そう指示を出しつつも、地上で待ち受けているのが味方ではなく、敵……しかも相当の手練である事を、男は察知していた。
(あの時の女狐か……囮に引っ掛かるような間抜けではないと思ったが、よもや今夜の決行を見抜いていたとは。流石、と言っておこうか)
 作戦行動を邪魔立てされ、更に自らの身にも危険が迫っている事を予感しながらも、彼は笑顔を浮かべていた。そう、前回は自分が逃げる格好で勝負はお預けとなった。しかし、今夜こそは雌雄を決する機会であると、彼は思っていたのだ。
(例え輸送任務が失敗に終わろうとも、彼奴との決着は今宵、必ずつける。それが強敵に対する礼節と云うものだ)
 ふと、地上に目を向ける。降下ポイントは彼の言の通り、数メートル程度の誤差しか無い。だが、それが却って彼らの命取りとなっていたようだ。
 降下目標である小さな草原が、視界に入る。が、その刹那。地上にキラリと輝く光点を、彼は確かに見た。
「各員、各個に防護姿勢を取れ! 地上から攻撃してくる者が居る!」
 その声に、降下部隊は『えっ?』と云う顔になる。然もありなん、この降下作戦は特Aランクの極秘事項。妨害してくるであろう自衛隊や海保は、海上ルートの囮部隊に引っ掛かっていると誰もが信じていたのだ。が、しかし……
「ぐあっ!」
「ぎゃっ!」
 周囲から、幾多の悲鳴が聞こえてくる。それを耳にした統領は『言わぬ事ではない!』と渋い顔になる。
 そして結局、無事に地上に降下できたのは、予定人員の半数以下にまで減じられていたのである。

***

 空中で動きを止め、だらりと手足を垂れた格好で降下してくる者が多数出る中で、琴美は些か不満げな表情を作っていた。
「予想より、数が多かったですね。クナイが尽きてしまいました」
 つまり、クナイの数さえ充分であれば、全滅させる事すらも可能であったと、彼女は言っているのだ。それを聞いた一曹は、更に呆れたような顔になる。
 そして無事に降下し、手早くパラシュートから離脱して散開する男たちを的確に捉え、またも瞬く間に敵戦力を減殺していく。その様はまさに見事、としか言い様が無かった。
「……腕の冴えは、相変わらずのようで……またお会いしましたね、レディ」
「待ち人来る、と申し上げましょうか。私もあの時の結果には、満足しておりませんの」
「我が兵隊たちも、凡庸なる者に後れを取るレベルでは無いのですが。いやはや、舌を巻くとはこの事ですな」
「あら、あれで鍛えていると仰る? 私も舐められたものですね」
 琴美にしては珍しい、かなり挑戦的な態度。前回の邂逅とその経緯を、よほど腹に据えかねているのだろう。そうでなければ、彼女が斯様な態度に出ることはまず在り得ない。
「……前口上は結構、本題に入りましょうか」
「望むところですわ!」
 両雄が遂に相対する。勝敗の行方は、果たして……

<了>