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―― 錆びた剣 ――
「この『世界』にまた新たなる『悪』が増えた――我らはそれを戒めねばならん」
黒い外套を頭まで被った人物が低い声で呟く。
声から察するに初老の男性なのだろう。
「またか、人間と言うものは理解しかねるね。何で自分から危険に足を踏み入れるのか‥‥」
その黒い外套の人物以外、誰もいないのに別の声――若い男性の声が響き渡る。
「ルネ、勝手に出てくるなと言うておるだろう」
先ほどのしゃがれた声が若い男性を戒めるように呟くが「別にいいじゃないの」と今度は若い女性の声が響く。
「今度の奴は『ログイン・キー』の封印を解除したんでしょう? あの女が封印を解くなんて――どんな奴か気になるわぁ」
けらけらと女性は笑いながら言葉を付け足す。
「ログイン・キーか‥‥奪うのかい?」
「いや、あれはただ奪えばいいだけのものではない。封印を解除された時から主の為にしか働かぬ。つまり――」
初老の男性が呟いた時「主ごと貰っちゃえばいいじゃないの」と女性が呟き、ばさりと外套を取る。
「7人で体を所有しているアタシ達だけど、今日はアタシの日よね? ちょっとからかいに行って来るわ」
そう呟いて女性・リネは甲高い声をあげながら黒い部屋から出たのだった。
――
そして、それと同時に新しいシナリオ『錆びた剣』と言うものが追加された。
まるでリネが『ログイン・キー』を持つ者を呼び寄せるかのように。
※※松本太一の場合※※
『これより先は契約者のみが進める場所です』
ログインすると、画面にそんな文字が表示され、しばらく『loading』の文字が表示された。
『ログイン・キーを確認致しました。どうぞ先にお進みください』
松本・太一はその言葉が表示されたのを確認すると、表示されたフィールドに進む。
彼はまだ知らない、いや知る由がない。
先に進んだことで契約が完了してしまい、大切な何かを失いつつあるということに。
(記録に接続する鍵が社にあり、『神のご加護を』という言葉を考えると、神様の創生か何かかな。普通のゲームに見えながらも、異質な何かを感じる……これは、一体何なんでしょうね)
ゲームを進めながら、松本は心の中で呟く。
松本自体は『聖なる僧侶』であり、戦闘力はほぼ皆無。使えるのは召喚のユニコーンのみ。
もし、このクエストががっつり戦闘系なら、松本にとっては厳しいものにしかならないのだ。
(恐らくLOSTの怪異は悪魔との契約に似ているのかもしれない……)
自身が魔女であることから、異質な何かへの抵抗はあまり見られない。
「へぇ、落ち着いてるのねぇ。よほどの大物か、ただの馬鹿か、どっちかしら」
外套に身を包み、けらけらと楽しそうな声をあげながら、見知らぬ女性が松本の前に立つ。
「うふふ、初めまして。あたしはリネ。まぁ、詳しいことは後日ってことでいいかしら。それより今度はあんたが『ログイン・キー』の持ち主なのね。どうせ大事なことなんて何も聞かされてないんでしょう? うふふ、それなのに捨て駒になるなんて……笑っちゃうわ」
笑っているのに、リネと名乗った女性の目は笑っておらず、松本はぞっと背筋が粟立つ。
(……この人と、戦うべきじゃない。この人と戦えば、私は無事では済まない)
なぜそう思うのか分からないけれど、確信めいたものがあり、全身から汗が噴き出す。
「警戒しなくてもいいってば、あたし戦うつもりはないからさ〜」
そう言いながら、リネはすっと目を細めて――……
「今のところは、だけど?」
松本を値踏みするような、挑発するような、そんな視線を向けてきた。
「ふぅ〜ん? あんたさぁ、あの女に付き従うのやめて、あたしらの方に来ない? 真実を知れば、あんただってあたしらの方に来たくなるわよ。それにあたしらは『駒』としてじゃなく、『仲間』としてあんたを迎えるわ、どう?」
何が何やら分からない状態で、松本は言葉を返すことが出来なかった。
「……ま、何も知らないうちからどちらかを選ぶのは無理かもね。なら、これをあげる」
そう言って、リネは錆びた剣を松本に差し出した。
「これは見ての通り、錆びた剣。けれど『ログイン・キー』と同等の、真実へ近づくアイテム。錆びた剣なくして、真実への道は開かれない。まぁ、鍛え直さなきゃダメだけどね」
リネは楽しそうに笑いながら言葉を続ける。
「聖なる僧侶、か。楽しみだわね、すべてを知った時、あんたが『聖』の属性でいられるのか。今までの持ち主のように、あの女に捨てられるか、駒として従い続けるか、それともまったく違う道を歩むのか……あたしとしては、闇に染まらないでほしいけれどね」
そう言いながら、リネは景色へと溶け込んでいく。
「あたし達の実態の元へ、あんたが進んでくるの、楽しみにしているわ」
結局、謎が謎を読んだまま、LOSTの異変については何も分からなかった。
(……LOSTには、私が考えているよりも深くて暗い何かがある)
手元に残った錆びた剣は、まるで共鳴でもするかのように『ログイン・キー』と同じく淡い光をたたえ始める。
まるで松本を更なる道に誘導するかのように――……。
※※※
「……ふぅ」
ログアウトして、松本は現実の世界へと戻ってくる。
「……私は、ある意味とんでもないことに首を突っ込んでしまったのかもしれませんね」
既に電源を落としたパソコンを見ながら、松本がポツリと呟く。
危険だと気づいても、もう、松本は逃げられない。
なぜなら、松本はLOSTをすべる彼女に選ばれてしまったのだから……。
ログイン・キーを託され、錆びた剣を手にして、LOSTの中に蠢く『何か』に巻き込まれてしまっているのだから。
松本が逃げるすべは、ふたつ。
すべてを終えるか、自分を含むすべてを失うか。
ただ、これのみ。
「……明日、またログインして色々調べてみましょうか」
けれど、松本はそれを知る由もなく、疲れた目をこすりながらベッドに寝ころがる。
(でも、あの女性の言っていた言葉……あれは一体どういう意味だったんでしょうね)
『楽しみだわね、すべてを知った時、あんたが『聖』の属性でいられるのか』
つまり、この先に松本が絶望するような何かが待ち受けているということになる。
それがLOSTにとっての絶望なのか、松本に関係のある絶望なのか――……。
今はまだ、何も知らずに穏やかな時間を過ごすのだろう。
――すべてが決するその時は、緩やかに近づいてきているのだから。
「疲れた、今日はもう寝よう……」
目を閉じながら、松本は夢の中へといざなわれる。
僅かな休息を味わう彼を見守るように、ログイン・キーが淡い光をたたえる中で――……。
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