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<東京怪談ノベル(シングル)>


心に刃を携えて(3)
 手入れの行き届いた美しい手が、ワードローブの扉を開ける。しゅるり、と布が肌を撫でる音と共にまとっていた衣は床へと落下した。
 その代わりに身にまとうべく、少女がワードローブから取り出したのは仕事のための衣服だ。ピッチリと体に張り付くスパッツに、規則正しい折り目のつけられたミニのプリーツスカート。女性らしい魅惑的な体のラインに沿うようにフィットする黒のインナー。その上に羽織るための両袖を短くし帯を巻いた形に改造された着物は、見目麗しい彼女によく似合う特別なデザインのものだ。脚を守るのは、膝まである編上げのロングブーツ。彼女の美しい腕を覆うグローブも、無論忘れてはならない。慣れた手つきで着替えを進めながらも、琴美は考えを巡らせる。
 代々彼女の家が敵対している同じ忍の組織……今まで裏で糸を引くだけだった彼らが、近頃直接表に出てくるようになったのは何故なのだろうか。考えなしの衆ではない。恐らく、何か理由があるはずだ。
 しかし、その理由が何なのかがいまいち不明瞭であった。先代頭領は数年前に引退し、現在は琴美と同じくらいの年の若者が衆を率いているはずだ。彼なりの改革、なのだろうか。だが、それにしてはあまりにも迂闊すぎる。彼らとて、琴美が動く事を予想出来なかったわけではないだろうに。
 相手とて忍だ。闇に紛れ、情報を隠し生きてきている。決定打となる情報を手に入れる事は、さすがの琴美達であろうとも難しかった。予測なら何通りもたてる事が出来るが、いかんせん確証の持てる理由に辿り着く事は出来ない。
(なんであれ、警戒するに越した事はありませんわ。彼らには、何か別の目的がある予感がいたしますもの)
 琴美の、長年戦場へと身を置いてきた勘がそう告げる。恐らく、彼らが表舞台に顔を出し始めたのはその目的を達成するために必要不可欠な事なのだろう。
 着替え終え、戦闘用の装束に身を包んだ琴美は、月明かりの差し込む窓のほうを眺める。
 窓越しに見上げた空は、闇に染まっていた。人々は寝静まっており、周囲はとても静かだ。
 時刻は夜。――忍の時間だ。

 琴美は愛用のクナイを一度撫で、太腿についたベルトへとしまう。部屋を出て歩くその横顔に、これから任務へと向かう事に対する迷いや恐れはない。
 彼女が歩くたびに、ロングブーツが床を叩く高らかな音が周囲へと響き渡る。背筋をしゃんとのばし、まっすぐと前を見据える彼女の目は自信に満ち溢れ輝いていた。
 今回の任務は、件の忍の組織のせん滅だ。たった一人で、彼女は今から敵の拠点へと忍び込み大勢の敵を相手にしなければならない。非常に危険な任務である。
 それでも、琴美の自信が崩れる事はない。必ずや勝利を手にし帰ってくる事を胸に誓い、彼女は恐れる事もなく今宵の戦場へと足を向けた。

 ◆

 敵の組織の拠点の場所は、事前の調査で突き止めてある。本当に隠す気があるのかと疑ってしまいたくなる程に、その場所を見つける事は琴美にとっては容易い事であった。
(何らかの罠の可能性もありますわ。注意しておいたほうがよさそうですわね)
 冷静に状況を判断しながらも、木の上で息を潜め眼下の様子を琴美は伺う。見張りの数は、ざっと見ただけでも十は超えているであろう。入り口を守る見張りをこんなにも用意するとは、まるで琴美がこうやって襲撃しにくる事が分かっていたかのようだ。
(けれど、その程度の数では足止めにもなりませんわよ)
 月下の光の中で、少女は微笑む。自信に満ち溢れたその笑顔は、堂々としていて美しかった。
「任務開始、ですわ」
 琴美の艶やかな唇が、そう呟く。そして、彼女は――空を飛んだ。
 木から跳躍した彼女は、そのまま重力を味方につけ敵の元へと落下する。彼女の体重の乗ったクナイが、敵の体へと突き刺さる。上空からの突然の奇襲に、不意をつかれた一人の忍は苦悶の声をあげその場へと倒れ伏した。
 瞬時に、場に緊張が走る。突き刺さるのは視線と殺気だ。少女の魅力的な体を、見張りの忍達の視線が無遠慮に這いずりまわる。
「さて、まずは貴方様がたからですわ。これ以上、勝手な真似はさせませんわよ。この世界の治安を悪戯に乱した事、この水嶋琴美が許しませんわ!」
 高らかにそう告げると同時に、琴美は彼らへと向かいクナイを放つ。忍達もまた、武器を構え琴美へと狙いを定めた。
 月の下、夜の帳。今宵もまた、戦いは始まる。
 忍達の時間は、まだ終わらない。