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<東京怪談ノベル(シングル)>


心に刃を携えて(4)
 ゲッカビジンは夜にだけ咲く花だ。月の下、揺れる白い花弁はまさにその名に相応しい美しさを持つ。
 琴美もまた、月の下、花を咲かせる。ただし、その色は白ではなく赤だ。琴美がクナイを振るうたびに、敵の身体からは鮮血の花が咲いた。
 戦場での彼女の動きは、鮮やかの一言に尽きる。音もなく疾駆し敵の懐まで入り込み、流れるような動きで武器を振るう。まるで舞うように跳躍し相手の反撃を避け、敵が体勢を整え直す暇すら与えずに次の一手を叩き込む。
 その動きには、一切の無駄がない。琴美は完成された脚本をなぞるように動き、決められた通りのステップを踏むように舞う。揺らぐ事がない自信と共に、琴美は迷いなくまっすぐ勝利へと突き進む。
 戦場は彼女にとって、舞台だ。観客がいないのが惜しくなる程に、戦場を駆ける琴美の姿は美しかった。
 不意に、彼女の前へと一人の男が刀を構え捨て身で飛び込んできた。琴美は武器を構えるが、クナイの間合いでは僅かに相手には届かない。彼と彼女の間にあったのは、クナイを投擲するのも間に合わないであろう絶妙な距離だ。上手くその距離へと持ち込めた男は、刀を振り下ろしながらも思わず口元をいびつな笑みの形に歪める。
 数々の戦場で戦った経験を持ちながらも、その体に未だ傷ひとつ負った事がない琴美。その極上の美女に自分が傷をつけれるのだと思うと、男の心は歓喜に震えた。
 しかし、響いたのは刃がそのしなやかな肢体を割く音でも、彼女の悲鳴でもない。男の持っていた刀が弾き飛ばされる、甲高い音であった。
 琴美の主要武器は、クナイだ。……あくまでも、『主要』である。クナイ以外の武器であったとしても、彼女はその並外れた戦闘能力で上手く使いこなす事が出来た。倒れ伏していた別の敵が携えていた刀を瞬時に抜き取り、音もなく振るう事など琴美には容易い事なのだ。
 自身の武器をなくし、男は呆然と立ち尽くす。徐々に状況を理解しその表情を恐怖に染めた彼が最期に見たのは、こちらを見るくのいちの宝玉のような美しい黒の瞳であった。

 次々と自分達の仲間が倒れ伏していく事に焦りを感じながらも、忍達は背後から琴美へと奇襲をかけようとする。
 瞬間、彼女はクナイを投げた。彼らのいる背後ではなく、頭上に向かってである。
 空高く投げられたクナイ。一瞬だけ、忍達の視線が琴美から逸れた。反射的に、いくつも並んだ黒の瞳は投げられたクナイの姿を追う。瞬きする間に終わってしまうような、ほんの僅かな時間だけ彼らに隙が出来る。
 けれども、琴美にとってはそれは十分すぎる程長い時間だ。彼女は体ごと振り向いた勢いを味方につけ、敵の懐へと入り込み、その美しい脚を振るう。まるで円を描くかのように、彼女の脚が空を走る。華麗な回し蹴りが決まり、ドミノ倒しのようにその衝撃は連鎖して行った。何人もの男達が巻き込まれ、地へと倒れ伏す。
 琴美から溢れ出る色香は、彼女の動きに耐える事の出来る特注の戦闘装束であろうとも隠しきる事は出来ない。そして、彼女が持つ実力や、自信もまた隠される事なく男達の前に晒されている。圧倒的な力、そして圧倒的な美しさを見せつけられ、ごくり、と生唾を飲んだのはいったい誰だったのか。胸を支配した感情は、琴美への恐怖だったのか、それとも完成された美を前にした興奮だったのか。もはやその問いに答えられる者すらこの場にはいなかった。
 月の下に、また花が咲く。そうしてその鮮血の花が咲くと共に、男達の命は儚くも散っていくのである。

 ◆

 全ての見張りを倒し終えた琴美は、長く伸びた艷やかな黒髪をかきあげた。
「数だけはご立派でしたけれど、準備運動にもなりませんでしたわね」
 あれだけの人数を相手にした後だというのに、肩をすくめた彼女には傷どころか疲れの色すら見えない。
 そして琴美は、敵組織の拠点へと侵入を果たす。ロングブーツで地を叩きながら堂々と歩く彼女を止めれる者は、この場にはもう誰もいない。