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<東京怪談ノベル(シングル)>


心に刃を携えて(6)
 琴美が相手へとクナイで斬りかかろうとした時、床下に身を潜めていた数人の忍が一斉に飛び出し彼女へと狙いを定めた。襲い来る、幾つもの刃。振り上げられた刀は、息を揃え同時に琴美の身体へと襲いかかる。
 しかし、その攻撃を読んでいた彼女は事も無げに跳躍する事で刀を避けた。そもそもクナイで敵の頭領に斬りかかろうとした事は、この隠れていた敵をあぶり出すための作戦だったのだ。その理由も、奇襲が怖かったわけではなく、ただ早々に彼らを片付けたかったからに他ならない。忍達の背後に着地した琴美が瞬時に振るった回し蹴りが、彼らへと叩き込まれる。怯んだところにもう一撃、彼女の細くしなやかな手のどこにそんな力が隠されていたのか、強力な拳が振るわれた。迷いのない華麗な連撃に、忍達は悲鳴をあげる間もなく倒れ伏す。
「一対一の決闘かと思っていましたのに、卑怯な方ですわね」
 全てに気付いていながらも、琴美はそう笑い相手を挑発する。見ているだけでくらりと目眩がしてきそうな程に、美しい笑みだ。男を惑わしながらも、それでいてどこか触れる事が叶わない神聖さも感じる。美という概念をを煮詰めて形にしたら、恐らく琴美のような形になるのだろう。
「言っただろう! 私には全てを捨てる覚悟がある! 君を手に入れるためなら、何でもするのさ!」
 敵組織の頭領はそう言って笑い、ゆっくりとまばたきをした。それは恐らく、未だ隠れたままだった他の忍への合図だったのだろう。今度は床下からだけではなく、琴美を囲うように四方から忍が現れる。
 再び、琴美はその女性らしい魅力に溢れた身体を宙へと踊らせる。彼女の立っていた場所に、数えきれぬ程の銀色の凶器が突き刺さった。麻酔針。もしくは毒針だ。何であれ、ろくなものではないだろう。しかし、何であっても刺さらなければ意味はない。小さな針ごときで、戦場を自由に舞う琴美の動きを制限出来るわけなどないのだ。
 明かりに照らされキラリと光ったのは、刀の刀身だ。琴美は先程の忍達が持っていた刀を瞬時に拾い上げ、敵の事を切り裂いた。右方向から琴美を狙っていた敵を一掃し、返し刀で今度は背後から近づいてきていた者達へ一閃。
 まるで剣舞を踊るかのように、自分のものではない武器ですらも彼女は華麗に使いこなしてみせる。あっという間に忍達をその刀で斬り伏せた琴美は、瞬時に頭領の懐へと潜りこんだ。
 あの数を、こんなにも速く倒せるとは思っていなかったのだろう。琴美の実力を見誤った男は、その目を驚きに見開いた。けれど、それはたったの一瞬だけだ。
 琴美の手にしている刀が、男へと振り下ろされる。
「くくく、さすが私の見込んだ女だ! ますます欲しくなってきた!」
 けれど、そこに響き渡ったのは悲鳴ではなく笑声。琴美の刀を、頭領はいつの間にか抜きさっていた刀で受け止めていた。腐っても忍達の上に立ち、彼らを率いていた男だ。他の忍達のように、簡単にはやられてくれないらしい。
 そんな状況でありながらも、琴美は微笑む。その笑みは強がりでも、絶望の末のものでもなく、純粋に嬉しそうに。ようやくまみえる事の出来た手応えのある敵に、歓喜するかのように。
「そうでなくては、面白くはありませんわ」
 琴美は一度後方へと向かい、跳ぶ。相手に体勢を立て直す間すらも与えず、彼女の手から何かが放たれた。その正体は、クナイだ。漆黒の凶器はまるで弾丸のように宙を駆け、まっすぐに敵を狙い撃つ。男は刀でクナイを弾き返す音が、室内へと響いた。
 攻防は続く。最初は、対等に渡り合っているように見えたが、徐々に男の方が劣勢へとなっていく。
「何故だ! 私の実力が、貴様に劣るわけが……!」
 長年修行してきたのだ。男は自分の実力に絶対の自信を持っており、だからこそ琴美を手に入れる事も容易い事だと思いこの計画を実行に移した。
 琴美の戦闘は何度も部下に偵察させ、彼女の戦闘時の動きは完全に把握してある。実力もあり、相手の行動も読んでいる自分が負けるはずはない。
 そんな男の思いを裏切るかのように、甲高い音が響き渡る。男の持っていた刀が、琴美のクナイにより弾き飛ばされた音だ。
 飛んで行く武器のほうに視線を向けた男の隙をつき、琴美はその腹に蹴りをくわえる。思わず倒れ伏した男に向かい、そうして彼女はクナイを向けた。
「忍は孤独ですわ。時に一人で敵地へと潜入し、死線を単独でくぐり抜けなければならない状況だってあるでしょう」
 琴美はじっと相手を見下ろしながら、澄んだ凛々しい声でそう語り始める。
「けれど、彼らが孤独な戦いに身をおく理由は、自らの衆を守るため。離れて行動していながらも、同じ衆の者が同じ志を持つ仲間である事にはかわりがありませんわ。彼らは孤独ですけれど、本当の意味での孤独ではありませんの」
 男の周りには、今はもう誰もいない。あんなにたくさんいた彼の仲間達は、全て眠りについてしまっている。琴美を手に入れるために、仲間すらも捨て駒のように男は扱ったのだから当然の事だろう。
「私が守るのは、私自身ではなく私の衆であり、この世界ですわ。仲間もおらず守るべきもののない貴方に、私が負ける理由はありませんの!」
 彼に直接手を下すのは琴美だが、彼を殺したのは彼自身の驕りだろう。欲にとらわれ、琴美という手の届かぬ存在を求めたばかりに、男は忍としての吟二を失っていたのだ。
 琴美の最後の一撃が、罪深き男を裁くギロチンのかわりとなる。鮮血が舞い、今一つの衆が長き歴史に終わりを告げた。
 戦いの終わりは、存外に静かだった。けれど、自らの欲望のために家を捨てようとしたこの哀れな男の最期には相応しいだろう。
「……せめて、眠りは安らかに」
 長いまつげが揺れる。琴美はまぶたを閉じ、最後にそう祈りを捧げた。それは、長い間敵対していた組織の頭領へと……ライバルへと捧げる、せめてもの手向けの花であった。

 忍は刃に心と書く。人としての心を持たぬ忍を名乗るに値しない彼とは違い、琴美はしっかりと心に刃を携えて明日も平和のために世界を駆け抜ける事だろう。水嶋琴美の誇りという名の、穢れなく輝く正義の刃を。
 それはとても鋭く、それでいて何よりも美しいのだ。