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<東京怪談ノベル(シングル)>


瞬く星の上を(1)
 ただそこに立っているだけで、人々の視線をさらう者がいる。手入れの行き届いた艶やかな黒髪を持つ彼女は、すれ違った者が足を止め思わず見惚れてしまう程に整った顔立ちをしていた。衣服の下にある身体は豊満で女性らしい魅力が詰まっており、溢れ出る色香はどうやっても隠しきる事が出来ない。
 有り体に言えば、水嶋・琴美は絶世の美女だ。
 普段仕事中に身にまとっているきっちりとしたスーツも、彼女が着ればどんなに高級なドレスよりも美しい衣服に見える。一挙一動が洗練されており、些細な仕草一つとっても可憐な彼女の姿を見ていて飽きる者はいない。琴美が勤めているのは一見何の変哲もなさそうな商社だが、彼女がいるだけでその場所はロードショーの舞台へと早変わりだ。
 しかし、彼女が今立っている場所はその商社ではない。仕事の途中だったというのに、琴美はとある場所へと呼び出されていた。
 重い扉は閉じ、ドアの前には厳重な警備が立っている。静かで、どこか厳格な空気に満ちた一室で、琴美は椅子に座っている男と向かい合っていた。
「水嶋くん、君に新しい任務を頼みたい」
 男は、落ち着いた声音でそう告げる。『仕事』ではなく、『任務』……。平和な世の中を生きる一般女性に向けて言うには少し違和感のある言葉だというのに、琴美が不審に思う事はない。彼女は凛とした面持ちで、背筋をのばしその場へと佇んでいた。
 何故なら、琴美はただの一般女性ではない。商社での仕事は、彼女が所属している組織が隠れ蓑にしている表向きの仕事にすぎないのだ。
「――という製薬会社は知っているね?」
「ええ、存じておりますわ」
 男が口にした会社名に、琴美は頷きを返す。有名な会社だ。それ故に、琴美の頭の中にはその会社の情報はあらかたインプットしてあった。
 自衛隊、特務統合機動課。特別任務を目的とした特殊部隊。彼女はそこに属している。主な仕事は、情報収集と――暗殺だ。
 だから、琴美は目の前にいる男……司令の口から次にこぼれ出るであろう言葉には、簡単に予想がついた。
「君には、そこのトップを……暗殺してもらいたい」

 ◆

 しゅるりと衣が彼女の柔肌を優しく撫でながら、重力に誘われるように床へと落下する。スーツを脱いだ彼女が手に取るのは、黒のラバースーツだ。そのスーツは彼女の首から下、美しい肢体へと寄り添うように張り付き、魅惑的なボディラインを浮き立たせる。
 すらりと長く伸びたしなやかな足を包み込むのは、膝下までの長さの編上げのロングブーツ。ボトムを飾るのは、ラバースーツと同じく黒色に染まったプリーツスカートだ。彼女の勝利へと向かう真っ直ぐな気持ちを表しているかのように、きっちりとした折り目がついている愛らしいものだ。
 機能的で動きやすいこの衣装を、琴美は気に入っていた。シックな色合いのこの衣服は、彼女の戦闘服だ。
 着替えを続けながらも、琴美は今回の任務について考える。司令が口にしたのは、世間でも評判の高い優良な製薬会社の名前だった。
 しかし、それは表向きだけの仮初の姿。その製薬会社は裏では非合法な薬品を開発するために、人体実験を繰り返しているという。
 その企業に、琴美は単身で挑もうとしている。恐らく、危険な任務になる事だろう。けれど、その整った横顔に不安の色はない。
 着替えを終えた琴美が仕上げに手にとったのは、一本のナイフ。慣れ親しんだそれは、彼女の手によく馴染む。
 ナイフを見つめるその表情は穏やかで、それでいて自信に満ち溢れている。決して弱気にならず、自分自身の実力を信じきる事の出来る強さも彼女の美点の一つだ。
 一度笑みを深め、女は今宵の舞台へと向かう。美しき彼女の姿は、いつの間にか闇夜の中へと紛れていった。
 気配を隠し、彼女は獲物の元へと向かう。このナイフの切っ先を、向けるべき相手の元へと。そしてその相手の更に向こうにある、勝利への道を琴美は駆け抜けて行くのである。