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<東京怪談ノベル(シングル)>


闇夜の疾風 1

 水嶋・琴美が司令室に呼ばれたのは昼過ぎの事だった。
 琴美が華奢な白い手で司令室のドアをノックすると、どうぞ、と低い男の声が答える。
「失礼します」
 凛とした声で琴美は言う。彼女はシンプルなデザインのグレーのスーツを身に着けている。しかし露出度の低い服装でも、その豊満な肉体を隠すことは出来ない。白いブラウスの胸元を押し上げている弾力のあるふくらみ。キュッと持ち上がった形の良いヒップ。しかしウエストは細く、美しいバランスで凹凸が形成されている。
「かけてくれ」
 奥のイスに座っている男が声をかけた。
「突然呼びつけてすまないな」
「いいえ」
 琴美が軽く首を横に振ると、長い黒髪が揺れた。
「私が呼ばれるという事は、重要な任務なのでしょう」
 琴美が言うと、司令は頷いた。

 琴美が所属しているのは自衛隊特務統合機動課。
 非公式に設立された特殊部隊であり、その存在は広く知られてはいない。表沙汰に出来ないような任務を受けることもある。暗殺や情報収集、ひいては魑魅魍魎の類のせん滅まで。
 琴美はその艶やかな外見からは想像できないような驚異的な戦闘能力の持ち主で、今まで数々の任務を完璧にこなしてきた。そんな琴美に下される任務は、すなわち、かなり難しいものであることは間違いない。琴美自身それは十分承知している。

 司令に告げられた任務の内容は、遺伝子研究を行う非合法秘密研究所への襲撃任務だった。
「失礼ですが、私が呼ばれたからにはそれなりの理由があるのですよね」
 琴美は言う。普段ならば、単純な襲撃任務は琴美の関わるようなものではない。琴美の能力が必要となる場面は他にいくつもある。他の人間でも事足りる任務ならばわざわざ琴美に任せるはずがないのだ。
「研究所を守っている傭兵部隊がどうやらかなりの手練のようだ」
 司令の言葉に、琴美はなるほどと思う。

 研究所に雇われているその傭兵部隊は、並の武装組織とは比べ物にならない程の練度と装備を誇っているという。
 もちろん琴美が所属する特務統合機動課だって日夜厳しい訓練を積んでおり、個々の戦闘能力はかなりのものだ。しかし今回は琴美以外には任せられないと上が判断した。それほど敵の力が巨大ということだ。
「危険な任務だが、君以外に適任がいない。やってくれるな」
「お任せ下さい」
 琴美はためらうこと無く頷いた。
 そもそも組織に所属している琴美には、断るなどという選択肢がはじめから無いも同然だ。しかし無理に承知したわけではない。任務に対する不安や怯えはなかった。琴美は自身の能力に自信と誇りを持っている。そして、必ず任務をやり遂げる、という強い使命感に満ち溢れている。


 司令室を後にした琴美は自室に戻った。襲撃は今夜行う。早速支度にとりかからなければいけない。
 クローゼットを開けると、そこには彼女専用の戦闘服がかけられている。
 琴美はスーツとブラウスを脱ぐ。きめ細やかな素肌があらわになる。それから、ベッドに腰掛けストッキングを脱いだ。
 そして、彼女は戦闘服を身につける。
 琴美のために作られた特別製のラバースーツは彼女の体にピッタリと吸い付くようにフィットする。一見タイトなデザインだが、彼女の豊満な肉体を隠すことなど出来ない。むしろ艶やかな魅力を更に引き立てている。ボトムはラバースーツと同じ色の黒のプリーツスカート。ミニ丈なので動きやすく、琴美の美しい足は動きを制限されることがない。さらに黒の編上げブーツを履き、きゅっと靴紐を結ぶ。
 琴美は鏡の中の自分を見つめる。いささか高揚しているかもしれない。緊張のせいではない。任務に対する使命感と、自分ならば必ず成功させられるという自信からだ。
「では、行くとしましょうか」
 琴美は愛用のナイフをベルトに収納すると、自室を後にした。


 司令が手配したトレーラーは琴美とバイクを降ろすとその場を立ち去った。立ち去る際に運転手が敬礼をしたので琴美もそれを返す。トレーラーを見送ると、琴美はバイクにまたがり林道を走らせた。長い黒髪とプリーツスカートの裾が風になびいている。
 しばらくして、琴美は開けた場所でバイクを停めると、フルフェイスのヘルメットを脱いだ。軽く頭を振るとストレートの美しい黒髪がさらさらと揺れた。夜風が頬に心地良い。琴美は双眼鏡を取り出す。黒々とした樹木の奥に、明かりを灯している研究所の建物が見えた。まだ距離はあるが、エンジン音で気付かれてはいけない。琴美はバイクを茂みに隠した。ここからは自分の足で行くことにする。


 ものものしい警備だった。研究所の周りは高い塀で囲まれており、その上部には有刺鉄線、塀の外側には幾人もの傭兵が銃を手に見張りをしている。塀の所々で監視カメラが目を光らせている。
−ずいぶん厳重な警備ね。
 琴美は素直にそう思う。しかし、彼女は自信たっぷりに微笑んだ。
−けれど、すぐ終わらせますわ。
 ひとりでも逃すと面倒なことになりそうなのは分かっていた。敵が増えても倒す自信はあったが、手間をかけるのは避けたい。
 琴美は傭兵たちの隙をつき、次々と始末していった。誰一人声を出すことさえ出来ず、地面に倒れていく。更に琴美は監視カメラの死角も計算に入れており、倒れた傭兵たちがカメラに映り込まないようにしていた。
 軽々と塀を乗り越え、敷地内への侵入を済ませた。琴美はすぐに生き物の気配に気付いた。しかしそれは人間ではない。
 ぐるる、と低い唸り声がする。見ると、大型の犬たちが集まってきて、琴美を取り囲んでいた。じわじわと距離を詰めてくる犬たちを見回して、琴美は微笑んだ。
「可愛らしい歓迎ですわね」
 警備犬達は一斉に牙を向き、琴美に飛びかかってきた。もし鋭い爪と牙に捕らえられれば、琴美の柔肌はひとたまりもないだろう。しかし爪も牙も琴美に触れることは出来なかった。
 琴美が天に向け右手を上げると、足元の草がさわさわと揺れ始めた。それはすぐに、激しい一陣の風となる。琴美の周りを囲んでいる風はかまいたちのように鋭く、それに触れれば何者であろうと切り裂かれるだろう。
 犬たちは本能的に畏怖を感じ、怖気づいた。尻尾を下げ後ずさると、琴美を遠巻きに見ている。
「良い子たちですわね」
 琴美は風を止め、にっこりと微笑んだ。
 自分より強いものに攻撃を仕掛けない分、動物は賢い、と琴美は思う。
「さて、中の人達はどれぐらい賢いかしら」
 琴美は肩にかかる黒髪を手で払うと、研究所へと向かった。