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<東京怪談ノベル(シングル)>


―夢と現実と・8―

「つまり、あの格好に意味は無かった……と?」
「結果論だけどね。でも、センサーの感度向上を目的として真面目に開発したってのは本当なんだよ」
 新型操作端末の試作が終わり、漸くスタイルが決まったようだ。その話を海原みなもは、アシスト役の魔女と対峙して、呆れ顔を作りながら聞いていた。
 結局、開発陣の曰く『漢(ヲトコ)の浪漫』案は見事に却下され、3Dバイザーと専用コントローラユニットのセットと云う形に落ち着いた。ログイン・ログアウト等の操作はコントローラから行い、プレイ自体はこれまでと同様に『鏡面世界』を経由して脳波コントロールで行う形となるようだ。但し鏡面世界での精神体サポートには強力な磁場が必要となり、端末を損ねたり周囲の電子機器に影響を及ぼしたりするトラブルが報告されたため、頭部をバイザーで覆う事で磁場の発生範囲を縮小し、且つ脳波コントロールの精度自体も向上させる効果を狙った結果、このスタイルが採用されたと云う事であるらしい。
 尚、これまでダウンロード版のゲーム筐体は『ネットワークに接続できる環境』であれば何でも良いと云うのが売りであったのが、今回のアップデートからは筐体も専用化され、ゲーム機やパソコン等でのサービスは打ち切りとなった。無論、これまでのパスコードはそのまま使えるという条件になっているようだが。
「これ、本当に無料で頂いて良いんですか? かなりコスト掛かってそうですけど」
「β以前からのユーザーと、キャンペーン期間中の新規参加者には特典で無料提供されるんだってさ。ラッキーだったね」
 確かに、近未来的なフォルムを作り出す視覚装置と専用コントローラーに掛かった開発コストは口では言えない程だ。無論、赤字が出るのも覚悟の上であっただろう。しかし、いずれアーケード版もこのスタイルに移行していくのが前提となっている上、今後はこの筐体なしで『魔界の楽園』をプレイする事は不可能になるので、開発陣としてはその普及率によって将来的に採算を取り黒字に転じると確信していた。それだけ、アップデート後の完成度に自信を持っていたのだ。

***

 数日後、漸く自分にも専用筐体が届いたと喜んだ瀬奈雫が、みなもの家にやって来た。彼女は新インターフェイスを駆使したゲーム世界がどのように進化したか、確かめようと意気込んでいた。
「端末が新しくなっただけじゃ無いよね。世界観も相当広がるみたいだし、面白くなるね」
「今までは海岸線の外には出られなかったけど、船を作る事で他の陸地へ渡れるようになるみたいですね」
 そう。今回のアップデートでマップが拡大し、『海洋』という新たなフィールドが用意される事になったのだ。
 今までも海に入る事は出来たし、翌獣などの飛翔能力を備えたキャラが島へ渡ってそこを巣にするというパターンも存在はしたのだが、ある程度沖まで進むとマップがそこで途切れてしまい、先に進むことが出来なかった。
 そこで『船を作る』と云うイベントが追加され、マップ拡大に伴って外洋、及び他の大陸への渡航が可能になったのだ。これは今回のアップデートの大きな目玉となっていた。
「船は買うのが基本だけど、自前で作るのもOKなんですね」
「規模も性能も、自由に設定できるらしいよ。大砲を積んだ軍艦も作れるって聞いてるし」
 それはつまり、海上での戦闘が想定されるという事を示唆していた。無論、海中にもエネミーは存在するので、船上や海中での戦闘も今後は激化してくる。しかし基本的に、プレイヤーキャラは陸上生活をする事になっているので、海上で船を撃破され海中に投げ出されたらダメージを食う。そしてパーティー全員が溺れてしまった場合、所謂『教会でお目覚め』と云うお約束の復活方法でプレイ再開となるようだ。
「キャラ同士の潰し合いも、これからは激しくなりますね」
「だね。でも、そこがまたマニアの喜ぶポイントになるんじゃないかな。今までだってサバイバル生活は出来るようになってたし、更にリアルさに磨きが掛かったってところだよ」
 それもそうか……と、みなもは納得した。そもそも、ゲームの楽しみ方は千差万別、個人の自由。ハードな戦闘が好きな人はそれなりに頑張れば良いし、みなも達のようなマイペース派はのんびりプレイすれば良いだけの事なのだ。
「で! あたしとしては、小さな帆船で良いかなと思ってるんだけど」
「賛成です。パーティーは3人だし、大型船は必要ないでしょう。小さな船室と操縦席があれば充分。但し、船体は丈夫に作りたいですね」
 船を作る材質は、世界観を反映してか『木材』に限定されていた。金属で装甲を施す事も出来るが、素体は木造と云うルールがあるようだ。
「そうと決まれば善は急げだよ、みなもちゃん! 材料集めに掛かろうよ」
「買う事も出来るみたいですが、そこに予算を掛けるのは避けたいですからね。木の切り出しから掛かりましょう」
 造船の手段も、各々自由であるらしい。船大工に依頼する事も可能だし、出来合いの船を買うパターンも無論ある。そして、他者の船を強奪する事も……勿論、みなも達はそのような乱暴な手段は使わないと決めていたようだが。

***

「おっ、重い!」
「一気に10本は積み過ぎですよ、瀬奈さん。もっと少しずつでも大丈夫だと……」
「い・や! あたしは早く海に出たいの!」
 どうやら、場を仕切っているのは雫のようだ。彼女は早急に船を建造し、航海に乗り出そうと躍起になっているらしい。
「で、この資材は何処に確保しておくんだい? 泥棒だって居るよ?」
「大丈夫! 海岸からちょっと離れた処に、小島を見付けたの。そこに資材を隠せるし、工作もそこでやればいいよ」
 成る程、港湾や海岸で作業をしていれば、そこを襲われる危険もある。その点、離れ小島を拠点にするというアイディアは優れていた。ガルダである雫ならではの提案であった。が、しかし。資材の運搬はそう簡単にはいかない。道具商から買い入れた中古の大八車は、素手と比べれば多くの荷物を運ぶ事は出来る。しかし、モノには限度と云うものがあるのだ。
「どうせ造船自体はアップデート後じゃないと無理なんだし、ゆっくりで良くない?」
「そうですよ、それに隠しておいた資材を盗まれる事だって想定されます。焦りは禁物ですよ」
 二人に説得され、むくれ顔を作りながらも、雫は『それも尤もだ』と納得したようで、資材運びのペースは半分程度に抑えられた。それでも丸太を一日に5本、海まで運ぶのは容易な事では無かった。
 それに彼らは船大工を雇わず、自前で造船する事に決めていたので、設計図から作成する必要があった。造船のノウハウを持たない彼らとしては些か無謀な試みであったが、どうせなら自分たちの力で! と云う考えがあったのだろう。
「骨組みを作ってから舷側・甲板を取り付ける手順になるね。頑丈な柱が何本も必要になるよ。特に『竜骨』っていう基礎、船の背骨だね。これが重要なんだ」
「詳しいね?」
 ウィザードの発言に、みなもが呼応した。この博識は彼女としても意外だったようである。
「模型なら作った事があるからね。それの拡大版みたいなものさ」
 あぁ、成る程……と、みなもと雫は納得した。やはり男子、こういう点では一歩リードしているようだ。
 ともあれ、アップデートを前にして、彼らの造船準備は着々と進んでいた。

<了>