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<東京怪談ノベル(シングル)>


切支丹天女(4)


 修道服が裂け、白い肌が露わになった。
 過酷な戦闘訓練で引き締めてきた脇腹も太股も、それに純白のランジェリーも、露わになった。
 戦闘中である。恥ずかしがっている場合ではない。
 羞恥と恐怖に押し潰されそうな戦意を、少女は無理矢理に奮い立たせた。 
「主よ、お護り下さい! せ、聖なる力をもって、御身の下僕を!」
 祈りを叫び、剣を振るう。形は日本刀だが、西洋系の白魔術を製鉄の段階で注入されている。
 独り立ちを認められた武装審問官に『教会』から支給される、業物の1つである。
 その刃が、迫り来る触手を切り落とした。2本、3本。
 4本目の触手が、少女のたおやかな両手から剣を叩き落とす。
「きゃっ……!」
「ゲへ……黄色の小娘がぁ、可愛らしく頑張るではないかぁあ」
 怪物が、辛うじて聞き取れる日本語を発した。
 今は、怪物としか言いようのない姿をしている。が、元々はどうやら人間であったのだろう。
 人間の男性と、人間ではない何だかよくわからぬ生物が、巨大なミキサーにでも放り込まれて粉砕されつつ融合した。
 強いて言葉で表現するとしたら、そんなふうにしかならない生き物たちが、少女の視界内あちこちで無数の触手を生やし、揺らめかせている。
 口々に、おぞましい言葉を発しながらだ。
「黄色い牝猿の分際でえぇ、何だぁその白い肌はああ! ゆゆゆ許せんなあぁ」
「貴様たち極東の未開民族の、しかも牝がぁ、武装審問官だと? 小娘の戯言にしても荒唐無稽に過ぎる! 寛大にはなれん」
「我ら本物の武装審問官がぁ、神罰を下してくれようぞ」
「げぇへへへへへへ、天国へ逝かせてくれよーぞォオオオ!」
 日本支部のエントランスホール。一目、見回しただけでは数を把握出来ないほどに群れた怪物たち。
 少なく見ても20体は超えるであろう彼らが、信じ難い言葉を口にした。
 本物の、武装審問官。
 それは過酷な訓練に耐え、日々精進し、やっとの思いで武装審問官の資格を得た少女にとっては、悪夢にも等しい言葉であった。
(こんな……こんな人たちが、本物の……武装審問官だなんて……)
 絶望する少女に、無数の触手が、毒蛇の動きで群がり襲いかかる。
「嫌……誰か、助けて……」
 修道服を裂かれた少女の細身が、その時、光に包まれた。
 雷鳴を伴う、激しい光。
 電光が、少女を護る形に渦を巻いている。
 そして、襲い来る触手の群れを灼き砕く。
「ぎゃ……ッ! な、何者……!」
「我ら武装審問官は、神の使いであるぞ! 悪魔の技で、愚弄するか!」
 焦げ砕けた触手をニョロニョロと再生させながら、怪物たちが叫ぶ。
 涼やかな声が、それに応えた。
「たやすく人間をやめてしまわれる……最近は、そんな方々にも武装審問官のライセンスが発行されてしまいますの?」
 エントランスホール内に、その女性は、足取り軽やかに歩み入って来る。
 天使が降臨した。
 少女は本気で、そんな事を思った。
「『教会』本部も、緩くなったものですわね。貴方たちは何、その緩さを体現なさっておられる? だけど、ゆるキャラと呼ぶには可愛くない方々ばかり」
 すらりと伸びた両脚が、ロングブーツで軽やかに足音を響かせる。
 ニーソックスとプリーツスカートの間では、白い太股がムッチリと活力を漲らせており、しかもそこには何本もの小さなナイフがガーターベルトで巻き付けられて、攻撃的な事この上ない。
「よって……裁かせていただきますわ」
 引き締まった上半身にピッタリと張り付いた、黒い衣服。その胸の部分では『教会』の紋章、武装した天使の姿が、猛々しいバストの膨らみに押し広げられ歪んでいる。
 優美な両手が携えているのは、杖。その先端部は、エデンを守るケルビムの像だ。
「貴方がたは全員死刑。罪状は……可愛くない。まさしく万死に値しますわ」
 長い髪をさらりと揺らしながら、彼女は微笑んだ。
 天使の美貌が、にっこりと優しく、美しく、残忍に歪む。
 少女は呆然と、陶然と、呟いた。
「白鳥先輩……」
 白鳥瑞科。
 この人を目標として自分は、武装審問官としての道を歩み始めた。
 遥かに遠い。この人の背中が、まだ見えない。少女は今、それを痛感させられていた。
「武装審問官として、初めての実戦……とんだものに、なりましたわね」
 優しい言葉と共に白鳥瑞科が、着用していたマントを少女の身体に着せかける。
 守られるしかないまま、少女は涙ぐんだ。
「先輩……私……無様です……」
「この方々よりは、遥かにまし」
 少女を背後に庇いながら瑞科が、ケルビムの杖をくるりと構える。
 構えられた杖がバチッ! と電光を帯びた。
「白鳥瑞科……一介の戦闘シスターごときが、それも日本人の牝が! ずいぶんと傲慢不遜に振る舞うではないか? 我ら本部の武装審問官に対して」
 人間ではなくなった、どうやら日本人ではないらしい男たちが、凶暴に触手をうねらせながら口々に言う。
「許してはおけぬ! 貴様ら日本支部の行い、目に余る!」
「矮小な極東の支部は、我ら本部の意向に従っておれば良い!」
「貴様ら劣等民族の牝豚がぁ、我ら優良民族の男に逆らうなど許されんのだよぉおおおおお!」
 白鳥瑞科が純粋な日本人であるのかどうかは、わからない。喚く怪物たちを鋭く冷ややかに見据えているのは、青い瞳だ。
 それでも、この男たちにとっては蹂躙する対象でしかないのだろう。
 無数の触手が一斉に伸び、瑞科を襲う。
 襲い来るものたちを青い瞳で冷ややかに見つめながら、瑞科は身を翻した。
 凹凸のくっきりとしたボディラインが優雅に捻転し、艶やかな茶色の髪がふわりと弧を描く。
 白桃を思わせる尻の周囲で、短いプリーツスカートが花弁の如く広がり舞う。
 しなやかな細腕が、電光をまとうケルビムの杖を横殴りに振るう。
 雷鳴が、轟いた。
 エデンを守る異形の天使が、稲妻を吐いた。そのように見えた。
 ケルビムの杖から電光が溢れ出し、エントランスホール全体を薙ぎ払っていた。
 それはまるで、雷の翼が羽ばたいたかのようでもある。
 無数の触手が、雷鳴を伴う羽ばたきに打たれて灼けちぎれ、焦げ砕けた。
「人の肉体を潰し砕いて、そこに悪しきものを宿らせる……結果、このような可愛くない方々が出来上がる」
 呟きつつ瑞科が、なおも杖を振るう。
 白鳥瑞科という名の天使が、電光の翼をはためかせる。
「九州と同じ……原城の光景を、この日本支部でも再現なさろうと?」
 触手を再生させようとしていた怪物たちが、雷の羽ばたきに薙ぎ払われ、ことごとく砕け散った。
 黒焦げの肉片が、崩れて灰となり、舞い上がり、渦を巻く。
 その光景の中に、大柄な人影が1つ、いつの間にか佇んでいた。
「やはり来たな、伴天連の小娘……白鳥瑞科、と言ったか」
 剥き出しの頭蓋骨の中で、鬼火の如く眼光が燃え盛り、両の眼窩から溢れ出す。兜の形に異形化した頭蓋骨。
 首から下は甲冑姿で、それは鎧を着用していると言うよりも、力強く隆起した筋肉の表面が外骨格化したかのようでもある。
 異形の、鎧武者であった。
「このような者ども、やはり貴様が相手では使い物にならんなあ」
 まだ大量に生き残りつつも狼狽しきっている怪物たちを、鎧武者はギロリと見回した。
「南蛮人か紅毛人かは知らぬが、所詮は『でうす』の手先……腐敗しきっておるゆえ、それにふさわしい姿を与えてやったのよ」
「御機嫌ですわね。一応は神の下僕たる方々を、このようなものに作り変えるのが……愉しくて仕方ない御様子」
「おうよ! これほど愉しい事が他にあるか!」
 鎧武者が、荒々しく得物を構える。
 火縄銃であった。蛇のような火縄が、武者の右腕に巻き付いている。
 甲冑の内部で燃え盛る禍々しい力が、火縄を通じて銃身に装填されてゆく。
 そして銃声と共に、放たれた。
「こやつらは『でうす』そのものよ! 苦しみすがる民を救う事も出来ず、そのくせ傲然と権威を振りかざしておる者どもがなあ、こうして無様なゴミと化し滅びてゆく! これに勝る悦楽があろうか!」
 元々は武装審問官であった男たちが4体、5体、禍々しい銃撃を喰らって砕け散る。
 その銃口が、瑞科に向けられた。
「貴様も、こやつらと同じ様を晒すが良い……」