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<東京怪談ノベル(シングル)>


―夢と現実と・10―

 端正な顔立ちの少年が船の舵を取り、傍らで海図を広げる仲間に現在位置を訪ねた。
「出発点から、太陽と同じ方向に進んで3時間。計算だと、もうすぐ島が見える筈だよ」
 答えたのは、幻獣ラミアに扮する少女――海原みなもであった。そして彼女と、船長を務める少年――ウィザードが空を仰ぐと、そこには上空哨戒の為に飛翔しているガルダが居る。パーティーの一角を成す、瀬奈雫である。
「瀬奈さぁん、何か見えますかぁ?」
「水平線上に、小さな点が見えるよ。多分アレ、近付けば相当な大きさになるね。間違いない、島だよ」
 その回答に、船上の二人は『よしっ!』と頷きながらハイタッチをする。
 彼らが処女航海の目的地に選んだのは、大陸から10カイリほど離れた無人島であった。そう遠くは無いし、3ノット程度の低速で航海しても、一日あれば到達できる計算である。
「初めての船旅としては、まずまずの成績だね。迷う事なく、目的地に到達できそうだ」
「操船が上手いんじゃない? 慣れてないと、潮に流されて上手く進めないって聞いた事があるよ」
「これも計算だよ。流された分だけ舵角を取って針路を修正すれば、真っ直ぐに進むことが出来る道理だからね」
 彼らの船に、動力は無い。帆に当たる風の力のみが唯一、それに相当する。完全に海が凪いで、無風となった場合を想定してパドルを用意してはあるが、公園のボートならいざ知らず、船室まで備えた船が片側一枚ずつしかないパドルで動かせるとは思えない。無用の長物とまでは言わないが、あっても役に立たないのは事実だった。
「……あれ? 何かがこっちに向かって来るよ」
「え? まさか、あれは無人島の筈だ」
「先客が居た、って事じゃ無い? あたし達、船出はかなり遅かったし」
 望遠鏡を覗いてみると、確かに人型を成した誰かが宙に舞い、此方に向かってくるのが見える。それも、かなりの高速でだ。
「俺たち、何かやらかした?」
「そんな筈、無いんだけどねぇ。海の上に知り合いなんか居ないし」
「じゃあ、何であんな怖そうなのが向かってくるワケぇ!?」
 甲板に降りて来た雫が、思わず悲鳴を上げる。それもその筈、相手は恐らく神獣クラスであろう。人型であり、翼を持たない形態であるにも拘らず、そのままの姿で空を飛ぶ事が出来るのだ。計り知れない魔力を秘めている証拠である。
「アップデートで組み込まれた、新キャラかな?」
「そんな事、どうだっていいよ。向こうは完全に、こっちを敵だと思ってるみたいだよ?」
 そう言っている間にも、彼我の距離は縮まっていく。そして肉眼でその姿がハッキリ見えるようになるまで接近した時、相手は空中で姿を変化させた。人型を成していたのは、どうやら擬態であったらしい。
「あちゃー、やっぱ神獣クラスだよ。確かリストに載ってたぞ、『リヴァイアサン』――海竜だな」
「じゃあ、あたし達が船を作っている間に飛んで行った彼らは……」
「アレの餌食になった、と考えるのが妥当だね」
 言いながら、ウィザードがロッドを構えて戦闘態勢を整える。みなもも爪を伸ばし、応戦の構えを取る。
 そして雫は……半泣きの状態で空を仰いでいた。
「瀬奈さん、無理しなくても良いですよ?」
「冗談! それに、この狭い船の上で、何処に隠れろってのよ!」
 ガクガクと震える脚を何とか立てながら、雫が虚勢を張る。そして、戦列に加わろうと懸命に歯を食い縛る。
「待って、相手に敵意があるかどうかも分からないんだ。迂闊な真似はしない方が良い」
 既に冷静さを欠いた雫を、ウィザードが取り成す。が、向かってくる相手は何やら此方にメッセージを送っているようだ。それをみなもがいち早く感知して、二人の会話を中断させた。
「静かに! あのドラゴン、何か言ってるよ?」
「近付くな、って言ってるね。近付かなければ危害は加えない、だから引き返せって……」
 理由は分からない。が、向かって来る強敵があの島への接近を妨害しようとしているのは確かなようだ。
「……どうする?」
「荒事は好きじゃないし、無理にあの島まで行かなくても……って、瀬奈さん!」
「何があるのかは知らないけど、気に入らないのよ! その、偉そうな物言いがね!」
 先走った雫が、先制攻撃を掛けてしまった。負けん気の強い、彼女らしいと云えば間違いではないのだが……この場合は控えて欲しかった。少なくともみなもとウィザードは、そう思っていただろう。
「勇み足って云うんですよ、こういうの!」
 紙一重のところで相手の打撃を躱しながら、みなもが忠言する。
「無理だ、今の俺たちでは相手に……ぐあっ!」
 避けた筈の電撃が、背後からウィザードを襲う。直進しか出来ないと思っていた電撃を、自在に曲げる事が出来る……相当の手練である。
「手加減なし、ってワケ?」
「いや、かなり手加減してるよ。今の攻撃、まともに喰らっていたら一発で棺桶入りだった」
 被弾したウィザードを後衛に下げながら、みなもがクロ―攻撃を試みる。雫もダガーを構えて突進し、一矢報いようとする。だが、それらは全て『片手で』受け止められ、逆に弾き返されてダメージを受けていた。
「なんて頑丈なの!? 信じらんない!」
「瀬奈さん、正面突破は無理です! 何処かに弱点が……あうっ!」
「無理するな、二人とも!」
 ウィザードが、電撃で二人を援護する。が、それは威嚇にもならなかった。彼の電撃を正面から受けても、相手はケロリとしているのだ。格が違う、どころの話ではない。人間が素手で熊と相撲を取るようなものだ。しかし……
(ダメだ、あの二人はアツくなり過ぎている。何とか宥めないと)
 一人冷静さを保っていたウィザードが、最後尾で策を講じていた。とにかく、此方は船を沈められたらアウトなのだ。無茶は出来ない。
「二人とも! 一旦引いて体勢を立て直すぞ! 今のままでは不利だ!」
 ウィザードは、言い方を変える事で『敗北』感を薄れさせようと企てた。
「嫌だ、それに皆で力を合わせれば……」
 そう言いかけ、徹底抗戦を謳おうとした雫を、みなもが取り押さえた。
「彼の言う通り、今のままでは勝ち目はありません。装備も貧弱だし、全員が手負いです。このままでは全滅してしまいますよ」
「クッ……」
 二人に説得され、雫も漸く矛を収めた。そしてウィザードが代表して抵抗の意思が無い事を証明してみせると、海竜は背を向けて去っていった。

***

 帰途に就く中、三人の表情は暗かった。然もありなん、新参者の雫はともかく、みなも達にとっては久しぶりに味わう敗北であったのだから。
「負けたんだね、あたしたち」
「世界は広い、って事だよ」
 俯いて項垂れるみなもの頬に、涙が伝う。彼女も悔しかったのだろう。
「気になるのは、あの化け物が何かを守護していた感があった事だ。俺たちが目指した無人島に何かがあるのは確かだね」
「お宝を隠すには、不適当だよね。大陸から近いし、外洋へ出ていくために皆があの辺を通るじゃない」
 それに、相手が最初から竜の姿を成さず、人型で現れたのも気になるところだった。威嚇をするのなら、最初から強そうな姿で現れた方が効果は大きい。なのに相手はそれをしなかった。
「あの無人島に何が隠されているかは知らない。けど、あの海竜は厄介だね」
 何気ない一言ではあったが、その言葉は重かった。そして全員が、その一言に対して深く頷いていた。

<了>