コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


 桜の下で逢いましょう


「緋穂?」
 斎瑠璃が双子の妹緋穂の異変に気がついたのは、ひょんなことからだった。
 まず最初に、いつも学校帰りは『瑠璃ちゃん瑠璃ちゃん』とまとわり着いてくる緋穂が一人で帰るようになった。
 次に、遅くに家に帰ってきた緋穂の肩に、桜の花びらがついていた。
「(この時期に桜――?)」
 そして今日、瑠璃より遅くに帰宅した緋穂の手には、大事そうに桜色のリボンが握られていた。
「それ、どうしたの?」
 嫌な予感がして問う瑠璃に、緋穂はそれこそ花がほころぶように笑んで。
「ふふ、大切な人がくれたんだ。明日はこれをつけて会いに行くんだ」
 別に妹に恋人が出来てやきもちを焼いているのではない。それとはなんだか違う、とても嫌な予感がして。
「桜の、下で?」
 確認のようにかみ締めて問う。この時期に花びらが散るほどの桜――明らかにおかしい。
「そう。あの人は桜の下から動けないから。このバレッタを外して欲しいって。代わりにこのリボンをつけてくれって。自分で外して結んでくれればいいのにね」
「ダメよ!」
 うっとりとした口調で告げる緋穂に、瑠璃は反射的に叫んでいた。
 緋穂のバレッタは正五芒星が刻まれた特殊なもので、彼女の力を増幅させ、潜在的に雑霊から守る手伝いをしている。それを外せない、触れられないという事は相手は恐らく霊――桜の木の下に佇み、女性を誘惑する地縛霊。
「緋穂だって判っているんでしょう? その男性が何者か。バレッタを外したら、貴女が取り付かれるわよ」
 霊力は霊たちにとって絶好の餌になる。今の所二人で一人前の彼女達を守る力は弱い。相手は緋穂にバレッタを外させ、その隙に彼女の霊力を奪い取ろうと考えているはずだ。
「瑠璃ちゃんの馬鹿! あの人は寂しいんだよ。少しくらい側に居てあげてもいいでしょ!」
 緋穂は瑠璃と違い、霊魂を見つけて、場合によっては会話やシンクロを行なう。それ故に、きっと同調してしまったのだろう。その男性の霊の寂しさと。
「緋穂! 絶対ダメだからね!」
 自室へと篭ってしまった彼女に、瑠璃は無駄だとわかっていつつも叫んだ。

 恐らく彼女は、明日桜の元へ向かうだろう。
 緋穂が霊力を奪われるのを、阻止しなくては――。



 季節柄、日が長くなってきていた。外にいるだけで汗ばむような陽気。夕方になると西日が強く、歩く道に日陰を探してはそちらへと引きつけられていくのも自然。
「もう夕方なのにまだ暑いねー」
「そうだねー」
 茶色の髪を頭のサイドで二つに結った少女、山丹花と、同じく茶色の髪を肩の辺で切りそろえた少女、山茶花は並んで歩きながらハンカチで汗を拭う。カラッとした暑さではなく梅雨特有の湿度の高さも相まって、じんわりと汗をかいていた。
「今日もお兄ちゃん見つからなかったね」
「そうだね、少し疲れたよね。どこかで休もうか」
 必ず兄を見つけてみせると心に決めているとはいえ、ふたりは14歳の少女。一日中歩き回れば疲れもするし、甘いモノが欲しくもなる。提案した山茶花がちょうどよい店がないかときょろきょろと辺りを見回した。
「あっ……!」
 見つけた姿に思わず声を上げて、山茶花は山丹花の袖を引く。
「巴ちゃん、あれ、緋穂さんだよね?」
「あっ、本当だ! すごい偶然だね!」
 二人が道路の向こうに見つけたのは、銀の長い髪を揺らした同い年の少女の姿。斎緋穂だ。今日は双子の瑠璃と一緒ではないようで、彼女はひとりで人の流れの中にいる。
「急げば間に合うかな?」
 山丹花が走りだす。待って、と小さく告げながら、山茶花もそれに続いた。夕飯の買い物や帰宅を急ぐ人の波、その隙間を縫うようにして早足で横断歩道を目指す。点滅する歩行者信号をいけないと分かりつつも走って渡った。息を整えつつ、辺りを見回すふたり。
「あ、あそこ!」
「緋穂さん!」
 緋穂の後ろ姿を見つけて近寄ろうとするが、向かってくる人波にのまれてなかなか進むことができない。呼びかけた声も届きそうな距離ではあるが、彼女が声に気づいた様子はない。いつもの敏感な彼女ならば、小さな声でも気がついてくれそうなのに。

 その時、強い風が吹いた。

 ふわり……緋穂の長い髪が風に巻き上げられる。緋穂より風下に立っていたふたりのもとに、何かが風に流されてきた。
「ふあっ」
「んっ」
 山丹花の鼻にペタリ。山茶花の唇にぺたり。なんだろう――手を伸ばして取ってみれば、それは花びら。
「巴ちゃん、これって」
「桜の花びらだよね、静ちゃん」
 慌てて顔を上げてみると、緋穂の姿はもうない。
「なんでこの時期に桜の花びら?」
「緋穂さんの様子も、ちょっとおかしかったよね?」
 なんだろう、説明できぬこの不安。母から受け継いだ『魔女の勘』とでもいえばいいのか、それが何かを告げている。
「よくわからないけど、放っておけない気がする! 瑠璃さんに連絡しなきゃ!」
「待って、私達ふたりの連絡先、知らないよ……」
 落ち着いて考えよう、そう結論づけてふたりは近くにあったファストフード店へ入った。窓際の席に座り、どうすべきか考える。
「緋穂さん、なんだかぼーっとしていたというか、心ここにあらずって感じに見えたよね」
 今思い返せば、道路の反対側から見ただけでも彼女の様子が少し違って見えた。
「敏感なはずの緋穂さんが、私達の声に気が付かなかったし」
 感知能力に長けている緋穂は、霊だけでなく人間の気配や意識の変化にも敏感だと聞いたことがある。それが、知っている気配にも声にも反応しなかったのだ。
「あと、この時期に桜の花びらっておかしいよね」
 山丹花がテーブルの上に、少ししおれてしまった花びらを置く。山茶花も自分が手にしていた花びらを置いた。
「ねぇ、もしかして緋穂さんは誰かに会った後なんじゃないかな?」
「桜の木の下で?」
 山茶花の言葉に山丹花は返し、ふたりは黙りこむ。ジュースをストローで吸い上げて、思考を整理した後。
「もしかしたら、明日もあそこを通っていく可能性、あるよね」
「そうだね。それにもし誰かと会うとしたら、会う前にどこかで身だしなみのチェックをするかもしれないね」
 この仮定が事実になれば、ふたりの感じた違和感と不安を払拭できるかもしれない。ふたりは明日、同じ道で緋穂が通るのを待つことにした。



 時間的にはお昼を回った頃。夏の日差しがきつくなっていく時間。日向を歩くのを厭う人々が、建物の影となっている場所を選んで歩いている。
 山茶花と山丹花は、昨日緋穂が通った道で彼女を待っていた。1階のカフェの窓際で、店の前をゆく人々の中に緋穂の姿がないかチェックを怠らない。昨日が帰り道だとしたら、今日は昨日とは逆方向へと歩いて行く事だろう。それも頭に入れて。
「来ないねー……本当にここを通るのかなぁ」
 二時間くらい経っただろうか。自分たちの仮定に不安を覚え始めて山丹花がテーブルに突っ伏したその時。
「巴ちゃんあれ! あの日傘の人!」
 山茶花の声にがばりと起き上がった山丹花は、山茶花の指した人物を凝視する。フリルの付いた日傘をさしてはいるが、流れる銀糸の波と傘の下に見える横顔は、紛れも無く彼女たちの探し求めていた人物だった。
 いそいで食器を返し、カフェを出る。そして彼女に気づかれないように注意しながらふたりは後をつけていくことにした。
(緋穂さん、ごめんね)
(気のせいで、何もなかったら、本当に申し訳ないですけれど……)
 心のなかで謝りながら、一定の距離を取りつつ彼女の後をつけていく。しかし彼女は一向にふたりの尾行に気づく様子はなかった。それが緋穂らしくないことは、数回顔を合わせただけのふたりのもわかった。だから、緋穂が住宅街の公園の女性トイレに入った時、偶然を装って接触するか迷ったのだ。
「どうしようか」
「うん……」
 恐らく緋穂は、山茶花の予想通り身だしなみを整えているのだろう。ならば逢瀬の約束の場は近いはず。このまま後をつけて逢瀬を盗み見てもいいものか――正直迷う。罪悪感も浮かんでくる。

「あなたたち」

「!?」
「!?」

 だから背後から突然かけられた声に、飛び上がらんとするほど驚いてしまった。



 ふたりの声をかけてきたのは、なんと瑠璃だった。緋穂の携帯のGPS機能を使い、ここにたどり着いたらしい。
 そして彼女は、今、緋穂が置かれている状況を説明してくれた。それを聞いてふたりは自分たちの違和感や不安に合点がいった。
「お願い、緋穂を助けるのに協力してもらえない?」
 瑠璃からのお願いに、ふたりは一瞬顔を見合わせた。答えなんて、とっくに決まってる。
「もちろん!」
「手伝わせて下さい!」
 心よい返事に、瑠璃はホッとしたような表情で「ありがとう」と呟いた。


「……!」


 その直後、トイレから緋穂が出てきた。緊張した面持ちで緋穂を見つめる三人。
「瑠璃ちゃん……後をつけてきたの?」
 緋穂の表情が固くなる。空気がぴりっとしたのを感じて、山丹花が声を上げた。
「緋穂さん! 久しぶりー!」
 思い切り手を振りながら声をかける山丹花。山茶花もそれに倣うように胸元で小さく手を振り、「お久しぶりです」と告げる。
「あっ……とも……じゃなくて、山丹花さんと山茶花さん!」
 緋穂の視線がふたりを捉え、そして表情に生気が戻っていく。小走りでふたりに駆け寄った緋穂は、嬉しそうに「久し振りだね!」と告げる。
「折角会えたのに残念だな……私これから行くところがあるんだよ」
「緋穂」
「瑠璃ちゃんは黙ってて」
 申し訳無さそうに告げた緋穂の背後から風が吹き、彼女の長い髪を揺らす。
「あっ……!」
 長い髪と一緒に見えたのは、桜色のリボン。そうだ、最終的に身だしなみを整えるとしたら、この場でバレッタをリボンに変える可能性は非常に高いのだ。だから、瑠璃は緊迫した声を上げているのだ。
「緋穂さん、事情は聞きました。でも、行けば緋穂さんの身が危ないです」
「山茶花さんまで瑠璃ちゃんみたいなこと言うんだね。あの人は寂しがっている。だから、私が慰めてあげないと……」
「緋穂さん!」
 緋穂は桜の下の地縛霊とのシンクロが深すぎて、言葉が通じないようだ。ならば。山丹花は思い切って緋穂の手首を握り、その掌を自分の胸に押し付けるようにした。
「その人の寂しさがわかる緋穂さんなら、私達が緋穂さんのことをどれだけ心配しているかもわかるよね? 伝わらない?」
「あっ……」
 触れた山丹花の胸から緋穂に伝わるのは、緋穂を心配する思い。
「私も」
 日傘を持った緋穂の反対の手から傘を取り、山茶花もその手を自分の胸に当てた。
「伝わりますか?」
 心配で、緋穂を待って、彼女の後をつけてきた思いがダイレクトに緋穂へと流れこむ。
「でも一番心配してたのは」
 山丹花は自分の胸に押し当てていた緋穂の手を、隣に立つ瑠璃の胸へと触れさせた」
「瑠璃さんだよね。言葉はきついかもしれないけど、私達より心配していたはず」
「っ……!」
 触れた部分からどれだけの思いが流れ込んだのか、山茶花と山丹花には想像することしかできない。けれど、自身も双子である彼女たちは、双子が片割れをどれだけ思うかはよく知っている。だから。


「ごめん、瑠璃ちゃん……」


 そう告げた緋穂の瞳から涙が流れていたことに、安心してホッと息をついたのだった。



 桜の下の地縛霊については後日、瑠璃と緋穂が浄霊に向かうことになった。もう惑わされないよ、と緋穂は笑ってリボンを解き、バレッタを留める。
「浄霊……って前みたいに霊を浄化するんだよね? 凄いよね」
「私達は斎家の跡継ぎだから。本当は、ふたりで一人前だなんて情けないくらいだけれど」
 山丹花の言葉に瑠璃がため息を付きながら告げる。
「あれ? 斎家ってどこかで聞いたことがある気がする……」
「もしかして、退魔とかで有名な、あの斎家ですか?」
 未来で斎のお家の話は耳に挟んだことがあった。けれどもふたりとも、それ=瑠璃や緋穂とは繋げられていなくて。そうよ、と紡がれた瑠璃の返事に驚きを抑えきれない。
「そうなんだね!」
「そうなんですね!」
 雲の上の存在だと思っていた斎の家の人達、それが友だちになったふたりだったなんて。そんな驚きはあるものの、ふたりへの態度を特に変えるとかそんなつもりも意識もなくて。
「……それだけ?」
「あはははっ」
 瑠璃は困惑したように呟き、緋穂は声を上げて笑った。きっとふたりは斎の家の者だと知った人々が、掌を返すように態度を変えるさまを今まで色々と見てきたのかもしれない。山茶花と山丹花が純粋な驚きのみ抱いたと知って、逆に驚かされたようだった。
「今までは何か事情がありそうだったから聞いてなかったけどさ、もし良かったらふたりのお家のことも聞きたいな」
 緋穂の笑みに、山茶花と山丹花は顔を見合わせて。
「うちは普通の家だよ。両親とお兄ちゃんと私達の五人家族で」
「特別なことといえば、両親が喫茶店を経営しているくらいでしょうか」
「喫茶店? いいなぁ、行ってみたい。あ、連絡先交換しようよ!」
 緋穂の邪気のない微笑みに、少し心が痛くなる。山茶花と山丹花には、まだ隠していることがあった。一番大きな秘密。
 話してしまおうか、話してしまったらふたりはどんな反応をするだろうか――まだ少し迷いを消すことができないふたりであった。



            【了】





■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■

【8721/―・山丹花様/女性/14歳/学生】
【8722/―・山茶花様/女性/14歳/学生】


■         ライター通信          ■

 この度はご依頼ありがとうございました。
 またご縁を頂けて、とても嬉しく思います!
 アレンジOKのお言葉に甘えまして、このような形にさせていただきました。
 いかがだったでしょうか?
 少しでもお気に召すものとして仕上がっていることを願いつつ。

 大変おまたせしてしまい、本当に申し訳ありませんでした。
 体調を直しつつ、迅速にお届け出来るよう、以後気をつけたいと思っております。

 今までお二人が隠していたことを話すきっかけをとのことでしたので、家族構成と家業のみ普通に話した形にしました。
 未来から来たことは、私の一存で話させる訳にはいかないと思いましたので、
 この続きのような形で話すなり、別の形で話すなり、またご縁をいただければ嬉しく思います。

 この度は書かせていただき、緋穂を助けていただき、ありがとうございましたっ。