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Hydrangea
ケーブルを差し出したはいいが見覚えのない雰囲気を持ち合わせる青年を前に、クインツァイトは首を傾げた。
「アンタ、新顔さん? ……でもどこかで見たような……ウチの事は、知ってるのよね」
「そんなに変わってないとは思うんだけど……でも、結構久しぶり、になるのかな。勇太です」
「え、あら!? そうなの!?」
クインツァイトは心底驚いているようであった。
工藤勇太は知っているが『フェイト』である彼を知らなかったからだ。
「あらまぁ……前から可愛らしい子ではあったけど、こんなに男前になっちゃって……。そう、今はもう働いているのね。よく来てくれたわね」
近所のおばさんが昔を懐かしむような、そんな反応で彼(彼女)はフェイトの手を握りしめて声を湿らせつつそう言った。
フェイトのほうはそんな店長の反応に若干、困惑気味だ。
「まぁ、その……研修で暫く日本にもいなかったし……。ご無沙汰してました。今はIO2でエージェントやってます。フェイトって名前で」
「なるほど、じゃあ今はフェイトって呼ぶわね。……IO2っていつでも忙しいイメージだけど、頼んじゃっていいのかしら」
「今日は休暇で……何となく立ち寄ってみたんです。なので個人的にお手伝いさせてください」
クインツァイトは意外にも順応性が高い、とフェイトは思った。どうやら勤め先ですら把握済みでもあるらしく、何処から情報を得ているのだろうとも思ってしまう。
彼(彼女)の場合は特殊なのだが。
そして改めて、依頼を受ける旨を伝えると、彼(彼女)は嬉しそうに微笑んでから「じゃあ、頼むわね」と返事をくれる。
「無理だけはしちゃダメよ」
「はい。あ、今回はミカゲちゃんとホカゲちゃんを指名します。挨拶もしたいし……って、ナギさんはいないのかな」
「あら、ホント。さっきまで本棚の方にいたのに」
銀髪の少年、ナギとはこの年齢になってからも顔を合わせている。
今日も会えればと思っていたようだが、本人の姿が見えなかった。
「まぁ、アレは風来坊だからねぇ。そのうち会えるわよ」
「うん、じゃあ……取り敢えずは行ってきます」
「いってらっしゃい。気をつけてね」
フェイトは少し残念そうにしながらケーブルを受け取り、クインツァイトの見送りの言葉を聞いてからダイヴを開始した。
「ようこそ、ユビキタスへ」
問題のエリアへと無事に降りることが出来たフェイトは、そんな言葉を背中に投げかけられ、ゆっくりと振り向いた。
金のツインテールにワインレッドのロリータ服。
人形を思わせる少女がその場に立ち、フェイトを出迎えてくれていた。
「えっと……ホカゲちゃん、久しぶり」
「ええ、本当に。この私を放って5年も音沙汰無しなんて、よくもやってくれたわね、勇太。……今はフェイトと呼んだほうがいいのかしら」
「なんか、その言い回しは色々とマズいよ、ホカゲちゃん……。まるで俺が君の彼氏でヒドい男みたいに聞こえる……」
「あら、そうかしら? 私と関わった以上、ちゃんとした応対をしてもらわないと困るのよ」
突飛なホカゲの言葉並びに、フェイトは思わず肩を落とす。
出会った頃から強烈な印象を残していた少女は、未だに何の変化も見られない。
「勇太さま、お久しぶりです。……ホカゲが失礼なことを言ってしまって、申し訳ありません……」
「あ、ミカゲちゃん、こんにちは。いや、俺の方は大丈夫だよ。2人に会えてよかった」
遅れて登場したのは、ホカゲの姉であるミカゲであった。
フェイトがそう返事をすると、二人の少女は同じようにし笑みを浮かべる。彼の言葉が嬉しかったのだろう。 可愛らしい反応を目にすることが出来て、フェイトも嬉しそうであった。
そして彼らはその場で、現状把握を始める。
「えーと、紫陽花が咲かないんだったよね」
「それなんだけど、『咲かない』っていうのは少しだけ語弊があるのよね」
フェイトの言葉に答えたのはホカゲだった。
彼女は立体マップを立ち上げ周囲の様子が解りやすいようにしつつ、言葉を繋げる。
「この緑色で囲まれているエリアが、今私達がいる場所で、エラーの出ている場所でもあるわけね。……で、お父様の方では確認できなかったかもしれないんだけど、一度は紫陽花は咲いていたのよ」
「うーん、でも今は何処にもそれらしいものが……あ、アレ、なんだ?」
「花弁のようですが……私が拾ってまいります」
フェイトはあたりを見回しつつそう言うと、視線の先に何かが不自然に落ちていると気づいた。小さく丸いものであったが、ミカゲはそれを花弁と判断して、取りに向かう。
「そういえば、これってエラーの一つなんだよね」
「そうよ。プログラムからのメッセージはlack……欠落って意味だけど、それが何なのか解らないのよね」
「つまりは、その欠落したものを突き止めれば、実行に至るってわけか……」
ホカゲが出してくれているマップを睨みながら、うーん、と唸るフェイト。
ヒントが少ない分、思考も難しいようだ。
「勇太さま、落ちていたものはやはり花弁でした。紫陽花の本来の花の蕾とされる部分ですね。よく見ると、周囲に落ちているようです」
ミカゲが拾い上げたものを手にして、掛け戻ってくる。
フェイトの手のひらにそれを乗せてから、落ちていた場所の先を指さしてそう言った。
「あら? データに少し変化があったみたい。断片ファイルが一つ無くなったわ」
「……じゃあ、拾って集めてみようか」
ホカゲの言葉を受け、花の蕾にヒントがあると思ったフェイトは、そう言いながら歩みを進めた。
ミカゲもホカゲも彼に遅れずに付いて行く。
花の蕾は、道なりに転々と散らばって落ちていた。
三人がそれぞれにそれを拾い集めていくと、数分後には大きな変化が訪れた。
フェイトの右手が淡い光に包まれる。
「やっぱりコレが解決の糸口……みたいだね」
数秒して光が拡散したあとに姿を見せたのは、紫陽花の一朶。
青紫色の綺麗なガクアジサイが、フェイトの右手に収まっている。
「紫陽花って確か、低木だよね。これをたくさん集めていくとそういう形になっていくのかな?」
「パターンを見る限りは、そのようですね」
「まだもうちょっと集めないとダメみたいね。地道にやっていきましょ」
そんな言葉を交わして、三人はまた蕾を拾い集め始めた。
その端から、僅かに道の色が明るく優しい物に変化していくのを、フェイトも双子たちも気づけずにいる。
「ねぇ、フェイト」
「なに?」
「IO2ってどんなところなの? 楽しい職場?」
ホカゲが足元の蕾を拾い上げながら、そんな言葉を投げかけてきた。
意外にも思えた質問に、フェイトは目を丸くする。
「……うーん、楽しいかと言われると微妙なトコだけど……。それでも俺のこの力が活かせてる……そういう意味では、良い職場かなって思ってるよ。内容は、主に霊的な調査と排除……そんな感じだね。見た目は洋画のスパイみたいな感じだけど」
「希望の丘では、そうありたいと仰っていましたものね……実現出来て、良かったですね」
ミカゲが嬉しそうに微笑みながら、そう言った。
希望の丘とは、フェイトが過去に作った一つのエリアである。現在は一般サーバーで特別な条件を満たすと辿り着けるボーナスエリアとして存在しているらしい。
「俺が植えた希望の木って、今はどういう役割果たしてるの?」
「プレイヤーへのご褒美アイテムが実るようになってます。職種によって違うので、多岐にわたるのですが……」
フェイトが問いかけてみると、ミカゲが別のマップを立ち上げてそう説明してくれた。希望の丘のマップであった。現在も2人ほどがそこで休憩をしている。
「運がアップ……しかも+5。こっちの人は攻撃力アップ……へぇ、こういうのって、なんかいいなぁ」
フェイトがマップを興味津々で眺めている。
自分が作った場でもあるために、活かせていることが嬉しいのだろう。
ミカゲとホカゲが、互いを見やる。そして言葉なく小さく微笑みあったのは、やはり嬉しいという気持ちの現れだ。
その場が幸福で満たされようとしている数秒後、数メートル先で場が乱れた。
電気が走ったような感覚に、フェイトも双子も表情を引き締めそちらへと目をやる。
<encounter>
そんな文字が浮かび上がる。
「そう言えばスライムとか出るって……あれは、コボルトか?」
「ちょっと、全員手が空いてないじゃない! なんでこんな時に……っ」
ホカゲが言うとおり、三人が三人とも手に花を持っている状態であった。
せっかく集めた花弁を地面に置くというのにも躊躇いが生じて、反応がそれぞれに遅れる。ちなみにマップの立ち上げ等は彼女たちの言葉だけで起動が可能であり、手での作動は必要ないのだ。
「……っ、来ます!」
ミカゲの言葉を受け、フェイトは取り敢えず前に進み出た。
自分の体を盾にして彼女たちを守ろうと思ったらしい。
「フェイト、ダメ! 雑魚でも怪我するわよ!」
「勇太さま!」
双子たちの切迫した声が背中に飛んで来る。
取り敢えずはコボルトは一体だけ。噛みつかれる程度であれば何とかなるだろうと思いつつ、彼はその場に立ち続ける。
「――おい、無茶すんなってクインツァイトに言われてんだろ」
「え?」
横から突風が吹いたのと同時に、そんな声が聞こえてくる。
馴染みのある響きであった。
風は今にも襲いかかろうとしていたコボルトを空中で捕らえて、そのまま別の方向へと飛んで行く。
「……ナ、ナギさん……?」
「おう、久しぶり」
風の力の正体は、ナギの能力であった。
彼は三人とは別方向の道から現れ、左手には紫陽花を手にしている。どうやら一人で花弁を集めていたらしい。
「また勝手にウロついて……私達に許可取ってからにしてって言ってるでしょ」
「オマエに許可取ろうとしたら却下するだろうが。……先に降りて驚かせようって思ってたんだけどな、先に花弁が目についちまって……うっかり一人行動しちまってた。ほい、これも使えるだろ」
ホカゲがトゲ付きの言葉をナギに放った。どうやら彼女はナギが苦手らしい。
ナギはその対応に慣れているようで、サラリと返事をしたあと、フェイトに向き直り自分の持っていた紫陽花を彼に手渡した。
すると、他に集めていた花弁と重なり溶け合って、一つの低木となった紫陽花が彼らの足元に根付いた。
不思議な光景であったが、この場にいる限りではこれは当たり前の展開なのかもしれないとフェイトはこっそり心で思いつつ、感じたことを告げるために唇を開く。
「小さな花弁が集まって……なんだか、家族みたいだね」
すると、じわりと空気が変わって次の瞬間には雨が降り出す。
そして、辺りが青や紫色の紫陽花に囲まれ、あっという間にそれは広がっていった。
「うわ……すごい……」
素直な感嘆の言葉が漏れる。
ミカゲもホカゲも、そしてナギもフェイトと同じようにその場の光景に感動して、溜息を零していた。
「あ……エラー消えたわね……。欠落していたものはキーワードだったのかしら」
「勇太さまが仰っていた、家族、ですか……?」
「そうみたい」
再び呼び出したマップの右上部分に、『Family』との文字が刻まれている。
どうやらそれが、欠けていたものらしい。
「紫陽花の花言葉に関係してるのかな」
そういうのは、フェイトであった。
双子とナギが、彼の方を見やる。
「一般的には、『移り気』だけど、『家族団欒』っていうのもあるんだよ。それを忘れないでって、紫陽花が訴えてきてたのかもしれないね」
「なるほどなぁ……」
すんなりと言葉を受け入れて、しみじみとそんな返事をしたのはナギである。ヒトではないとは言え、彼はここのメンバーの誰より永くヒトの時代に生きている。それ故に感じ取るものにも深みがあるのだろう。
「まぁ……アレだな。俺らももうちょい距離詰めて仲良くしろって事なのかもなぁ」
「プログラムから私達へのメッセージ、だったのかもしれないですね」
「私とミカゲは仲良しなんだから、後はフェイトとそっちの男がちゃんとしてくれればいいのよ」
ホカゲはそんな事を言ってきた。言葉に棘がある割には、頬が僅かに染まっている。照れ隠しのための響きだったようだ。
フェイトもナギもそれを見て、肩を竦めつつ苦笑した。
「任務があるから頻繁に、というわけには行かないけど……なるべく顔見せるように努力するよ」
「俺もまぁ、マメに様子見に来るわ」
2人がそう言うと、双子はそれぞれに嬉しそうに笑ってみせた。
彼女たちの小さな寂しさが、形として現れたのかもしれない。フェイトはそんな事を思ってみたりもする。
「んじゃせっかくだし、記念に紫陽花バックに4人でスクショでも撮っておくかぁ」
「いいね、共有できる?」
「可能です」
そう言い合い、4人は紫陽花の前に並んで、スクリーンショットを撮った。
同時にそれはデータ化され、フェイトのアイテムボックスにも送信される。
「現実世界に戻っても閲覧可能ですので、宜しかったらご覧下さいね」
「ありがとう、ミカゲちゃん」
それから4人は他愛ない会話を交わして、もう暫く、と周りに広がる色とりどりの紫陽花たちを愛でて歩いた。
他人であるが、知らない人ではない。
気心の知れた仲間たちは、『家族』にも似た空気を醸し出しながら、時を過ごしていた。
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登場人物
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【整理番号 : PC名 : 性別 : 年齢 : 職業】
【8636:フェイト : 男性 : 22歳 : IO2エージェント】
【NPC:ナギ】
【NPC:ミカゲ】
【NPC:ホカゲ】
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ライター通信
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ライターの紗生です。この度はありがとうございました。
フェイトさま
いつもお世話になっております。
今回はフェイト君でのご参加、有難うございました。
5年間の間で一度はホカゲとも一緒に行動しているかなと思い、
今回は既に顔見知りの仲と言うことで書かせて頂きました。
ミカゲと違い、大変な失礼な子ですいませんでした…。
紫陽花の花言葉に、ちょっと心が温まりつつ……楽しく書かせて頂きました。
少しでも楽しんで頂けましたらと思います。
またお会いできたらと思っております。
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