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<東京怪談ノベル(シングル)>


白鳥、夜闇に閃く
「白鳥・瑞科」
 呼ばれた名をたぐり寄せるように、瑞科はすらりと立ち上がった。
「貴公に邪教殲滅の任を与える。その内容だが――」
「必要ありません」
 目の前に座る司祭たちがざわり、仏頂面の裏で感情を揺らがせる。
 瑞科は純白のヴェールに飾られた口の端を高く吊り上げ、その美しい肢体を翻した。
「行き先を。わたくしに必要なものは、ただそれだけですわ」
 歴史の影にあって、人類に仇なす悪魔や魑魅魍魎を狩り続けてきた秘密組織、『教会』。
 瑞科はその一員にして、『教会』の敵の仕末を任とする『武装審問官』である。そして。
 武装審問官最強と謳われる彼女に課せられる任は、いつであれ殲滅。それ以外にありえないのだ。

「汝、我らが主の下にはべらんと願いし者か。さすれば跪き、主の名を唱えよ」
 廃工場の錆びた引き戸を背に、黒きスータン(祭服)に身を包んだ男がざらついた声音で瑞科に告げた。
「主は天の座にあらせられるもの。邪教の巣窟に降臨されることなどありませんわ」
 答え終えた瞬間、瑞科はヴェールの先からあふれ出た長い髪を閃かせ、夜闇に半円を描く。
 その手に握られていたものは剣。剃刀よりも薄く研ぎ上げられた刃が男の喉を頸骨ごと断ち斬り、落とした。
「今夜は新月。幸いでしたわね。世界へその薄汚れた死を晒さずにすみましてよ」
 背中越しに言葉を投げて、瑞科は邪教団の本拠へと踏み入った。
「ごきげんよう」
 分厚い鉄の引き戸を蹴り開け、刃を伝う血を払いもせずに笑む瑞科。その美貌に邪教の司祭どもは魅入り、その冷たく澄んだ碧眼に圧倒され、彼女を包む色濃い殺気に震えた。
 ――この女、なんとしてでもここで殺しておかなければ!
 邪なる槌によって鍛えられた大鎌を振りかざし、司祭どもが殺到する。
 瑞科は笑みを消すことなく、ただ右脚を前へ。腰まで届く深いスリットから伸び出す、ロングブーツに包まれた右脚。そのつま先が、先頭の司祭が振り下ろした鎌の柄を蹴り上げた。
「っ!?」
 3センチに満たない太さの、しかも動いている最中の柄の芯を、つま先という“点”で蹴り上げる。そんな神業をまさかこの身で味わおうとは……。
 と。得物ごと腕を上に弾かれた司祭の喉元へ鋭い剣先がすべり込み、彼の感動と悔恨を永遠に奪い去った。
「まだ終わりませんわよ?」
 カッ! 瑞科が伸ばしていた蹴り足を床へ叩きつけ、ブーツのヒールを軸に回転。今作りだした骸を振り払い、別の司祭にぶち当てると同時に左脚を横へ。体を深く沈み込ませた。
 フィギュアスケートに云うブロークン・レッグスピンが、司祭どもの脚を薙ぎ払う。
 さらに瑞科は、宙に投げ出された彼らの中心で右脚をまっすぐに立て、変形のキャメルスピンへ移行。邪教の穢れに芯まで侵された魂を一気に刈りとった。
「我が神よ! あなたの子に救いを! あなたの敵に呪いを!」
 仲間の骸を盾のごとくに突きだしながら、ひとり生き残った司祭が尻で後ずさり、震える声音を絞り出す。
「偽神の名を唱えるよりも、ご自身への弔句を唱えるべきですわね」
 骸の上から司祭を踏みしめた瑞科が、さえずり続ける彼の口へ刃を突き込んだ。

 その後も群がる邪神の信徒たちを斬り伏せながら瑞科は進む。
 カツ、カツ、カツ、カツ。多勢に囲まれようと、奇襲を受けようと、その歩み――ブーツのヒールが床を叩くリズムを崩すことなく。
 かくして倉庫の最奥へ踏み入った瑞科は薄く笑んだ。
 呪詛を縫い込んだ黒絹を張り、人皮や人骨を加工した調度で飾ったこの間が、邪神の巣であることを確信したからだ。
「そろそろお顔を見せていただけますかしら?」
「……なかなかに、使う」
 染み出すかのように瑞科の前へ姿を現わしたのは、異形の魔であった。
 見た目はかろうじて人型を保っているが、その肌は海中よりそそり立つ巌のごとくにざらりと固く、4本の腕のすべてが瑞科の引き締まった胴よりも太い。
「無価値なる駒どもとはいえ、そのことごとくを損なわせた罪、万死に値する。踊らせてやろう。死の救いなき永劫の責め苦の内で」
「裸身で淑女をダンスに誘うなど、紳士にあるまじき振る舞いですわね」
 肩をすくめる瑞科へ、魔は濁った哄笑を返し。
「誰よりも破廉恥ななりを晒しておいて、よくぞほざけたものだ」
 瑞科の修道衣、それは科学と神学の融合によって生み出された“人造聖骸布”でできている。
 この、彼女の肢体へ貼りつき、妖艶なボディラインを浮き立たせる薄衣は、彼女の挙動を一切妨げず、それでいて物理的にも霊的にも高い防御力を発揮するのだが……。
「せめてもの手向けですわ。わたくしに送られて煉獄へ落ちゆく者たちへの」
 予想外の返答に、魔の紅眼が揺らめいた。
「それまでに焼きつけておきなさい。その眼に、わたくしを」
 瑞科の横蹴りが魔の鳩尾を突く。が、対魔用の銀杭を流用したヒールは固い音をたて、弾き返された。
「その程度の聖性で我が外皮を貫くことはできぬぞ!」
 高く吠えた魔が瑞科へ襲い来る。
「おまえを喰らってやろう! その身、心、魂を! その喜悦が我を天へと誘うであろう!」
 鼻柱への右ストレート、肝臓への左ボディ、こめかみへの右フック、鳩尾への左スマッシュ――角度とタイミングをずらしながら、魔は4つの拳を瑞科へと振り込んだ。
 対する瑞科は笑んだまま、左腕を巻きつけるようにして右ストレートと右フックを絡め取り、同時に左ボディと左スマッシュを右腕で絡め取る。
「生憎ですけれど、わたくしの手に天へ続く門の鍵はありませんの」
 瑞科が両腕を巻き取ったときには、魔の4本の腕はすべて外へと弾き出されており、無防備に体を晒すこととなっていた。しかし。
「無駄なことだ。我が体、侵せるものかよ!」
 瑞科の右掌が、嘲う魔の胸元に触れた。
「あなたの魂への扉をこじあけて差し上げますわ」
 彼女の掌に力が生み出された。それは形のない重さ――重力塊であった。
 そして、普段であれば弾として撃ち出すその塊を、握り潰した。
「なに!?」
“重さ”の起爆により、壮絶な重さと振動を与えられた拳が今、魔の胸を叩き。
 外皮の内にあるやわらかな肉をかき回して崩壊させ、固い皮を、ガラスのように砕け散らせた。
「が、はぁっ!!」
「あと1秒長らえたければ、命と業(わざ)とを尽くしなさい」
 爆ぜた胸を押さえて後じさる魔に、瑞科が鳳眼を細めて語りかける。
「があああああ!!」
 人間風情が、神たる我を嘲笑うか――沸き上がる恐れを怒りに隠し、魔が4本の腕から暗黒物質の槍を生じさせ、放った。
「一芸を見せていただけるものと思っていましたけれど……思い違いでしたわね」
 剣閃で槍を次々払い、瑞科が跳んだ。
「さあ、もう時間がありませんわよ?」
 魔が腕を組み合わせた。空手における鉄壁の守りの型、十字受け。それを4本の腕で行う最強の防御法である。
 瑞科は真上から無造作に剣を振り下ろした。いや、無造作に見えながらもその刃はななめに立てられており、日本刀の使い手が薄い刃で鋼を断つ「引き斬り」の型を成していた。
 果たして。
 瑞科の刃が魔の腕のことごとくを斬り落とし。
 魔は腕の守りと同時に打つ手のすべてを失った。
「あ、あ、ああ、あ」
「これで時間切れ、ですわ」
 瑞科は霊力を変じさせた電撃を刃に沿わせ。
 紫輝を放つ切っ先で魔の爆ぜた胸を貫き、魂を焼き尽くした。

 泡立ち、世界から消え失せてゆく魔を一瞥すらせず、瑞科は邪の巣窟を抜け出した。
 今宵の敵は、彼女の敵になる相手ではなかったが、しかし。
 ――わたくしの任は殲滅。それを果たし続けることこそがわたくしの生。
 瑞科はヴェールに丸く縁取られた美貌をもたげる。
 ――次の任ではどなたがわたくしを悦ばせてくれるのでしょう?
 瑞科は甘い期待にうずく胸を両腕で抱き、未知なる明日へと踏み出すのだった。